今後の話
「さて、朝食も終わった事だし、昨日言っていた話をしたいんだけど……」
食堂のテーブルを挟んで向こう側にはグリム様が座っている。
テーブルには皿が並んでいて、それらは全て空だ。
今は朝食が終わったところ。
今日もグリム様の作る料理は美味しかった。
「……あの、大丈夫?」
「……だぃじょうぶです。すごくおぃしかったです……」
「そ、そう?ならいいんだけど」
ちょっと衝動的に顔を抑えたくなっただけだ。
何も問題ない。
少し前の自分の振る舞いがフラッシュバックしただけだし。
思い出しちゃいけない。
昨日の夕飯の時、上から目線で『まあまあかな』とか言ったことは……。
「……ふう……ふう」
やっと衝動をやり過ごして顔から手を離す。
まあ、なんだかんだ言っても夢だからね。大丈夫大丈夫。
……うん。
「じゃあ、これからの予定なんだけど……」
気を取り直して、話し合いが始まった。
人形さんが入れてくれたお茶を片手にグリム様の話を聞く。
……
……
「……えっと、つまり近くの町の魔女さんに僕を見てもらうんですか?」
グリム様の話を要約すると、そういうことになる。
僕がどうやってここに来たのか、グリム様は専門じゃないからわからないらしい。
そして、だからそれがわかる人のところにいく、と。
「うん、彼女ならもしかしたら君が帰る方法もわかるかもしれないからね」
……帰る。そうか、その選択肢もあった。
最近読んでいた小説のせいか、その発想はなかった。小説だと大体異世界に居ついちゃうから。
それに、僕自身あちらの世界が嫌いだし。正確に言うとあっちの世界の仕事が。
……って、違う違う。ここは夢だから異世界はおかしいよね。
危ない危ない。危うく認めちゃうところだった。
「それに、体が変わったっていう話だからね。一度見てもらったほうがいいと思う」
「……はい」
……僕が元男だって話、覚えてたのか……。
一回軽く言っただけだから、聞き流してくれてたら、なんて思ってたのに。
もしそうだったら、ふぇぇとか言えたのに……。
「……」
「……?」
どうしたんだろう。
グリム様が僕を見て首をかしげている。
「……なんというか、今日の君は大人しいね。昨日はあんなに――」
「ごめんなさい。昨日は誠に申し訳ありませんでした」
ふぇぇ、ごめんなさいするから昨日のことはいわないでよう……。
衝動的に窓から飛び降りたくなるから……。
「いや、責めてるわけじゃないんだよ。むしろちょっと面白かったしね」
「えっ」
あれだけやらかしたのに……?
本当ならグリム様優しい……心までイケメンなの……?
「まあ、いいか。話を戻そう。さっき言ったように魔女のところに行こうと思うんだけど、ちょっと今私が忙しくてね。しばらくは時間がないんだ」
それは仕方ない。というかむしろ急がせるみたいで申し訳ない。
もしかしたら、今こうして会話してるのも仕事の邪魔だったりするんだろうか?
「だから、私の仕事がひと段落するまでこの屋敷に居てほしいんだけど、どうかな?」
「……ありがとうございます。お世話になります」
迷惑をかけて申し訳ないけれど、今の僕では断る権利はない。
ここから出て行ったら多分のたれ死ぬだろうから。
「……」
グリム様にはいつか御礼をしないと。
昨日は心の中で呼び捨てにしてごめんなさい。
◆
所変わって、遊戯室。
そこで僕と人形さんが遊んでいた。
一人でいても暇だろうからとグリム様が付けてくれたのだ。
「……うーん」
『持ち時間はあと三十秒です』
今やってるのはオセロの異世界版――違う、夢版みたいな奴だ。
駒の色が白と赤だという点だけ地球のものと違う。
「……これで」
パチリと音をさせながら駒を打つ。
ほとんど赤一色に染まっていた盤面がほんの少しだけ白くなった。
『ではこれで。終わりです』
盤面が全て真っ赤に染まった。
白の軍勢は一人残らず赤の軍門に下ってしまったのだ。
「……」
……というか人形さん強すぎじゃない?
この世界は夢のはずだ。例え誰が何と言おうがこれは夢なのだ。
それなのに、その中の登場人物である人形さんが僕より強いとか、おかしくないだろうか。
「……」
……お願いだから手加減してくれないかなあ。
僕はまだ現実を見たくないのだ。
「……人形さん、警備はいいの?」
見たくないので、盤外戦術を仕掛ける。
ここで人形さんが警備に行けば、不戦勝で僕の勝ちだ。つまり、勝率は五割。
『攻性防壁がありますので、問題ありません』
「……攻性防壁?」
そういえばグリム様とそんな感じの話をしていたような……。
でも攻性防壁って何だろう。
『攻性防壁とは……』
質問すると人形さんの講義が始まる。
話を要約すると、攻性防壁とは侵入者を攻撃する防壁の事らしい。
許可なく家に侵入したものを燃やしつくすのだそうだ。
……って、あれ。僕は?
『お嬢様の場合、ぎりぎりで防壁の解除が間に合いました』
「………………え、後一歩で僕死んでたの?」
そういえばあの時の人形さん緊急停止がどうとか言ってたなあ……。
「……」
例え夢の中でも、今後は勝手に人の家に侵入するのは止めよう。
そう思った。




