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 食堂に移動後、グリムが作った夕飯を食べた。


 食堂への移動中に気付いたけれど、もう日が沈んで夜になっていたらしい。

 どうりでお腹が空いていたはずだ。


『どうぞ。召し上がれ』

『…………お、美味しい』


 料理は驚くほどに美味しかった。

 金持ちのイケメンなのに料理も出来るなんて、これがリア充の実力なのだろうか。見た目も味も一級品で、文句の付けようもないくらいだ。


 あっという間に食べ終えてしまって、食堂を出た。

 それで、今はさっきまで寝ていた客間に戻ってきたところになる。


「……とうっ」


 なんとなく、ベッドに飛び込む。特に意味はない。やってみたかっただけだ。

 現実なら失笑ものでも、夢なら大丈夫。


 離れたところで人形さんが見ているけど、何も問題はない。

 人形さんが僕に呆れようが、どうせ目を覚ましたら何もなくなるのだ。


「……ふわあ」


 布団が気持ちよくて、欠伸が漏れる。

 このまま寝ちゃおうかな。


 さっきここで寝ようとしたときは人形さんに止められたけど、今度は何も言わない。

 何故かというと、主人であるグリムにここで寝ていいと言われたからだ。


 彼曰く、今日はもう遅いからここに泊まっていって、明日今後の話をしよう、とのことだった。


 まったく、なにを言っているのやら。

 今後の事とか、どう考えても無駄だ。


 どうせ次に寝たら今度こそ目が覚めるに決まっている。

 さっきは、たまたま目が覚めなかっただけだ。


『……お嬢様、シャワーを浴びた方がよろしいのでは?』

「……えー?」


 気持ちよく眠ろうとしていると、人形さんが話しかけてきた。


 ……シャワーかあ。確かに、浴びた方がいいかもしれない。

 言われてみると、走り回って汗をかいたので、少し気持ち悪い。


「……うう」


 重い体を起こして、部屋の片隅へと向かう。

 この部屋にはシャワーがついているのだ。まるでホテルみたいだと思う。


 扉を開け、シャワールームに入る。

 と――


「――え?」


 目の前に、いきなり少女が現れた。

 見覚えのない少女だ。


 年齢は十歳と少しくらいだろうか。


 少し癖のついた金色の髪に、緑色の目。

 顔は可愛らしく、肌にはシミ一つない。


 まるで人形のように美しい少女だ。思わず見とれてしまいそうになる。


「……」


 彼女はなぜこんなところにいるんだろう。

 シャワールームなんかじゃなく、もっと別のところに居ればいいのに。


 そう思い、彼女に声をかけようとして――気付いた。


「……あっ」


 ……これ、鏡だ。

 曇り一つないから本物と見間違えただけ。


「……」


 試すように右手を上げてみる。すると目の前の彼女も手を上げた。

 

 ……ということは、この女の子って今の僕か……。

 まさかこんなに可愛くなっているとは思わなかった。


 これじゃあ現実の僕、さえない男の面影がまったくない。


「……」

  

 この夢、変なところだけ頑張るなあ……。

 グリムの王子様フェイスといい、僕の顔といい。


 出来ればもうちょっと別のところを頑張って欲しかったなー。

 館の主の性別とか。女性だったら言うことなかったのに。

 

「……はあ。……シャワー浴びよ」


 軽く頭を振って、気を取り直す。

 さっさと浴びて眠ろう。そうすればこの夢も終わりだ。


「……ああ、でも体は見ないようにしないと」


 自分の体でも、中身を考えるとジロジロ見るのはアレだ。

 目を逸らし、体を見ないようにしながらシャワーを浴びる。


『新しい服はこちらに置いておきます』

「はーい。ありがとう」


 シャワーから出て、用意された服を見る。

 置かれたパジャマはピンクの兎柄だった。 



 

 ◆




 ……鳥の声が聞こえる。

 なんだか最近よく聞く鳴き声だ。


 朝か……仕事の準備をしないと。


「……んー」


 目を瞑ったまま軽く背伸びをする。

 ……それにしても、不思議な夢を見たなあ。 


 僕が少女になる夢なんて。

 ありえなさが凄くて、思い出すとつい笑いそうになってしまう。


「……はあ」


 また朝がやってきた事にため息を付きつつ、目を開ける。

 仕事は嫌だけど、今日も一日頑張らないと。


「………………………………え?」


 目を開けると、そこに映ったのは見慣れたアパートの天井ではなく、高そうなベッドの天蓋だった。


「……え?」


 まだ夢の中?


 いや、これは流石におかしいんじゃあ……。

 いくらなんでも長すぎる。もう夢の中で一日近く経ってるんじゃないだろうか。


「……まさか」


 最近流行の異世界だったり……?

 もしかして、ここは夢じゃなくて異世界……?


「……いやいやいや、それはないよ。異世界なんてあるはずがない」


 そんな非科学的なことが、この二十一世紀にあるはずがない。

 異世界なんて、あくまで空想の世界のお話だ。


「あは、あははははは……」


 僕自身のばかげた妄想につい笑ってしまう。

 まったく。もう若くないんだからそういうのは卒業しないとね?


「ないない」


 異世界なんてない。

 僕は絶対に信じない。だって、もしこれが夢じゃなくて異世界だったら……。


 これまでやらかしたことが走馬灯のように頭を流れる。


「……」


 勝手に家に入る→不法侵入

 勝手にケーキを食べる→窃盗

 勝手にベッドで寝たり、食事の無心をする→失礼とかそういう次元じゃない。


「ぜ、絶対夢。絶対夢だから!」


 滝のように冷や汗が出てるけどこれは夢だ。間違いない。

 

「で、でもそうだ」


 絶対絶対夢だけど、万が一、億が一の可能性に備えて何か言い訳を考えていてもいいかもしれない。


 例えば……


「私、幼女だからよくわかりません、的な……」


 ふぇぇ、わたし子供だからよくわかんないよお、みたいな。


「……あ、駄目だ。昨日元男だって言っちゃった」


 その手はもう使えない。

 くそっ昨日の僕はなんであんな事を……。


 他には……。


 他には……。


 他には……。


「……」


 ふぇぇ、何も思いつかないよお……。


「……とりあえず、次に会ったらグリム様とでも呼ぼうかな……」


 もちろんこれは夢だけどね!

 一応、一応だけどそうしておこうかな!



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