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屋敷


 歩く、歩く、歩く。

 森の中、両脇が木と草で埋め尽くされた道を進んでいく。


 不思議な事に、道には一本の草も生えていない。

 その上、地面は舗装されているわけでもないのに、凹凸一つなかった。


「……変な道だ」


 癖になっている独り言が漏れる。

 でも、ついそう言いたくなる位にはおかしな感じだ。


 前方、進む先には定規で線を引いたような真っ直ぐな道が見えていて、果てが見えない位長く続いている。


 そしてそれは振り向いても同じだ。

 ここまで歩いてきた道が真っ直ぐ伸びていて、遠くに花畑が小さく見えた。


 こんな道、森の中にどうやって作ったんだろう。


 ……いや、まあ夢だからと言われたらそれまでなんだけど。


「……」


 立ち止まり、耳を澄ますと、目を覚ました時と同じように、遠くから鳥の鳴き声がした。

 そして時折、ざあ、という音がして木が揺れる。

 

「……何もない。本当に不思議な夢だ」

 

 この道はすごいと思うけれど、それだけだ。

 他には何もないし、ずっと歩いていたらもうすっかり飽きてしまった。


「……はあ」


 折角の明晰夢なんだからもっと楽しかったらよかったのに。

 出来れば愉快な感じで、仕事のストレスを吹き飛ばしてくれるようなのがいい。


「……」


 ……そうだ。

 頑張ったら何か変えたり出来ないだろうか。

 

 どうせこれは夢の中だ。

 つまるところ、僕が王様なのだ。多分なんでも出来る。


 楽しくない夢なら、僕が楽しくしてしまえばいいのだ!


「……ファイヤー!」


 ……。


 ……。


 ……とりあえず叫んでみたが、何も起きない。

 どうやら適当に叫ぶだけじゃ駄目なようだ。


 右を見て、左を見て、後ろも見る。

 当然といえば当然だけど、誰もいなかった。

 

「……」


 ちょっと恥ずかしい。

 いい歳して何をやってるんだ僕は。少し顔が熱い。


「……夢のくせに、夢がないなあ、もう」 


 小さく呟いて、また歩き始める。

 それからはおとなしく歩き続けた。



 ◆



「……ん? あれは……」


 どれくらい歩いただろうか。

 それは、もう振り向いても花畑が見えなくなり、足がだいぶ疲れてきたころだった。


「……家?」


 遠い所、道の先に家のようなものが見える。

 この道を歩き始めて、最初の変化だった。


「……あそこ、休めるかな……」


 もうそろそろ足が限界だ。

 家の中でゆっくりと休みたい。

 

 しかし、夢なのにどうしてこうめんどくさいんだろうか。

 無敵モードにでもしてくれればいいのに。

  

 ……


 ……


 ……


「やっとついた……」


 しばらく歩き、ついにその家にたどり着く。


「大きい……」


 近くで見上げると、それは家とは言えないくらい大きかった。

 どちらかというと屋敷といった方がいいだろう。


 建物も立派で、とても森の中にポツンと建っているようには見えない。

 庭も整っていて、きっと常日頃から手入れしているのだろう。


「扉の彫刻も凄いし……」


 僕のような、芸術に興味がない人間でもわかるくらいだ。

 きっと、見る人が見たら凄いんじゃないだろうか。


 これは明らかに普通の人が住む家じゃない。

 一般庶民には想像できないような金持ちが住む家だ。


「……うーん」


 きっと中も凄いんだろうなあ、と思う。

 段々好奇心が湧き上がってきた。 

 

「入りたいな……」


 家の中に勝手に入るというのは少し抵抗があるけれど。


 でも、中を見てみたいというのもあるし、なにより疲れたので休みたかった。

 長く歩いたのでもう足が棒になりそうだ。


「……」


 ……どうせ夢だし、入っちゃおう。

 現実なら不法侵入でも、夢なら関係ない。


「……よし」


 意を決して、扉に向けて手を伸ばす。

 そして、手が扉に触れようとしたところで――


『お待ちください、お嬢様』


 ――横から声をかけられた。

 

「……え?」


 驚いて、声のした方向を見る。

 そこにはついさっきまで無かった人影があった。それもとんでもないのが。


「…………」


 一言で言うなら、マネキンが近いだろうか。


 白いツルツルとした材質の、等身大くらいの人形。目のところに×印がついているのが特徴的で、ちょっと可愛い感じになっている。


「……」


 ……凄い。さすが夢だ。

 動く人形。それも喋ってる。


『ここはグリム様のお屋敷です。勝手に入られては困りますので、直ちに引き返してください』


 突然の状況に目を白黒させている僕を尻目に、人形が強い口調で言った。

 警告のためか、目が赤くピカピカと光っている。コミカルでちょっと面白い。


 ……いや、言ってる内容は面白くない……というか困るんだけど。


「……入っちゃだめですか?」


 もう疲れたのですぐにでも休みたいんだけど……。


『駄目です。直ちに引き返してください』


 目が再度赤く光った。

 口調も強く、有無を言わせない雰囲気がある。


 ……顔は可愛いくせに、言う事は可愛くない。

 まるで怒られているみたいだ。


「……むう」


 というか、なんで夢でまで怒られなくちゃいけないのか。

 そんなのは現実だけで十分だ。それでなくても常日頃からうるさい上司の相手をさせられているというのに。


 ……なんだかムカムカしてきた。

 あの無駄に長い道といい、夢のくせに生意気だ。


 ……こうなったら意地でも入ってやろう。

 無理やりでも、どこか入れるところはないだろうか。


 軽く周囲を見渡す。

 すると、少し離れたところの窓が開いていた。


 ……あそこ、入れそうだな。

 目の前の扉はいつの間にか人形が抑えているから無理だけど、あっちなら何とかなるだろう。


「……よし!」


 窓に向けて走り出す。

 人形が邪魔する前に飛び込んでしまおう。


『!? お待ちくださいお嬢様!そちらは危険です!』


 後ろの声を無視して走る。

 この調子なら大丈夫そうだ。勢いをつけて窓に飛び込む。


『攻性防壁、緊急停止します!』


 窓からはあっさりと中に入れた。

 足元を毛の長い絨毯が包む。すごくふわふわだった。


「……この部屋もすごい」

 

 軽く見渡すと、中は高そうな家具がいっぱいだった。

 会社の応接室を何百倍も立派にしたような感じだ。


「このソファ柔らかい……」


 座るとそのまま沈み込みそうな感覚がする。

 疲れもあって、眠ってしまいそうだった。


『困ります、お嬢様』


 う、もう追いかけてきた。


 窓から人形が入ってくる。

 逃げるために僕も立ち上がり、入り口へと向かった。


「……おお」


 扉を開けると、そこには長い廊下があった。

 沢山の扉に、敷き詰められた絨毯、壁に飾られた絵画に、一定間隔ごとに配置された金属製の鎧。まるで物語に出てくるお城のようだ。


「……すごいなあ」


 何と言うか、ロマンがある。

 疲れているけれど、なんだかわくわくしてきた。


 ……そうだ、どうせ夢なんだし、楽しまないと。

 夢だから、普通は出来ないことだって出来る。流石に物を壊したりするつもりはないけれど。


「……」

  

 期待に胸を膨らませながら一歩足を踏み出す。

 あの沢山の扉の向こうには何があるんだろうか?楽しみだった。

 



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