#098 ゲートウェイ
体調が概ね回復しました! おまたせして申し訳ねぇ……季節の変わり目にたまにやるんですよ……_(:3」∠)_
クリスをダレインワルド伯爵の元に送り届けてから三日後。遂に俺達はシエラプライムコロニーから出港することになった。
この三日間でシエラプライムコロニーでは身元不明の死体が街灯に吊るされて晒し者にされたり、入り組んだ場所にあるちょっと治安の悪い地域で銃撃戦が発生したりとなかなかにショッキングな事件が続いていたようである。イヤーヨクワカラナイケドコワイナー。
そんな状況で俺達は船に籠もって何をしていたのかと言うと、搬入されてきたメイ用のメンテナンスポッド(最新型)をカーゴルームに設置したり、ミミやエルマとイチャついたりしていた。クリスが居たときは流石に色々と気を遣ったからな。
それにしてもメイの影響なのかなんなのか、二人とも妙に積極的というかなんというか……いや、メイに対抗しているとかそういう感じではないんだけど。寧ろミミとエルマはメイに好意的というか、とっても仲良くしている。二人ともよくメイと話しているし、一緒にお風呂に入ったりもしているようだし。
なんというか、ミミとエルマとメイで何か結託しているような雰囲気があるんだよな。謎だ。俺としては三人が仲良くしてくれるならそれで構わないけれども。
「ヒロ様?」
「ん? おお……いやちょっと考え事をしていた」
「大丈夫なの? これから出港よ?」
「いやぁ昨晩のことを思い出――痛い痛い痛い痛い」
微妙に顔を赤くしたエルマが俺の耳を引っ張ってくる。ははは、エルマはいつまでも初々しくて可愛いなぁ。
今回の出港に関してはこちら側からの手続きは特にいらない。クリシュナが一時的的にダレインワルド伯爵家の船団に組み込まれているからだ。手続きはダレインワルド伯爵家の方でやってくれるから、俺達は向こうからの通知に従って船を出港させればいいわけだ。
「これでなんの襲撃も無ければ丸儲けなんだけどなぁ」
「そうですね。それで一日25万エネルってすごいですよね……流石貴族様というかなんというか」
「見栄もあるからね。上級貴族がゴールドランクの傭兵を相場で雇った、なんて話が広まると『あの家は落ち目なんじゃないか?』みたいに言われるわけよ。その辺は商人なんかも同じね。軍なんかがゴールドランク傭兵を雇う場合は相場の8万エネルになることが多いけど、商人なんかだと大体12万から16万エネル、貴族だと最低でも18万エネルから、みたいな風潮よ」
「へー……お大尽な世界なんですねぇ。一般庶民の私からすると金額が大きすぎて実感が沸かないです」
「そう言うけどミミ、貴方も世間一般から見るとかなりの高給取りよ?」
「あ、あはは……最近自分の端末のエネル残高を見るのがちょっと怖いです」
ミミにどれくらい報酬を渡したのかは正確には覚えていないが、多分先日の報酬で合計10万エネルくらいにはなっている筈だ。つまり日本円換算でおよそ1000万円。ミミは一応この世界の成人年齢に達してはいるが、その年齢で10万エネルの貯金を持っている人というのはそうそういまい。
エルマは多分120万エネルくらいになっているはずだ。まぁ、エルマは酒を10万エネル分買ったりしてるからアレだけど。エルマの借金は300万エネルだから、ようやっと三割くらいってところだな。
「あ、ヒロ様。出港申請が通ったみたいです。私達は最後尾ですね」
「了解。タイミングが来たら教えてくれ」
「はい。各艦順次発進しています……やっぱり大型艦は動きが鈍いですね」
「港内じゃね。質量が大きい分、変に加速して何かにぶつかったら大惨事だから」
「そうだな、大惨事だな」
俺はやったことないけど、SOLでも初心者が小型艦から中型艦、大型艦に乗り換えた初心者が今まで乗っていた小型艦と同じ感覚で出港して、買い替えたばかりの船を大破させるなんてのはSOLあるあるだったからな。
少しすると俺達の番が来たので、ハンガーとのドッキングを解除して船を進ませる。今日もシエラプライムコロニーは盛況のようだな。先日起こったシエラⅢに対する宙賊の襲撃に関しても、結局はシエラⅢの防衛戦力が宙賊の襲撃を凌ぎきったということでリゾート惑星のセキュリティシステムに対しての信頼度は寧ろ上がったらしい。そこはかとなく情報操作の臭いがするが、まぁ深くは突っ込むまい。
「あぁー、やっぱ船はいいなー。この滑るような感覚、船を掌握している全能感、仄かな緊張感、全てが最高だ。なんというか、海に飛び込んだ時みたいな解放感を感じる」
「海に飛び込んだ時みたいな、ですか……」
斜め後ろからミミの声が聞こえてくる。首を傾げているような雰囲気だな。こればかりはなぁ。本当に感覚的な話だし、他人が理解するのは難しいように思う。
「まぁ、気持ちは何となく分かるかも。私は海というよりは森に入った時みたいな解放感だけど」
船に乗るとエルマも同じような解放感を覚えるらしい。船乗りは大なり小なりそういう感覚を培うものなのかもしれない。
「私もいつかそんな感覚を覚えるようになりますかね?」
「かもな。俺ともエルマとも違った感覚だろうけど」
もしかしたら心の中にある自由とか、楽しいとか、そういうものの原風景なのかもしれない。
「私には少し理解の難しい話です」
サブオペレーターシートに座ったメイの声も聞こえてくる。クリスが船を降りたので、メイがサブオペレーターシートに座ることになったのだ。基本的にはミミの補佐に徹してもらい、ミミのオペレーター技術の向上に力を注いでもらう形になる。彼女が十全にチカラを発揮するとオペレーターの役目を完璧に果たしてしまうからな。
などと考えながらスイスイと港内を移動し、気密バリアゲートからシエラプライムコロニーの外に出る。
「左下方の船団です。フォーメーションを整えているようですね」
「俺達は殿だったよな?」
「はい」
下手に先頭とかよりも殿のほうがどの方向から船団が襲われても駆けつけやすいんだよな。先頭だと真正面から敵が来ない限り基本は回頭しなきゃならないし。俺にかかれば一瞬だけど、その一瞬が命取りだったりするからな。まぁ殿は殿で一番最初に攻撃を受けやすい位置なんだけどな。
既に整いつつある船団のフォーメーション、その最後尾にするりと滑り込む。
「超光速ドライブ、ハイパードライブ共に同期モード」
「超光速ドライブ、ハイパードライブ、同期モードに設定しました。同期申請、受諾されました」
「おーけい。んじゃあとはのんびりするだけだな」
今回は船団を組んでの同期航行なので、超光速航行中もハイパードライブ中も俺達が直接操作するような必要は何もない。旗艦の操作に従ってオートで航行する形になるからな。
程なくして轟音とともにクリシュナが超光速ドライブに移行し、そしてすぐにハイパードライブが起動する。
「何度見ても不思議な光景ですよねー」
極彩色の光を放つハイパーレーンを見てミミが溜息を漏らした。
「そうだなぁ。あんまり長く見てると気持ち悪くなりそうだけど」
「そうですか? 私はずっと見ていられそうです」
「ミミって変なところで頑丈よね……」
「えぇ……なんか酷い言われ方をしている気がします」
ミミが不満げな声を出しているが、俺もエルマの意見に同意である。敢えて口には出さないけど。
いやだってさ、ハイパーレーンの光景ってなんかこう、極彩色の混じり合った巨大なチューブの中のようなそれでいて広大な空間のような、よくわからない感じの光景なんだよ。パッと見は鮮やかで綺麗に見えるけど、俺は長く見てると遠近感とか平衡感覚が狂って気持ち悪くなってくるんだよ。
☆★☆
さて、旅路の方はというとすこぶる順調であった。基本的に干渉することが不可能であるハイパードライブ中に事故など起きるはずもなく、また通常空間に戻ってからも超光速ドライブ中にインターディクションをかけられることもなかったからだ。
俺達はハイパーレーンを伝って恒星間航行を繰り返し、シエラ星系から四つ先にあるバルデミューレ星系に辿り着いていた。ハイパーレーンを使ったハイパードライブ航行で目的地であるデクサー星系に行くのであれば反対方向とも言える回り道であったが、この星系を目指すのには勿論意味があった。
「ふあー……あれがゲートウェイですかぁ」
「おっきいねぇ」
虚空に佇む巨大構造物を目の辺りにしたミミが目を輝かせ、俺は小学生並みの感想を口にする。
いや、だってもうおっきいねぇとしか言いようがないんだよ。この難解な構造物を言葉にして表すと、スペースコロニーを遥かに超える大きさのメタリックな三角錐めいている対の巨大装置、だろうか。対になっている巨大な装置の間には不可思議な燐光を放つ歪んだ空間が発生しており、多くの船がその歪みの中に出入りをしている。アレが帝国の技術の粋を集めたゲートウェイであるらしい。
俺の知っているゲートウェイと形が違うが、この世界の全てが全て俺のやっていたゲームであるSOLと同じというわけでもなし、些細な違いなのだろうと思う。そもそも開発している銀河帝国からして別物であるわけだしな。
「そっか、あんた達はゲートウェイを見るのは初めてだったのね」
「知識としては知っていたけどな」
「そうですね。私もヒロ様と同じです」
知識として知っているのと実際に目で見るのは別だよなぁ。しかしデカイ。本当にデカイ。スキャナーが表示してるスケール間違ってない? 大丈夫? 対の装置の片方の大きさだけでもシエラプライムコロニーより遥かに大きい。対の装置の間に発生しているゲートの大きさも加味すると、下手すると地球より大きいんじゃなかろうか。天文学的なスケールの巨大構造物だな、これは。
「でも、ここまで来れば安心ですよね。ゲートウェイには帝国軍の防衛部隊が駐屯していますから、襲撃もないでしょうし」
「そうだな、ここで襲撃をかけてきたら馬鹿だな。一瞬で灰にされるんじゃないか?」
このゲートウェイという何千光年、何万光年も離れた場所と場所を繋ぎ、一瞬で移動することのできる施設は、銀河帝国にとってはその版図を広げるための重要な戦略拠点である。当然、その警備に当たる戦力は今までに俺達が訪れた星系に駐留する帝国軍の防錆戦力とは比べ物にならないほどに強力だ。もし無謀にも戦いを挑んだ場合、いかにクリシュナが優れた戦闘艦と言えどもひとたまりもなく宇宙の塵と化すだろう。
ぶっちゃけて言うと、ここを落とそうとするのならば帝国の全戦力とことを構える事ができるほどの戦力が必要だろうな。何故かって? そりゃここを襲えばたちまち帝国の支配地域に存在するゲートウェイからガンガン増援が送られてくるに違いないからだ。
先程も言ったように、こういったゲートウェイに配備されている戦力は強大である。同時多発的に複数のゲートウェイを襲撃でもしない限り、他のゲートウェイの守備隊までもがゲートウェイを通ってここに集結してくるわけだ。帝国の最重要施設を守る精鋭部隊が続々と。それはもうとんでもない戦力がここに展開されることになるだろう。
「そうね。一瞬で消し炭ね。だから、ここまで何もなかったということは、これから先が危ないってことよ」
「そうなるか。そうなるよな。ええと、目的地のデクサー星系って向こうのゲートウェイからいくつ隣だっけ?」
「五つですね。向こう側のゲートウェイがあるのがニーパック星系で、そこからメルキット星系、ジーグル星系、ウェリック星系、コーマット星系を経由してデクサー星系です」
そう言ってミミがコクピットのホロディスプレイに銀河地図を表示して見せてくれる。俺はそこからさらに操作して各星系を繋ぐハイパーレーンを表示し、ハイパーレーンを渡るのに必要な平均時間も表示した。
「余程のことがないとゲートウェイの守備艦隊は動かないけど、隣の星系くらいまでなら出張ってくる可能性があるよな」
「そうね」
「となると、ジーグル星系かウェリック星系が怪しいか。伯爵も何も対策をしていないとも思えないけど」
「伯爵位を持ってるならデクサー星系から繋がる周辺一星系は領地として帝国から下賜されているでしょうから、コーマット星系まで入れば万全でしょう。ゲートウェイから繋がるメルキット星系は帝国直轄領だろうから、伯爵が直接何か働きかけるとはあまり思えないわ。でも、ジーグル星系やウェリック星系を管轄している貴族と仲が良ければ防衛戦力を護衛として融通してもらっているかもね」
エルマがそう言いながら銀河地図を操作すると、各星系の支配者ごとに色分けがされた。エルマの言う通り、メルキット星系は帝国の直轄領。そしてジーグル星系とウェリック星系はそれぞれ別の貴族が支配しており、コーマット星系はダレインワルド伯爵家の所領であるらしいということがわかる。
「俺の感覚だとお隣の貴族同士ってあまり仲が良くないイメージなんだが」
「私もそういうイメージです」
「別に全部が全部そういうことではないと思うわよ? 産出する資源や星系で力を入れている産業が被っていたりするとそういうこともあるみたいだけど」
流石に銀河地図に貴族同士の仲の良さみたいな情報は含まれていないので、そこまでは調べることはできそうもない。普段は貴族同士の事情なんて仕事に関わることがないから、情報収集なんてしてないからなぁ。今まで気にかけたことも無かったよ。
「結論としてはまだ安心するには早い、よ。緊張感を保ちなさい」
「へーい」
「はいっ」
徐々に眼前に近づいてくる巨大な空間の歪みを見ながら俺とミミが返事をする。痛っ、締りのない返事をしたからって太腿を抓るのはやめろ。
「ところでここまでの話を聞いてメイはどう思う?」
ずっと無言で俺達の話に耳を傾けていたメイにも話題を振ってみた。彼女はこういう時はこちらから水を向けてやらないと決して口を開かないんだ。あくまでも俺の補佐であるという立場を優先するみたいなんだよな。もっと積極的に会話に入ってくれると良いんだが。
「そうですね。一番危険度が高いのはコーマット星系へのワープアウト直後かと」
今まで俺達がしていた検討の内容が一言でばっさりとやられてしまった。
「その心は?」
「ダレインワルド伯爵領は彼にとってのホームでもあります。今までの行動から察するに、バルタザール・ダレインワルドは何らかの方法で他者を意のままに操る術に長けているように思われます。コーマット星系の防衛戦力が彼に籠絡されていた場合が一番危険なパターンでしょう」
確かに、クリスの叔父のバルタザールは宙賊を大量に動員してシエラⅢを襲ったり、帝国航宙軍の機密兵器であるはずのステルスドロップシップを投入してきたり、辺境部隊とはいえ帝国軍の正規軍をこちらにけしかけたりしてきた。
その手腕をコーマット星系の防衛戦力にも振るっていたら? そりゃ確かに怖い。ダレインワルド伯爵が率いるこの船団の戦力は星系の防衛戦力に匹敵すると思うが、ワープアウト直後の油断した瞬間を狙われるとどうなるかわからないよな。あっちは出待ちできるわけだし。
「……一応伯爵に伝えたほうが良いか?」
「私達が考えつくようなことは伯爵も考えついてると思うけどね。というか、この推測は完全にダレインワルド伯爵の政治的手腕を馬鹿にする内容だから」
そう言ってエルマが苦笑いをする。いやまぁ、確かに自分のとこの防衛戦力も掌握できてない可能性あるから危ないっすよ、とか本人に言ったらそりゃ激おこですよね。俺的には自分の子供の跡目争いを制御できなかった時点で正直あまり期待できないなとか思ってたりもするわけだけど。
「処置なしか」
「処置なしね。精々生き残りましょ」
「処置なしなんですね……」
エルマが肩を竦め、ミミが溜息を吐く。俺も溜息を吐いた。急に不安になってきたぜ、はっはっは。




