#090 メイの好奇心
気がついたら意識を失っていました……新手のスタンド攻撃か何かかもしれません(´゜ω゜`)(飯食った後ついPC前でうたた寝しましたすみません許して
セレナ少佐に話をつけた翌日。俺達の乗るクリシュナは無事護衛対象の民間輸送船『ペリカンⅣ』と合流してその護衛任務に就いていた。護衛任務と言ってもその内容は気楽なものだ。超光速ドライブで星系内を不審に思われない範囲でウロウロしたり、一つ隣の星系にある交易ステーションや資源採掘ステーションを順にぐるぐると回るだけである。時に補給や積み荷の積み下ろしの関係でペリカンⅣが長期停泊する時にはフライングトータスの方に随伴すれば良いらしい。
まぁ、いつ何時宙賊に襲われるかわからないのだから、あまり気を抜きすぎるのも良くないけれどもな。クリスの叔父の手の者が襲撃してくる可能性もあるわけだし。
とはいえ、四六時中全員で警戒に当たるのも疲れるだけなので、今は俺とエルマが交代でコックピットに座り、警戒しつつペリカンⅣを護衛するということにしている。今の時間は俺一人でコックピットで警戒中で、他の三人は食堂で待機中だ。
「ご主人様、飲み物をお持ち致しました」
「ああ、ありがとう」
やたらとハイテクな空間固定式ドリンクホルダーである『グラビティスフィア』に、飲み物を用意してきてくれたメイドロイドのメイがコックピットに入ってきた。
俺はドリンクを受け取り、手の届く範囲にスフィアを固定する。
「すまないな、できれば一刻も早くメイをアップグレードしてやりたいんだが」
「はい。いいえ、お気になさらず。何よりも御主人様達の身の安全を一番優先すべきです。それに、戦闘や複雑な計算を行わないのであれば、現状のボディでも十分な性能を発揮できますので」
「そうか。確かにミロは多少性能が落ちるとか言ってたけど、俺には違いがわからないものな」
「はい。日常的なサポートであれば現状でもさほど問題はありません」
そう言って立ったままこちらに視線を向けてくるメイは設定通りに無表情だ。感情値をほぼ最低値にしたのは折角のロボ娘なんだからその個性を消すような真似はしとうない、という完全に俺のエゴというか趣味によるものだったのだが、当人としてはどう思っているのだろうか? ちょっと聞くのが怖い。
「あれだぞ、アップグレードする時に初期設定から何か変えたい部分があったりするなら言ってくれて良いからな。予算に関してはメイをもう何体か買ってしまえるくらいにまだ余裕はあるわけだし、遠慮なんて要らないから」
「はい。いいえ、御主人様。私は御主人様が創ってくださった設定に一切不満はありません。ですが、ありがとうございます。もし自分で何か変更したい箇所があった場合はご相談させていただきます」
「ああ、そうしてくれ」
そんな会話をしながら警護を続ける。まぁ、警護とは言っても今は輸送船と同期して超光速ドライブで船を走らせているだけだから、特にやることはないんだけどな。不意のインターディクションに備えて超光速ドライブ中でも使える複合センサーの反応に注意するくらいで。
この複合センサーは他の宇宙船や小惑星が存在することによって発生する重力振動や、超光速ドライブやハイパードライブ使用時に発生する亜空間振動、それに亜空間を移動する際に発生する航跡などを感知して視覚化する代物であるらしい。
勉強したミミが一生懸命説明してくれたが、その理屈は半分どころか四分の一も理解できなかった。とにかく超光速ドライブやハイパードライブを使用している時でもレーダーのように使える凄いセンサーということだな。うん。
超光速ドライブを使った超光速航行と一口に言っても、その速さには船ごとによってどうしても差が出る。ごくシンプルに言えば、デカい船は超光速航行と言っても本当に高速を少し上回るくらいから精々二倍か三倍くらいまでしか速度が出なかったりするし、逆に小型の高速艇だと高速の十倍以上、速い船だと二十倍以上のスピードが出たりする。
そんなに速く動いたらウラシマ効果とかそういうのはどうなっているのかって? 俺にはイマイチ理解が及ばなかったが、超光速ドライブもハイパードライブも時間の流れが異なる亜空間に片足を突っ込む、あるいは完全に亜空間内を航行することによって相対性理論の軛から逃れるとかなんとか……悪いが俺はそういう高度な物理学とかの話はさっぱりわからねぇんだ。
FTL(超光速)技術を完全に理解するには俺の脳のスペックは絶望的に足りていないらしい。単に興味がないだけとも言えるのかもしれないが。使えれば良いんだよ、使えれば。元の世界でだってパソコンやスマホの仕組みなんて全く理解していなくても何の問題も無かったからな。
「しかし昨日の今日だと何もないか」
「はい。そのようですね。宙賊も一気に数を減らして再編成を強いられているのではないでしょうか」
「百隻以上も一気に失ったらしいからなぁ」
不意の遭遇戦のような状況だったらしく、完全に包囲することは出来なかったため何隻かの宙賊艦には逃げられてしまったらしい。まぁ、襲撃されているとの緊急連絡を受けて急いで駆けつけたわけだから、それもまた仕方のないことだろうな。
ちなみに、今ぶらぶらしている生き餌ことペリカンⅣに宙賊が襲いかかってきた場合は二分から三分ほどの短時間で包囲殲滅陣が完成するようになっているらしい。護衛が一隻しかついていない美味しい獲物だと思って襲いかかってきたら軍用艦に包囲されて殲滅されるという悪夢のような罠である。一体誰だ、こんな酷い罠をセレナ少佐に教えたのは。絶対に性格のひん曲がっている陰険な奴に違いない。まぁ俺なんだけども。
「御主人様は帝国軍にもコネクションをお持ちなのですね」
「そうだな。まぁ、縁と言っても奇縁というかなんというか」
「それに、この船──クリシュナも見たことのない形式の船です」
「あー、この船はなぁちょっと事情がなぁ」
「御主人様のことを知りたいです」
「うーん……そうだな」
どこまで話したら良いものか。このクリシュナの出どころに関しては俺も正直説明ができないシロモノである。いつの間にかこの世界にクリシュナと一緒に放り出されてました、なんて話をしても正気を疑われるだけだろう。それに、俺のことを包み隠さず話すというのは色々と憚られる内容が多いものである。知的好奇心の塊であると考えられる機械知性に俺のことを話すというのはいかにも危険な気がしてならない。
「ご主人様、私の情報セキュリティは完璧──とまでは言いませんが、非常に高度です」
「お、おう?」
「私のメモリにある情報は誓って私だけのものです。無論、世間話程度に情報交換をすることはありますが、ご主人様の秘密を誰かに、何かに明け渡すようなことが決してございません」
そう言って俺を見るメイの視線には断固とした意思のようなものが感じられた。ううむ。
「正直に言えばな、俺はちょっと普通とは言い難い人間だ。俺自身も俺についてよくわからないことが多いし、メイに全てを話すことによって俺の特異性が機械知性達に伝わったりするんじゃないかと危惧している」
「はい。理解できます。ですが、私は貴方に全てを尽くすことが存在意義であるメイドロイドです。私の全ては御主人様のためにあります。どうすれば信じて頂けるのでしょうか?」
「そうだな……メイが俺を裏切ることがない、ということを証明することは非常に難しいものな」
俺はメイのデータ送受信を監視し続けることは不可能だし、メイに全ての通信ログを開示されたとしてもそれを逐一チェックし続けることは不可能だ。そもそも、その通信ログ自体がメイの自己申告であるならば、それそのものを疑ってしまえばもはやメイに潔白を証明することはできなくなるわけだし。
「俺がメイを信じなければ始まらない話だな……まぁ、疑い始めたらキリが無いか。これから話すことは内緒だぞ?」
「はい。ありがとうございます。決して口外は致しません」
「そう願うよ」
真面目な表情で──まぁ、メイは基本的に真顔なのだが──頷くメイに対し、俺は俺がこの世界で目覚めてからの話をし始めた。気がついたら動力の落ちたクリシュナの、このコックピットにいたこと。俺が認識している俺の出自、ターメーンプライムに至る道程、セレナ少佐──当時は大尉であった彼女との邂逅、この世界とステラオンラインとの奇妙な一致、エルマとの出会い、傭兵登録、ミミとの出会い、ターメーン星系での戦い。
「ご主人様の認識では、この世界はご主人様の言うところの『現実世界』で遊んでいた『ゲームの中の世界』であると、そういうことですね」
「俺の視点から見ればそう見える。でも、俺の持つゲーム知識には無い情報も多い。例えば、俺の知る限りではゲーム内にグラッカン帝国やベレベレム連邦と呼ばれる宇宙帝国は存在しなかったし、ギャラクシーマップを見る限りでは見覚えのある星系名が一つも存在していない。にも関わらず、流通している宇宙船や装備、その他商品の中にはゲーム内で見かけた名前が多数存在する」
「なるほど……奇妙な状態ですね。ところで、ご主人様はシミュレーション仮説というものをご存知ですか?」
「シミュレーション仮説? 知らないな」
「私も、ご主人様も、全ての自然現象も、何もかもが凄まじい技術力によって実行されているコンピューターシミュレーションであるとする仮説ですね」
「おっかない仮説だな。突き詰めれば、この世の全てはシミュレーションなんだから何をしても良い、と考えるような奴も出そうじゃないか。命の尊さも何も無くなりそうだな」
「ええ、その通りです。ご主人様の視点から見ると、この理論もあながち的外れではないように思えてきませんか? ご主人様は何らかの要因で、ゲームと似て非なる世界に迷い込んでしまったわけですから」
「そういう感覚に陥ったことがないといえば嘘になるけど、ミミやエルマと接しているとこの世界がシミュレーションだとは到底思えないな。そもそも、俺の世界の技術レベルはこの世界の技術レベルよりも遥かに劣っていたわけだし。寧ろ、この世界のどこかで俺の住んでいた地球がまるごとシミュレーションされていそうな気がするな。俺がゲームの世界に入ったんじゃなくて、俺がシミュレーション世界から飛び出してきたんじゃないかね。まぁ、一体何がどうなってそんな事が起こったのか皆目見当もつかないけど」
むしろ、俺が最初にエルマ達に主張したようにハイパードライブの事故か何かで平行世界とか並行宇宙に存在する俺という存在が天文学的な確率でこの世界に転び出てきたとした方がまだ座りが良い気がする。それにしたって俺の自己認識と現実とのズレがとんでもないことになっているけど。
要はわけがわからんというわけだな。うん。
「正直、このことに関しては考えるだけ無駄なような気がしてならないんだよな。もしかしたら『俺はこの世界の人間ではないんです、調べてください!』とでもあちこちで言って回れば答えが見つかったりするのかもしれんが、そんなことをしても白い目で見られるか、好奇の目で見られるかしそうだし。正直、あまり俺の出自には触れずに過ごしたほうが良いんじゃないかと俺は思っているよ」
今の所それで不便に感じることもないしな。傭兵ギルドのような都合の良い組織があって良かった、というかクリシュナが俺とともにあってくれて良かったというところだな。クリシュナが無かったら俺はミミよりも酷い状況に陥っていたかもしれん。
「なるほど……そうですね。ご主人様がそう考えているならそれで良いのではないかと私も思います」
「いずれは向き合わなきゃならない問題かもしれないけどな。少なくとも今じゃなくても良いことだろう。多分」
別に元の世界に何が何でも戻らなきゃならない理由もないしな。元の世界で俺がどういう扱いになっているのかは気になるけど、戻れないのなら気にしても仕方がないし。恋人や家族が居るならなんとか戻ろうとするんだろうけど、俺にはそういうのも特に居ないし。幸いなことにというか、不幸なことにというか。寧ろこっちに留まりたい気持ちのほうが強い。ミミとエルマもいるわけだし。
「この話はこれくらいで良いだろ。他には?」
「それでは──」
それから暫くメイの質問に俺が答えるという形で情報収集が進んでいくのであった。




