#570 「いまのはぜったいおかしいでしょ!」
「貴方……前より大分強くなってませんか?」
剣工房の地下に設えられた道場のようなスペースで俺と対峙したイゾルデが、額に汗を垂らしながら問いかけてくる。
「そりゃあれからだいぶ場数を踏んでるからなぁ」
以前イゾルデと手合わせをしたのは剣を振り始めて然程時間の経っていない時だったからな。皇帝陛下に御前試合を命じられた時だから、結構前になる。その後、宙賊艦に移乗攻撃を仕掛けたり、テラフォーミング中の惑星で生物兵器相手に立ち回ったり、一抱えほどの大きさの謎の玉に擬態した蜘蛛めいた何かと切り結んだり、貴族の私兵相手に大立ち回りをしたり、サイオニック能力をブンブン使ってくるヴェルザルス神聖帝国の連中と立ち合いをしたりと本当に色々あった。
それに加えて俺のサイオニック能力もだいぶ強化された。当時は息を止めることによる時間流鈍化くらいしか使えなかったが、今は念動力や電撃、精神感応に未来予知に空間把握、掌握、運命操作とできることの幅が大きく増えている。ついでに言うと、それらの能力に目覚めるに従って脳の処理能力も上がっているような気がする。計測したことがないからわからんけど。
結論として、俺個人の戦闘能力は以前イゾルデと手合わせした時と比べると倍どころじゃないくらいに高まっていると思う。というか現状、白兵戦で敗北するビジョンがまったく見えない。なんでもありでやるなら、多分今の俺は至近距離なら小型戦闘艦が相手でも生身で勝てると思う。認識外の最大射程から滅多打ちにされたりしたら流石にどうにもならないだろうが。
「それよりほら、かかってこないのか? こないならこっちから行くぞ?」
「……来なさい!」
「オーケー」
いつもの二刀流スタイルでイゾルデに斬りかかっていく。尤も、斬りかかっていくと言っても手にしているのは真剣ではなく模擬剣だが。
「くっ、なんでっ!?」
「はい、はい、そこでこう来る、これで詰み」
「んぐぅっ……!」
緩急をつけた左右の剣でイゾルデを追い込んで行き、その攻めに耐えかねて放ってきたイゾルデの反撃をいなして剣を握ったその手首を斬り落とす。
実際には模擬剣の刃の部分が彼女の手首に触れただけだが、これが真剣なら彼女の手首はすっぱりと落ちていたことだろう。それを自覚した彼女が悔しそうな顔で呻く。
「おかしいです。不可解です。何かズルをしていませんか?」
「その台詞少し前にも聞いたなぁ……ズルはしてないぞ」
精神感応で彼女の思考というか次にどう動こうかという半ば反射のような意思を読み取りつつ、空間把握で彼女の一挙手一投足を正確に把握し、未来予知で数瞬先の未来を読む。そうするとどうなるか? 体感的には凡そ一秒程度相手の反応が遅れて見えることになる。
いくらイゾルデの身体能力が無強化の俺よりも高かろうと、流石に反応速度に凡そ一秒もの差があったら勝負にならないのは当然だ。詰め将棋みたいなものである。これをズルと言ってしまうと、イゾルデの身体強化もズルになってしまうと思うんだよな。
「俺が本当にズルをしたらこんなもんじゃないからな」
「できることは否定しないんですね……?」
「命を懸けて戦う立場の人間は奥の手の一つや二つは隠し持ってるものだろ。イゾルデにだってあるんじゃないか?」
俺の問いかけにイゾルデは答えずに顔を顰めた。恐らく身体が強靭な貴族用の戦闘用ドラッグだとか、負荷の高い戦闘用インプラントだとか、そういったものの用意があるんだろうな。
「これ以上は殺し合い、とまでは行かなくともその奥の手を使わないとどうにもならないだろう。ここらでやめておかないか?」
「せめて一つくらい貴方に奥の手とやらを使わせたいのですが?」
「イゾルデだけじゃなく、他の四人も一斉にかかってきたら使わざるを得んかもしれんなぁ」
「私一人では足りないと?」
「足りんね。俺に本気を出させたいなら、フル装備の歩兵と貴族兵を百人くらいはぶつけてもらわないとな」
模擬剣を手にしたまま肩を竦めて見せる。
「近衛騎士だから剣に一家言あるのはわかるんだが、流石に剣が出来上がるまでの時間潰しであまりマジになるのはやめんか?」
「その近衛騎士のプライドをズタボロにしておいてどの口が言いますか?」
そうだそうだと先にプライドをズタボロにされていた他の四人の近衛騎士も外からやいのやいのと言ってくる。剣を合わせてからちょっと遠慮が無くなったね、君達。
「やっぱりおかしいですよ、あれ。一秒くらい動き出しが早いと思うんですけど」
「ヒロだからねぇ……多分生身で真正面からやり合って勝てる人類はいないと思うわよ」
「え? そこまで断言するんですか……?」
セレナとエルマ、それにルシアも外野でヒソヒソ話し合っている。
流石に銀河中の人類を集めて俺が最強ナンバーワンとまでは思わんのだが。世界の法則を半ば踏み越えているタマモだとか、俺以外の落ち人だとかといった例もあるし、俺より強い人はどこかにはいると思うぞ。俺も正直最近完全に人間をやめた感があるから、はっきりとは言えないけども。
「いっそ本当に五人で襲いかかってその余裕ヅラを叩き壊してやりましょうか……」
「それが誉れ高い近衛騎士様の戦い方か……?」
「誉れは貴方に叩き潰されました」
据わった目つきになったイゾルデが剣を持っていない方の手で何かハンドサインのようなものを送ると、道場の待機エリアから他の近衛騎士達が入ってきた。当然、手には模擬剣を持っている。こいつら本当に俺を囲んで棒で叩くつもりだぞオイ。
「五人も連続で相手にして疲れたから全力とかもう出せないんだが?」
「嘘を言わないでください。全員軽くボコボコにしたじゃないですか。私達のプライドはもうボコボコですよ。責任を取ってもらいます」
「自分達から勝負を挑んできてその言いよう、恥ずかしいと思わんのか」
「恥ずかしいので恥ずかしい原因を叩いて潰します」
「いきなり知性を捨てて野蛮になるのやめてもらっていいですか?」
「問答無用ッ!」
イゾルデを先頭に五人の近衛騎士が剣を構えて襲いかかってくる。普通、一人の人間に複数人で斬りかかるというのは大変に難しいことである。連携が取れていない者同士でそんなことをすれば、敵を捉えられなかった剣閃がそのまま味方を斬ることになりかねないからだ。
その点、この五人は確かに手練れであった――のだろう。
「んなぁっ――んびゃぁ!?」
びたーん! と五人が同時受け身も取れずにすっ転ぶ。顔面といわずみぞおちといわず、とりあえず身体の前面を突っ込んできた勢いそのままに打ち付けて悶絶する。あーあ、剣まで手放して。
「はい、俺の勝ち。どうして負けたか考えてもわからないだろうから忘れて良いぞ」
ぺしぺしぺしと全員の頭を剣の先っぽで順に叩いて勝利宣言しておく。
何をしたのかって? 五人が飛びかかってくる瞬間に全員の両足を念動力で掴んで転けさせただけだぞ。受け身を取れないように腕も伸ばしてあげたぜ。
「……え? なんです? 今の?」
「ノーコメント」
「イゾルデ達があんな転び方するなんて、流石におかしいと思うんですけど」
セレナとルシアが頭の上にクエスチョンマークを浮かべまくっている一方、エルマは呆れたような表情でノーコメントを貫いていた。サイオニック能力を有しているエルマだけは俺が何をやったのかほぼ正確に把握しているわけだ。そもそも、エルマは俺がサイオニック能力でどんなことができるのか概ね把握しているからな。
「いまのはぜったいおかしいでしょ! なにいまの!?」
「知らんなぁ。全員仲良く転けたから、その隙を突いただけだぞ」
イゾルデが痛打した鼻を押さえながら涙目で叫ぶが、俺は一向に取り合わず、模擬剣を手にしたまま道場を後にした。前もそうだったけど、イゾルデが満足するまで相手をするとなると本当にキリがないからな。そろそろ剣も仕上がってくる頃だろうし、剣に興味が薄い勢が何をしているのかも気になるから、時間潰しの模擬戦はここで終わりだ。




