#569 「なんかズルしてませんか!?」
「貴方達、ドローンキャリアは苦手って言ってませんでした……?」
「苦手よ」
「苦手だぞ」
プルプルと子犬のように震えているセレナにエルマと二人で頷きながら答える。
「なら! どうして! 私よりも! スコアが良いんですか!?」
「戦闘艦乗りとしての年季が違うからね」
「そらそうよ」
ぷんぷんと怒るセレナに対し、エルマと俺は至って冷静である。そりゃ大型艦の指揮統制とかだと俺とエルマはセレナに決して敵わないと思うが、ドローンキャリアとはいえコルベットクラスの中型艦を一人で操縦するとなれば、流石にほぼ素人のセレナにスコアで負ける道理はない。
「なんかズルしてませんか!? 単純な身体スペックや反応速度は私の方が上の筈ですよね!?」
「ズルはしてないわよ、多分」
「自分の能力を最大限に活かすってことならズルはしてないよな」
確かにこの三人の中でセレナの身体スペックは頭一つ抜けている。エルマも帝国子爵令嬢としての身体強化を受けているが、その強化度合いは侯爵令嬢にして高級軍人でもあったセレナには遠く及ばない。無強化の俺とセレナでは比べ物にならない。
まぁ、エルマはヴェルザルス神聖帝国でサイオニックパワーによる身体強化の習得に成功してその身体能力や反応速度を一時的に大きく引き上げることができるようになっているし、俺に至っては息を止めての時間流鈍化に加えて第三法力の修練が進んだ影響でちょっとした未来予知なんかもできるようになってきているからな。セレナの身体能力的なアドバンテージは大きいが、そこまで差があるかと言うと実はそうでもない。そうなると、あとは経験が物を言うわけだな。
寧ろ中型戦闘艦の操作に関しては知識はともかく技術面はほぼ素人の筈なのに、俺達に迫るスコアを出しているセレナが異常だと思うんだよ。しかもトップバッターで。俺とエルマは先にセレナがやったシミュレーター内容を見た上でのスコアだからな。
『あの……御三方とも、我々のテストでは見たことがないスコアなので……』
モリガンのコックピットにヘイゼル・スターシップ社のオペレーターの声が遠慮がちに響いてくる。
『それに、大変興味深いデータを収集させて頂きました。ありがとうございます』
「どういたしまして。三者三様の戦い方だったから見応えはあったかもな」
「貴方達の戦い方おかしくありませんでした?」
「別に私のはおかしくはないでしょ。使い方は人それぞれよ」
まだ納得いってない感じのセレナの言葉をエルマが肩を竦めてサラリと受け流す。ザクッと言うと、セレナは展開したドローンを有機的に連携させて敵集団を端から削っていく正統派の戦法を用い、エルマは全てのドローンを切り離し、軽量化した本体で敵陣を引っ掻き回して縦横に分断した敵集団をドローンによる集中攻撃で各個撃破していく戦法を用いた。戦法としてどちらが優れているというのは特に無いが、セレナの運用は慎重かつ堅実だった分、敵の殲滅に時間がかかった。それがスコアに響いたわけだ。
俺? 俺はプラズマキャノンドローンだけを船にくっつけたままパルスレーザードローンを艦の周りに展開して、パルスレーザードローンで敵艦の足と武装を潰しつつ、プラズマキャノンの集中砲火で敵艦のバイタルをポンポン抜いていっただけだぞ。
たまに使うとプラズマキャノンも悪くないな。弾速はちょっと遅いが、遠くからでも当てさえすれば良い火力が出る。散弾砲は至近距離じゃないと威力が出ないからなぁ。ある程度遠間からでも火力が出せるのは楽といえば楽だわ。
「あんたの戦い方は変だけどね」
「ドローンキャリアの利点殆ど捨てて戦うのやめてもらって良いですか?」
「なんでや!? 全ての性能を完璧に使ってたやろ!」
射角フリーのタレットみたいな運用をしただけだろ! 常に最大火力を発揮できて合理的やろがい!
☆★☆
試運転を済ませた俺達はヘイゼル・スターシップ社と契約を交わし、無事モリガンの受領を終えた。広告に名前を貸すことになったが、まぁ些細なことだ。
そもそも皇帝陛下からの下賜なのだから本当は突っぱねても良かったんだろうが、向こうも一応商売をやっている以上は可能な限り利益を上げなきゃならないからな。これから先、モリガンを運用していくのであればシップメーカーのサポートは手厚い方が良いに決まっている。少しばかり譲歩して仲良くしておくのも処世術というやつだ。
「で、ここがセレナの行きつけの剣工房か」
「そうです。アポは取ってありますからご心配なく」
なんというか高級そうというか、一見様お断り感が門構えからして滲み出ている店であった。というか、剣工房ってこう、俺のイメージとしてはファンタジーの武器屋みたいなイメージだったんだが、全然違うな。見た目はお洒落な洋服でも扱っていそうな感じだ。考えてみればレーザーガンを扱っている銃砲店も携帯ショップか何かみたいな感じだったし、こんなものか。
「見るからに品格が高そうな感じが……」
「ちょっと入りづらいですね、これ……」
後ろでエデルトルートとイゾルデがなんかヒソヒソ言ってる。いつの間にか仲良くなってるな、君達。多分イゾルデの方が家の爵位とかは高いんだろうし、帝室の人間を守る近衛である以上身分は高いんだろうが、仕事そのものが似通ってるからな。そっちの線で仲良くなったんだろうか。
「まごついてても仕方ないから入るぞー」
「普通のお店なんですけどね……?」
「そらセレナからしたらそうやろなぁ……」
「一般庶民の私達からするとちょっとね……」
「私はちょっとよくわからないな。綺麗なのはわかるけど」
首を傾げるセレナの足元でティーナとウィスカ、それにネーヴェが呆れたり同じように首を傾げたりしている。そりゃネーヴェはわからないだろうなぁ。見るものが殆ど初めてのものばかりなんだろうし、門構えでお店の雰囲気を掴み取れるほどの経験もないだろう。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
ぞろぞろと店内に入ってきた俺達を出迎えたスタッフは三名。白髪に同じく白い口髭を生やしたナイスミドルと、若い男女。身なりもパリッと整っていて、武器工房の店員というよりも執事か何かみたいだ。しかし三人ともこれ、戦えるというか剣を扱える人みたいだな。やっぱり専門店ともなると扱う商品の知識だけでなく、実際に扱う能力も必要になってくるものなのかね?
「ははは、名うての剣士と名高いキャプテン・ヒロ殿にそのように見られると緊張してしまいますな」
「すまん、職業病みたいなものでな。俺は先に送っておいた剣とこの腰の剣のメンテナンスを頼みたい。それとこっちの五人に剣を見繕って欲しい。適当なものをな。ああ、ただ拵えだけはあまり派手じゃないのを頼む。実用本位って感じでな」
「承知致しました。それでは、ご案内させていただきます」
「ああ、頼む。請求は俺に回してくれ」
ナイスミドルがかしこまりました、と言って俺に頭を下げ、イゾルデ達を奥に連れて行く。次いで女性店員が俺の方に寄ってきたので、腰に差していた二本一対のいつもの剣を鞘ごと彼女に渡す。
本格的なメンテナンスは今までしたことがなかったからな。重大な不具合とかが無ければ良いんだが。もしそういうのが見つかったら、修理か買い替えだな。
「ふぁー……剣って綺麗ですねぇ」
「刀剣は帝国における貴種の魂ですからね。この工房は良い刃を揃えているようです」
ショーケースに収められている抜身の剣を見て目を輝かせているミミの隣でルシアが目を細めている。ルシアは剣について一家言あるようだな。俺は使えれば割となんでも良いタイプだ。今のところ四本の剣を所持しているが、どれも敵から奪った鹵獲品である。ルシアにそれを言ったら何か言われそうだなぁ……ちゃんと自分の身体に合ったものを使えとかなんとか。
「うーん……剣ねぇ」
「エルマも一振り腰に差すか? ルシアが今差しているような短剣とか短刀タイプなら格闘時に使えるんじゃないかと思うんだが。いざとなればレーザーも弾けるし」
「私はいいわ。揉み合ってる時に相手に抜かれたらかえって危ないしね。一応私が使ってる格闘術は元々組み討ちの流派でもあるから、使えないことはないけど。刃物を使ったら制圧じゃなくて殺しになっちゃうでしょ?」
「それはそう。まぁ対レーザー防御なら対レーザー防御能力がある服とパーソナルシールドで良いもんな」
「そうね。どっちにしろ私は剣の方は齧った程度だから光線斬りなんてできないわよ」
そう言ってエルマが肩を竦める。そうかな? 今ならサイオニックパワーで身体強化をすれば光線斬り――剣でレーザーを弾いたり、弾き返したりもできるんじゃないかと思うが。
「ミミちゃんも剣を一本腰に佩きましょう! お揃いで!」
「いや、私は……貴族でもないですし、剣なんて振れませんし」
ルシアが目をキラキラさせてミミに帯剣を迫っている。やめてやれよ……ミミはそれで模範的な帝国臣民だから、平民なのに剣を差して歩くとか絶対できないぞ。ルシアにしてみれば自分の従姉妹みたいなもんだから、そういう感覚が無いんだろうけども。
「うーん、同じ紋を入れるのはさすがに……? でもミミちゃんなら大丈夫では? お祖父様もお父様も許して下さるのでは?」
「おいやめろ馬鹿」
その短剣に入ってる紋って帝室のだろ! 一応平民ってことになってるミミがそんなもん持ち歩いてることが知れたら大騒ぎになるわ!




