#568 「いいや、居住性は上げたほうが良いね」
ザワ……ザワ……と俺を、というか俺達を遠巻きから眺める人達のざわめきが巷に響き渡っている。おいおいマジかよ美人ばっかじゃねーかとか、何かのイベントか? とか、あの美女の群れの中になんであんな冴えないヤローが、とか、いや冴えないってお前、アレはどう見てもヤバい奴だろ、とか色々聞こえるのをフィルタリングしてノイズということにしている。したい。
「はい、皆様。まずはこちらでございます。この旗を目印に後ろを着いてきてくださいませ。よそ見をしてはぐれないようお気をつけください」
そう言いながらメイが手旗のようなもの――旗部分が無駄にはためくホログラム製――を持って先頭に立ち、ウィンダステルティウスコロニーの港湾区画を意気揚々と歩んでいく。その後ろにクリスとセレナ、エデルトルート。そのもう一つ後ろに俺。左にミミとルシア、右にクギ。更に後ろに整備士姉妹に両手を繋がれたネーヴェ。最後尾にエルマとショーコ先生。それと方々に散って俺達を囲んでいるイゾルデ達近衛兵。
もう帝国十字ってレベルじゃねーぞ。ただの集団や。
「なんだかテーマパークに来たみたいです。ワクワクしますね! 私、テーマパークとか行ったこと無いですけど」
「此の身もです。どんなところなのでしょう?」
「シエラ星系のコロニーにありましたよ。クリスちゃんのところで結婚式をしたら行ってみましょう!」
「前は行ける状態じゃありませんでしたからね。今度は純粋に楽しめそうです」
「ああ、あの時ですか。そういえばヒロには随分と煽られましたね……?」
ああ、前はな。あの時はクリシュナ一隻だけだった上に、クルーも俺とミミとエルマの三人。俺は剣も無ければサイオニックパワーにも目覚めていなくて、特に生身での戦闘に弱みがあった。
クリスを抹殺しようとしていた叔父の配下による襲撃を警戒していて、楽しむどころの騒ぎじゃなかったからな。早々にシエラプライムコロニーからは退散することになった。シエラ星系は自然の豊富なリゾート惑星でのレジャーが有名だが、コロニーにもレジャー施設が色々と充実してるらしいんだよな。
あと、セレナはそんな昔――昔でもないけど、前のことを思い出して今更怒るのやめてね? いや煽った俺が悪いんだけどさぁ!
「あのね、二人とも。私は手を繋がれていないとはぐれてしまう子供じゃないんだけど」
「せやけどはぐれたらコトやで」
「ネーヴェちゃんは私達と違って身体も弱いから危ないよ」
「そりゃ君達ドワーフと比べられたら貧弱だけどね……?」
後ろでは両手をティーナとウィスカに片方ずつ繋がれているネーヴェが微妙に納得しきれていないような声音で二人の言葉に同意している。ティーナとウィスカの二人としては自分達よりも小さくてか弱いネーヴェが可愛くてたまらないらしい。ちなみにか弱さで言うと俺も二人より実は下だからな? 単純な肉体強度としては、という話になるけども。
「あはは、これだけの大所帯だと目立ってしょうがないねぇ?」
「車両でもレンタルして移動したほうが良かったんじゃないかしら。やっぱり移動用の車両の導入を考えるべきかもね」
「そうなると母艦をもっと大きいのにしないとじゃないかな?」
「結局そこよねぇ……私の船とセレナの新しい船、両方収容できるようにってなると相当デカい船になるわよ」
一番後ろからはショーコ先生とエルマの地に足をつけたような堅実な会話が聞こえてくる。俺もそこに混ざりたい。別にミミ達に不満があるわけじゃない。最後尾という一番目立たない場所に行きたいだけなんだ。
そんな感じでヒソヒソザワザワされながらメイの案内に従ってウィンダステルティウスコロニーを進み、トラムを乗り継いでヘイゼル・スターシップ社へと辿り着いた。先方には既にメイ経由でアポを取ってあるので、スムーズに通された。
「ようこそおいで下さいました。ヘイゼル・スターシップ社のフィリベルトです」
「これはどうも、ご丁寧に。傭兵のキャプテン・ヒロです」
フィリベルト氏からホロ名刺を受け取る。営業部長ね。部長が直接出てくるのか? 傭兵相手に? あの御方の案件だから、部長クラスがいきなり出てくるのもまぁ納得といえば納得か?
「あの御方のことがなくとも、キャプテンはVIPですからね。どこのシップメーカーでも私のような立場の者が出てくるかと」
ホロ名刺をまじまじと眺めていることに気づいたフィリベルト氏がそう言って営業スマイルを浮かべる。そういうものかねぇ? まぁリップサービスだと思っておこう。
「そんなにおだてられると調子に乗ってしまいそうだから、話半分に聞かせてもらうよ。で、単刀直入に行こう。かの御方からは運用データの提供を条件として無料で船を譲ってくれるという話を聞いていたんだが、相違無いか?」
「はい、相違ありません。ただ、当社としてはもう少しご協力頂けないかと。具体的には広告にキャプテンのお名前を使わせて頂きたく」
「名前を貸せって? どんな形で使われるかわからない以上、全部そちらに任せて良きに計らえとは言えないな」
「ご主人様、よろしければその辺りは私が良きに計らいますが」
俺の背後からメイが発言する。俺の名前を使った広告に関してはメイに監査というか、監修を任せておけば滅多なことにはならなそうではあるな。たまにメイは俺の意図しないやらかし――というか、過剰なヨイショをしたりするから若干不安もあるが……背に腹は代えられないか。
「だそうだ。うちのメイの監修を受けてくれるならその話を呑ませてもらうが、どうだ?」
「そうですね……どちらにせよ監修はして頂いたほうがトラブルにはなりづらいと思いますので、その条件でこちらとしては問題ありません。ですが、連絡を取れますか?」
「暫くは帝国内に留まるつもりだし、基本的に俺の縄張りは帝国内で収めるつもりだから大丈夫だと思う。確約はできないが。もし帝国外や辺境領域に赴くような場合には連絡を入れるということでどうだ?」
確かブラックロータスの運用についてスペース・ドウェルグ社とも同じような契約になっていた筈だ。細かい条項だから全部良きに計らえでメイに丸投げしてたけどな。
「そうですね。その際の免責事項などを設定させて頂ければと」
「そういう時を敢えて狙って狡辛いことをしなければ怒ったりはしないさ。その辺りはメイに任せて良いか?」
「はい、ご主人様。お任せください」
無表情だが、やる気に満ちた目をしているな。他の人には多分わからないだろうが、仕事を任されて喜んでいる顔だぞ、あれは。
「それではその方向で。契約書は今別で作らせているので、船にご案内致します」
「よろしく」
☆★☆
「結構デカいなぁ」
「エルマのアントリオンと同じくらいでしょうか?」
「アントリオンより少し大きいかもね。中型艦――いわゆるコルベットくらいのサイズには収まってると思うけど」
皇帝陛下の御温情により拝受するセレナの船――SDC-021 Morriganの威容をセレナとエルマの二人と一緒に見上げる。俺を含めた三人の格好はヘイゼル・スターシップ社から貸し出されたパイロットスーツ姿だ。
『ハッチオープンします。ハッチオープン完了後、搭乗をお願い致します』
「アイアイ。まずは誰から行く?」
「搭乗者の私では?」
「先に私達が露払いするのを見てからでも良いと思うけどね。私はどこでも良いわよ」
「俺もどこでも良いぞ。セレナが最初が良いって言うならそれでいこう」
「わかりました、それでは私が最初で」
あの後、SDC-021 Morriganが用意されているドックに案内された俺達は一通り船の装備や性能についての説明を受けた後、実機を用いたシミュレーターによる模擬戦闘、というか試運転を行うことにした。試運転を行うのは俺とエルマ、それに搭乗者になる予定のセレナの三人。うちの面子の中で船を用いた航宙戦闘ができるのはこの三人とメイくらいだからな。ドローンキャリアであるSDC-021 Morrigan――長いからモリガンで良いか。モリガンを一番上手く扱えるのは恐らく機械知性のメイだと思うが、メイにテストをさせても仕方ないからな。俺達三人がやることになったのだ。
「一応アドバイスすると、ドローンを放出する前と後で機動特性が大きく変わるから、そこに注意すると良いぞ」
「ああ、機体の質量が激減するからですね。わかりました」
「私はこういう複雑なのは苦手なのよねぇ……」
「エルマはスピードスターなところあるからなぁ」
「それはヒロもでしょ?」
「それはそう。俺もドローンキャリアは苦手なんだよなぁ」
ハッチが開いたモリガンに三人で乗り込み、案内表示に従ってコックピットへと移動する。
「内装は整えたほうが良いわね」
「そうだな。クリシュナと同等レベルに居住性を上げたほうが良いと思う。最悪のケースを想定しないとな」
「そういうものですか? 休むのは基本ブラックロータスでということになるのですし、そこにエネルを使わなくても良いのでは?」
「いいや、居住性は上げたほうが良いね。特にベッドルームとかシャワーとかバスとかな」
「???」
俺の気合の入れようにセレナが首を傾げている。ベッドやシャワーや風呂を良くしておいたほうが良いのはな、モリガンがセレナにとってある意味でブラックロータスに用意した私室よりもプライベート性の高い場所になるからだよ。
エルマのアントリオンも居住性はクリシュナと同等レベルにしてある。実際、オフの時にはエルマのアントリオンに二人でしけこむこともあったりする。アントリオンの中だと他のクルーの目が無いから、エルマが素直に甘えてきて可愛いんだよな。
痛い痛い。俺の考えてることがわかってるからって地味に足を蹴ってくるのをやめろ。可愛い奴め。
そんな話をしながらコックピットに辿り着いた俺達は席に着く。セレナがメインパイロットシート。エルマがサブパイロットシート。俺がオペレーターシートだ。
『それではテストプログラムを起動します』
「いつでもどうぞ」
「俺達は基本的に支援しないからな」
「ええ。実戦では一人で動かさなきゃならないわけですからね」
そう。今回、サブパイロットシートとオペレーターシートに着く俺とエルマは戦闘行動の支援を一切行わない。今のところ、アントリオンと同じくモリガンもセレナが一人で動かす予定の船だからな。俺達がこの試運転で支援をしてしまっては意味がないのだ。
「試運転だから気楽にな」
「そうそう、慣れるためのものだと思って、上手くやろうと思わない方が良いわよ」
「そうは言いますけどね……とにかくやってみます」
セレナがそう言うと同時にホロディスプレイが起動し、慣性制御装置がテストモードで稼働を開始する。さて、モリガンの実力というものを見せてもらおうかね。




