#566 「私もお嫁さんだからね」
グラキウスセカンダスコロニーはグラッカン帝国内でも屈指、というか恐らく最も栄えている交易コロニーだ。帝都へ向け、帝国全土から各地の名産品や資源などが集まってきているし、帝都で作られた所謂帝国品質の様々な製品が最初に市場に出てくる場所でもあるからな。
帝都で作られる帝国品質の製品は性能が良く、デザインも優美で、見た目に反して頑丈で長持ちすると巷で人気だ。グラッカン帝国臣民がいつか手にしたいと思う憧れの逸品揃いなのである。
「にしても高いよなぁ」
「いくら頑丈で長持ちするって言っても、お値段が四倍近いのはコスパが悪いよね」
「四倍は保たないだろうしなぁ……だけどまぁ、状況によりけりか? 命に関わるようなものの場合、それこそその頑丈さで命拾いをすることはあるかもしれん」
「それなら同じ予算で通常製品の予備を二個用意したほうが良くないかい?」
「荷物を減らせるのが利点じゃないか」
「ああ、確かにね。ブラックロータスで生活していると忘れがちだけど、船のペイロードは限られているからね」
女性陣――というか俺とネーヴェとショーコ先生を除いた全員――がグラキウスセカンダスコロニーに降りて生活に必要な身の回りの品を買い集めている最中、俺とネーヴェはブラックロータスの休憩スペースでウィンドウショッピングを楽しんでいた。別にコロニーに降りなくても、オンラインのショッピングモールに船からアクセスできるんだよな。ホロディスプレイに商品を投影してしまえば店頭で見るのと大差ないし。
え? 結局お前一緒に買い物に行かなかったのかって? 遠回しに皆に言われたんだ。お前が来ると余計なトラブルに巻き込まれかねないなから船にいろって。クゥン……そんな犬も歩けば棒に当たるみたいなこと……あるけどさぁ。今までの実績から否定なんて一つもできないけどさぁ。
ちなみにショーコ先生はまた研究室に篭っている。帝都とグラキウスセカンダスコロニーで研究用の資材や試薬を大量に補充できたからね。仕方ないね。
「それにしてもキャプテン」
「なんだ?」
「こう、何かないのかい? ムラムラするとかそういうのは。こうしてキャプテンのことを想い慕っている女がベタベタとスキンシップしているんだよ?」
そう言ってネーヴェがごろりと膝の上で寝返りを打ち、仰向けに寝転んで俺を見上げてくる。ソファに座る俺の膝にどーんと寝転んでいるネーヴェにそういう感情は……うーん、無いっすね。
「可愛いとは思ってるぞ」
「それは女としてというより小動物とかペットとかに向けるそれではないかい?」
「いやちゃんと人間扱いしてるが……女としては見るのはもう少し待ってくれ」
俺を見上げ、頬を膨らませているネーヴェの頭を撫でで宥める。ティーナやウィスカに手を出しておいて、今更ネーヴェに手を出すのを躊躇するのはどうなんだ? と言われるとそれはそうなんだが、流石にまだあまりに華奢、という表現が生温く思えるほどに細くてなぁ。半ば身体強化処置をしているようなものだから、見た目以上に頑丈だとショーコ先生も言っていたが、どうにも踏ん切りがつかない。
「その『もう少し』がいつになることやらだね。キャプテン、これから新婚旅行だよね?」
「う、うむ……まぁ、そうね」
「私もお嫁さんだからね。新婚旅行中に手を出してね。約束だよ、キャプテン」
ネーヴェが手を伸ばし、俺の頬を撫でながら儚げな笑顔を浮かべてそう言う。うーん、湿度。
「……がんばる」
どんなに身体が細くて薄くて触れたら壊してしまいそうなくらい華奢でも、ネーヴェはれっきとした成人女性。成人女性なんだ。ミミよりずっと年上。寧ろミミよりも俺に歳が近い。それはわかってるつもりなんだが……どうしても見た目に引っ張られるんだよな。
☆★☆
そうしてネーヴェとごろごろイチャイチャしている間にミミ達買い物組も船に帰ってきた。
「どうですか? ヒロ様。これで私も一端の傭兵に見えるのでは?」
「うーん……ニュービー感丸出し」
「確かに新人ですけど……でも傭兵には見えているってことですね」
それならヨシ! とでも言わんばかりにルシアがフンスと鼻息を荒くしている。なんというポジティブシンキング。確かに皇女殿下には見えなくなったから、そういう意味では成功かもしれんな。
ミミやエルマに比べれば肌の露出は少ないけど、いかにも新人傭兵って感じの装いにはなっている。腰にレーザーガンだけでなく短剣というか大型のダガーみたいなみたいなものをぶら下げているのが違和感と言えば違和感になるが。普通、傭兵はそんなもん腰に下げてないからな。レーザーガンだけで事足りるし。
「で、イゾルデ達は……なんで引き続き俺のジャケット着てんの?」
イゾルデ達も傭兵風の格好にチェンジしてたんだが、どうして俺のジャケットと合わせるようなコーディネートにしてんの? お前ら。正直ルシアなんかよりもよっぽど傭兵感は出てる感じがするけどさ。敢えて俺のジャケットをそのまま採用するなんてことある?
「いや、その……なんというか着心地が良くてだな?」
「えぇ……? まぁイゾルデ達が良いなら良いけどさ。確かに着心地は悪くないだろ? それ。俺も気に入ってるからこればっか着てるんだよ」
「う、うん。そうだな。良い感じだ」
何故かイゾルデ達が急にホッとしたような顔をしているのが気になる。なんか挙動不審だな、お前ら。何か隠してるというか、妙な感じがするんだが。ルシアに視線を向けてもニコニコしてるだけだし、ミミ達に視線を向けても微妙に逸らされたり意味深にニヤニヤされたりするだけだし。
あと、イゾルデ達も腰にレーザーガンだけでなく煌びやかな装飾の剣をぶら下げているから、傭兵の偽装としては落第だ。ある意味ルシアより悪い。まぁ、元貴族の傭兵とかいないこともないらしいけどな。家を継げない零細貴族の三男以降が軍人としての道でなく、傭兵としての道を歩むこともあるらしい。そういう場合は眼の前のイゾルデ達みたいなちぐはぐな結構になる。俺も割とそういう目で見られているし、元々貴族だったんだろう、と勘違いされていることもある。
というか、勘違いしている人が多いらしい。普通に考えて平民が貴族と剣で切り結んで勝てるわけがないからな。身体能力が違いすぎて、勝負にもならないのが普通だ。逆説的に、貴族と剣で切り結ぶことができる俺は元から身体強化を受けた貴族であるという話になるというわけだ。
「買い物が終わったならウィンダス星系に向かうぞ。イゾルデ達の剣も揃えないとな。メイ、先方のシップメーカー……あー、なんつったっけ?」
「はい、ご主人様。ヘイゼル・スターシップ社ですね。アポイントを取っておきましょうか?」
「頼む。剣のメーカーは……俺も行きたいな。メンテナンスとかも受け付けてるのかね?」
「勿論です。よろしければ私の行きつけの工房を紹介しましょうか?」
「頼む。イゾルデ達もそれで良いか?」
セレナの行きつけの工房なら間違いないだろう。そう思ってイゾルデ達に確認したのだが。
「畏れ多いというか……なんというか」
「奥歯にものが挟まったような言い方だな……?」
「ホールズ侯爵家のご令嬢が利用なさるようなところですと、その、お高いのでは……?」
「おぉ……その視点はなかったな。そこのところどうなんだ?」
「ええと……すみません、気にしたことがなかったです……全てホールズ侯爵家につけてもらっているので」
セレナがそう言って目を逸らし、気まずそうな顔をする。出たよ、貴族のお嬢様ムーブ。
「なんですか、その目は。金銭感覚に関してヒロは私に何か言える立場ではないのでは?」
「そんなことないぞ。俺の金銭感覚は正常だ」
「それは嘘や、兄さん」
「それは嘘だよ、お兄さん」
「ツッコミが早すぎるッピ! 俺も言ってて厳しいとは思ったけどさぁ! でもモノの値段くらいはちゃんと見てるよ!」
ティーナとウィスカに一瞬でツッコまれた。確かに俺はなんでもかんでも丼勘定のガバガバ金銭感覚だけどさぁ。流石にモノの値段を把握してすらいないレベルじゃねぇよ。
「わ、私だって普段はちゃんと色々気にしてますけど!?」
「ほんとにござるかぁ……? でも紹介してくれるのは助かる。ありがとうな」
「むぅ……まぁ良いでしょう。とにかく連絡しておきます」
ぷんすかしながらもそう言ってすぐに小型情報端末で連絡を取ってくれる辺り、セレナは可愛いな。しかしどうしてこう、私生活的な面に触れるとポンコツなところが垣間見えてくるのか。これがわからない。完璧超人に見えるんだがなぁ、表面的には。
「なんだか残念なものを見るような目を向けられている気がするのですが?」
「セレナは可愛いなぁって思ってただけだよ」
「なっ……!? もう、不意打ちはやめてください」
そうやって恥ずかしそうにするセレナも可愛い――などと思っていたら突然脇腹に衝撃が。そして締め付けが。
「……クリスさん? どうして今邪魔をするので?」
「突然夫に抱きつきたくなっただけです。夫に」
「私の夫でもありますけど???」
「やめてー、俺のために争わないでー」
「そう言いつつ、あんたちょっと楽しんでるでしょ?」
「私のために争わないで! って人生で一回は言ってみたいセリフじゃね?」
「わからないでもないけどね……」
呆れるエルマの向こうでは近衛兵の皆さんが「正気かこいつ」みたいな顔で俺を見ていたのだった。
ちなみに後でイゾルデに理由を聞いてみたらこう言われた。
「その気になれば素手でも人体を引き裂くことができる貴族の娘に挟まれてヘラヘラ笑っていられる胆力は凄いと思いますよ。本当に」
そう言われると一気に怖くなってきた。今後はああいう状況になる前に止めよう。左右から腕を引っ張られて俺の腕が引っこ抜けるような事態に陥りかねん。




