#565 「はれんち!? ふしだら!?」
さて、帝城の敷地内にある近衛艦隊専用の宇宙港から宇宙に上がったら、そのままグラキウスセカンダスコロニーに直行だ。想定外の乗客が五名もいる上、その五名が旅の支度もろくに無いまま乗り込んだものだから大変である。
とはいえ、うちは女所帯なのでごくごく基本的なものは一時的に融通し合えたりするからまだマシか。近衛兵達もコンバットアーマーの下は汎用のスペーススーツ――所謂ピッチリ系のいかにもSFなスーツ――なので、買い物のためにコロニーを出歩くくらいは問題ない。流石に身体のラインが出過ぎるから、ジャケットなどのアウターを羽織ったりするのが一般的だけどな。
傭兵や宇宙行商人などの船乗りだと男女問わずそういう格好で出歩いているのも結構いる。
「サイズ的に丁度良い感じに着れるのが俺のでなんかすまんな」
女性近衛兵の皆さんは女性としてはそこそこ優れた体躯をお持ちなので、ミミやエルマ、クギのアウターでは大きさが合わない。ティーナやウィスカ、ネーヴェのは言わずもがな。メイはメイド服の上にアウターなんて着ないので持っていないし、ショーコ先生は普段着の上に着ている白衣くらいしか持っていない。
なので、女性近衛兵の皆さんには俺のジャケットを貸し出した。幸い、俺は同じデザインの服を何着も用意して着回しているから数は揃ってるしな。え? ズボラじゃないかって? 仕方ないじゃん。毎日着るもの考えるのって面倒くさいし。制服って最高だよな。
「い、いや? 別に構わんが」
スーツの上に俺のジャケットを羽織ったイゾルデ達近衛兵の皆さんが何故か落ち着かない様子でソワソワしている。
「洗いたての綺麗なやつだから、臭いとかはしないと思うんだが……嫌ならショーコ先生の白衣を借りるか、ファブリケーターで適当に出力してもらうかするけども」
「い、いやいや。だから構わんと言っているだろう。大丈夫だ! うん。皆も問題ないよな?」
イゾルデに同意を求められた彼女の同僚達がコクコクと頷いている。それなら良いけどな。というかそろそろ君達、自己紹介とかしないか? しない? 私達はただの護衛だからって……いや、これから下手すると一ヶ月以上一緒に行動するするわけだからさ。え? 心の準備がいる? そっかぁ……よくわかんないけど納得しておこう。
「ルシア様……ルシアさんには私が貸すのが良いと思うんですけど」
「いえ、あの……なんというか、ミミさんの服は……ちょっと破廉恥というかふしだらというか」
「はれんち!? ふしだら!?」
向こうではミミがルシアの言葉に愕然としている。あー、まぁ、その。ミミのファッションは結構攻めてるよな。露出が多いというかなんというか。俺としては可愛いし似合ってるから良いと思うんだが。
「貴族の子女が着るにはちょっとですね……」
「ましてやルシアーダ皇女殿下……いえ、ルシアさんはその、高貴な血筋ですし」
「私は良いと思うんだけどね。傭兵に扮するならそれくらい攻めたほうが良いわよ」
うちの貴族子女組――セレナとクリス、そしてエルマが各々意見を表明している。エルマはやっぱりこっち側だよな。
「う、うぅっ……それを言われると……!」
「はれんち……ふしだら……」
懊悩するルシア、茫然自失となるミミ。あっちはあっちでなかなかの大騒ぎだな。とりあえずはエルマ辺りのスペーススーツならギリギリルシアも着られるだろうから、その辺でお茶を濁して服を買いに行ったら良いんじゃないか。
え? ミミのスペーススーツ? ミミのは特注だから……主に胸の大きさのせいで。フィッティング機能はあるんだけど、流石に大きさの差が激しすぎると……な? ルシアも決して小さくはないというか、一般的にはグラマラスな方だとは思うんだが。
ミミみたいに胸の大きな人はいるから、特注って言っても然程手間ではないんだよな。クギみたいに尻尾を持ってる種族は実は案外少ないから、クギのスペーススーツを作ろうとするとけっこう大変なんだけど。
まぁ、クギはこの前ヴェルザルス神聖帝国に行った時に調達してきたみたいだけどな。製造データも貰ってきたらしく、今後はデータ持ち込みでこちらでも作れるんだとか。
それにしても服を買いに行くための服を用意するだけでこのどったんばったん大騒ぎか。先が思いやられるな。
☆★☆
「私はブラックロータスに乗って帰ります。ドナーは随伴してください」
「あの、一応ですね? クリスティーナ様の護衛艦としての面子とかそういうものがですね?」
「夫の船に乗って帰ることに何の問題が?」
「問題は……無い……んですけどぉ……!」
グラキウスセカンダスコロニーに着くなりクリスとその護衛であるエデルトルートがなんか揉めている。あれはダレインワルド領に帰る際にどっちの船に乗るかで揉めてるんだな。エデルトルートというか、ダレインワルド伯爵領軍の気持ちもわからんでもないけどな。今回、クリスが帝都に来るために乗ってきたのはドナーという艦名の高速巡洋艦だ。最新鋭のモデルではないが、恐らくはダレインワルド伯爵領軍の中でもトップクラスの精鋭艦なのだろう。
実際のところ、戦闘艦としてのスペックは火力でも装甲でもシールド容量でもブラックロータスを上回る。つまり、より安全だ。クリスに万が一があってはならないと考えているダレインワルド伯爵領軍としては帰郷の際にはドナーに乗って欲しいと思うのは当然だろう。こういった大事な場面で伯爵領軍の船に乗らないというのは、見ようによっては次期女伯爵であるクリスが自領の軍の力を信用していないというようにも見えてしまうからな。
「伯爵領軍としての面子の問題なのは理解しています。理解していますが、私達夫婦の特殊な事情は理解していますよね?」
「それはそうなんですけどぉ……」
エデルトルートが泣きそうな顔になっている。特殊な事情っていうのは夫である俺がクリス以外にも複数のパートナーがいるという点だな。無論、その中にはセレナやエルマも含まれる。つまり、他の貴族家の子女だ。
「別にどっちが先だ後だということで揉める気は私達には無いですけれど、ヒロ様と私の関係が他の二人やパートナー達と比べて疎遠だ、という噂が流れでもすると面倒なことになるんですよ」
「ですよねぇ……」
クリスだけでなく、セレナやエルマ――特にセレナとも結婚したことが問題の根源なんだろうな。
ダレインワルド伯爵家の家臣や領民達にしてみればホールズ侯爵の娘であるセレナは主家のダレインワルド伯爵家と肩を並べるどころか、明らかに格上の家から領内に入ってきた異物だ。
そんなセレナがクリスよりも俺との仲が深い、みたいな噂が立ったりしたらセレナというかホールズ侯爵家を警戒している家臣や領民達が騒ぎかねない、とクリスはそう言いたいのだろう。
「今だけですから。というか、私の護衛ということでエデルトルートこっちに移ってきたら良いです。ガリウスにはエデルトルートを巻き込まずに私に直接言うように言っておきますから」
「はい……」
あっちはあっちで大変そうだなぁ。ダレインワルド伯爵家内の政治の話ってやつだな。まぁ、ダレインワルド伯爵家も複数個の星系と貴族家を従える一種の星間王国みたいなものだものなぁ。伯爵領全体が完全な一枚岩というわけではないわけで。所謂文官と武官の縄張り争いとか、領軍内での派閥争いとか、そういうものが色々とあるんだろう。
「滅茶苦茶他人事みたいな顔してますけど、貴方も当事者になるんですからね?」
「嫌で御座る。拙者そういう面倒なことには関わりたくないで御座る」
セレナのツッコミに俺は毅然とした態度で拒否の姿勢を示す。俺にそんな政治力学的なあれこれができるわけないだろ。そんな俺の開き直った態度にエルマも呆れた顔をしている。
「そういうわけにはいかないでしょ……」
「オーケー、じゃあ端から全部ぶん殴って言う事聞かせるわ。決闘の嵐だ。暴力最高」
「発想があまりにも野蛮というか傭兵過ぎませんか……?」
だって野蛮な傭兵だもの。文句があるなら全員かかってこいってことで片っ端から殴り倒して言う事聞かせるくらいしか俺にはできんよ。別にサイオニックパワーで精神干渉しても良いけどさ。どっちにしろ暴力的なオプションってことになるよね。
そんなことよりさっさと買い物に行こうぜ! この後も予定が押しているわけだしさ!




