#564 「ぽ、ぽんこつ……!?」
「今日からお世話になりますね!」
トラムに乗って帝城からブラックロータスに帰り着き、俺達を出迎えに集まったクルー達の前でルシアーダ皇女殿下はとても満足そうにそう言った。その後ろには仏頂面の近衛騎士のお姉様が四名、同じような顔の俺達が四名だ。
「あの……ヒロ様?」
輝くようなロイヤルスマイルを浮かべるルシアーダ皇女殿下と、それを見て困惑しているミミ。二人とも双子かというくらい顔が似ているのに、浮かべている表情は実に対称的である。
「そういうことになったんだ……ああそうだ、ルシアーダ皇女殿下。さっきの勅状、ちゃんと見せてもらって良いですか?」
「良いですけれど……」
なんだか微妙な態度のルシアーダ皇女殿下が腰元のポーチから取り出してくれた勅状を受け取り、その中身を精査する。難しい言い回しで書いてあるが、まぁ読めるな。
ルシアーダ皇女殿下やその護衛の滞在などにかかる費用その他諸々は帝室が後に補填するとか、後に働きに応じた褒賞を出すとか色々と補記事項もあるが、つまるところは『ルシアーダの面倒を見るように。諸々の補償は後から確実にする。万が一、ルシアーダに何かがあったとしても余程酷い内容でなければ特に赦す。護衛の近衛騎士四名に関してはルシアーダを生かすためであれば最悪死んでも良い』という内容だな。
「近衛騎士の皆さんの扱い酷くね?」
「皇女殿下のために命を散らすのが近衛騎士の勤めだ。というか、読めるのか……?」
「読めるが?」
怪訝な表情で変なことを聞いてくる女性近衛騎士の一人――前にも何度か顔を合わせ、模擬戦もしたことがあるイゾルデ――に俺も怪訝な表情を作って返す。難しいというか若干古風な言い回しが多いが、別にこの程度何ほどのこともないと思うが。
「帝国古語が読めるなんて、ヒロ様は教養がお有りなのですね! 翻訳インプラントも対応していないので、貴族でも読める人が少ないんですよ」
「お、おう……まぁなんというかほら、俺はクリーンでセレブリティなニューウェーブの傭兵だからな。それくらいの教養はな?」
しくじった。俺の特異な能力は並外れたサイオニック能力だけではない。翻訳インプラントなしであらゆる言葉と文字を理解できるよくわからん能力もあるんだった。すっかり忘れていた。この能力に関して知っているのは俺の他にはミミとエルマ、それにショーコ先生だけだ。ティーナとウィスカは知らないし、セレナやクリスも知らない。無論、ネーヴェもだ。クギとタマモは落ち人が持っている基本的な能力として把握しているかも知れないが、話したことはない。
「俺の教養はまぁ横においておくとして、今回の旅にルシアーダとそのおまけ四名が同行することになったから、そういうことで。勅状が出てるからどうしようもない」
「いきなり呼び捨てですか」
「そうだな。お忍びだからな。寧ろルシアーダでも同名で顔もそのままだから良くないな。今後はルシアと呼ぶってことで。幸い、五人分の個室は用意できるからプライベートは守られるぞ。ゲスト用の部屋だから配置もすぐ側だ。で、手荷物の類は無いのか?」
「手荷物???」
ルシアーダ皇女殿下、もといルシアは「なんですかそれ?」とでも言わんばかりに首を傾げる。ああそう。皇女殿下だものな。今まではそういうのは全部周りが用意するものだったんだろうな。
「まさか着替えや入浴も要介護ってわけじゃないよな?」
「む。流石に着替えと入浴くらいは一人でできますよ。キャプテン・ヒロは私を何だと思っているんですか」
「世間知らずのお姫様だと思っている。世間知らずとか常識知らずって意味では俺も人のことは言えないけどな……おい、おまけ四人。この辺りのことはどうなってんだ」
頬を膨らませるルシアをとりあえず無視して近衛騎士のイゾルデに視線を向ける。
「おまけ扱いは失礼ではないか? それと、皇女殿下をぞんざいに扱うのを今すぐにやめろ」
「おまけ扱いが嫌ならとっとと名前くらい教えろ。イゾルデ以外は名前すら知らないんだから、皇女殿下のおまけ以外にどう言えば良いんだよ。あと、お前らも手荷物は? それとまさかその格好でルシアにくっついて歩くつもりじゃないよな?」
「……用意はない」
イゾルデだけでなく、他の近衛騎士達も苦虫を噛み潰したような顔をする。
「一応聞くが、今回の件が決まってその命令を受け取ったのはいつだ?」
「……一時間半前だ」
「オーケー、お前らは何も悪くない」
恐らく急に決まって押っ取り刀で駆けつけるしか無かったのだろう。近衛騎士の煌びやかな衣装を脱いで、帝国航宙軍のコンバットアーマーを用意して、私物の剣ではなく支給品の近衛騎士の剣しか持ってこられないくらいに。無論、手荷物を用意する暇なども無かったに違いない。
「小型情報端末は持ってるのか? エネル口座に残高は?」
「ないですね!」
「そっかぁ……お前らは? ああ、お前らはちゃんと持ってるのね。とはいえなぁ……はぁ」
五人分の身の回りの品を調達しなければならない。ルシアに至っては小型情報端末とエネル口座の開設も必要だ。ルシアの身分証は? え? その懐剣? 身分証としての機能がちゃんとあるって? どういう仕組みかわからんが、本当だな? 信じるからな?
「まずは予定通りグラキウスセカンダスコロニーに向かうぞ。ぽんこつ姫とその哀れな犠牲者達の身の回りの品を用意せにゃならん。服と装備もだな。剣は……人数分要るか」
「ぽ、ぽんこつ……!?」
「ヒロ殿、この剣は近衛の証で、我々の誇りなのだが……」
俺にぽんこつ呼ばわりされたルシアが今までに見たことがないような愕然とした表情をしているが、とりあえず無視してイゾルデに対応することにする。
「一目で普通の剣じゃないとわかる金ピカ剣なんぞ目立って仕方ないから部屋にしまっておけ。お忍びなんだからな。ルシアもそのデカい剣は使用禁止だ」
「えぇ……? これ、私の愛剣なんですが……?」
「お前の大好きな暴れん坊エンペラーとやらは抜くまでもなく一目で普通の剣じゃないとわかる目立つ剣を普段から持ち歩き、振り回したりしてるのか?」
「うぐっ……そ、それは」
痛いところを突かれたとでもいうようにルシアが怯む。当てずっぽうで言ったのだが、やはり暴れん坊エンペラーも普段は貧乏旗本――多分男爵家辺りの三男坊を名乗っているのだろう。もしくは地方のちりめん問屋でも名乗っているのかも知れないが。
「とにかくお前らの武器も服も傭兵としてお忍びの旅に同行するつもりなら落第だ、落第。グラキウスセカンダスコロニーで色々揃えるぞ。とりあえずエネルは俺が立て替える」
皇帝陛下が勅状で確実に補償すると言っているんだから、立て替えることそのものは何の問題も無いだろう。
なんだかんだでグラキウスセカンダスコロニーは品揃えが良いから、雑多なものを買い揃えるにはとても便利な場所だ。あー、でも装備に関してはウィンダス星系で揃えた方が良いか? この後、皇帝陛下が下賜して下さるというセレナ用のドローン空母を受領しにウィンダス星系に行かなきゃならないしな。武器やらアーマーやらはあっちのほうが品揃えが良いし、安いんだ。
「メイ、出港準備を進めてくれ。ミミとエルマ、それにティーナとウィスカはルシア達の部屋の準備と案内をしてやってくれ。ショーコ先生は一応メディカルチェックの用意を。ネーヴェはその手伝いだ」
「あの、我が君。此の身は……?」
「クギはちょっと俺の相談に乗ってくれ。食堂で」
「……? はい、此の身でよろしければ」
クギが頭の上の狐耳をピコピコと動かしながらも頷いてくれる。他の面々も若干不可解に思っているようだが、呼び出したのがクギということでなんとなくサイオニック能力関連の話だと察したのか、敢えて何をするのかと聞いてくるようなことはなかった。
☆★☆
各々のタスクをこなすために艦内に散っていた他の面々と別れ、クギと俺は食堂に腰を落ちつけた。そして、クーラーに入れてあった水のボトルを開けて冷たい水を一口飲み、溜息を吐く。
「色々言うべきことはあると思うんだが、まずは俺とクリス達の結婚式を見守ってくれてありがとう。あまり気分の良いものじゃなかったと思う」
「いいえ、我が君。我が君が多くの女性と結ばれることは良いことなので……その、少しだけ羨ましくも思ってしまいましたけど」
そう言ってクギが困ったような笑みを浮かべる。そうだよなぁ。逆の立場なら俺は嫉妬に狂ってしまうかもしれん。ちゃんと皆に埋め合わせをしないとな。
「埋め合わせはきっとするから、今しばらく我慢してくれ。ごめんな」
「ふふ、楽しみにしていますね。それでその、相談とは?」
「ああ、まぁルシアーダ王女殿下のことなんだが……すっごい曖昧な問いかけになるんだけど、どう思う?」
「どう、ですか……」
俺の問いかけにクギは神妙な顔をしてしばし考え込んだ。
「率直に言えば、悪意は一切感じません。我が君もそうですよね?」
「それはそう。どちらかと言えば好意を感じるくらいなんだが……それと同時に途轍もない利己性を感じもする。ただ、うまくその利己性と利他性を重ねているような感じがな」
完全なる利己主義者というわけではないと思う。自分の利益と他人の利益、そして公共の利益を上手く重ね合わせているようなそんな雰囲気を感じるんだよな。利己主義に偏重しているような気配があるなら強く拒否することもできるんだが、俺の勘が拒否しないほうが良いと囁いている。
俺のこれはただの勘ではなく、十中八九運命操作能力の一端だ。無数に分岐する未来の流れを本能的に感じ取って、ルシアーダ皇女殿下が居た方が良いと判断しているのだと思う。
「あれは傑物じゃの。ただそこにいるだけで周囲の運命を大きく掻き乱す存在じゃ。言うなれば、覇王や英雄の相を持つ娘といったところか」
気がつけば、クギの髪の毛と瞳の色が金色になっていた。目尻や額に化粧のような、或いは隈取りのような赤い模様も現れている。
「タマモか……やっぱそういう感じだよな? なんというかルシアーダ皇女殿下とか皇帝陛下の近くにいると、運命の流れが激しくなっているような感覚あるし」
「色々な意味で大きな力を持つヒトというものはそういうもんじゃ。あれは覇王の相とは言っても善玉の方じゃな。たまに周りの人間をとにかく破滅に導いていくような歩く悲劇みたいな奴もおるがの。アレはそういう手合いではなさそうじゃから、安心せい」
「なにそれ怖……まぁ二人がそう言うなら大丈夫そうか。ありがとな」
「これくらいはええがの。で、主よ。あの姫も手籠めにするのか?」
そう言ってニヤニヤするタマモに俺は首を横に振る。ついでに両手でバッテンを作る。
「それだけはマジでナシで。俺の全能力を使って運命を捻じ曲げてでもそれだけは避けるからな」
「なんじゃつまらん。どうせなら全能力を使って運命を捻じ曲げてでもモノにするとか言わんか。ついでにおまけの四人も食ってしまえ。男じゃろうがお主。キンタマついてんのかぁ?」
「キンタマ言うな。あとこれ以上増えたら俺の俺が擦り切れるか破裂するわ。勘弁してくれ」
ルシアーダ皇女殿下やその近衛騎士に手を出したら? なんてことを想像したらそれだけで胃がキリキリと痛んできそうだ。絶対にそんなことにはならないからな。フリじゃねぇからな。




