#563 「なんでじゃ。近衛艦隊の船使わんかい」
「やり直しを要求します」
いかにも『不満です』という態度でセレナがソファに座る俺を見下ろしてそう言った。なるほど。
「俺としては吝かでないが、流石に朝っぱらからというのは如何なものか? それも借りた部屋、しかも天下の帝城で」
「そういう! いみじゃ! ないのっ! わかってますよねぇ!?」
セレナが地団駄を踏みながら怒りを顕にする。いやぁ、もちろんわかっててすっとぼけたんだけどな。顔を真っ赤にして怒っているセレナが可愛くてつい。
「私もちょっとあれはどうかと思うわよ……」
エルマもこちらにジト目を向けながらそう言う。不満げな雰囲気を出してはいるけど、まだガチでキレてる感じではないな。とは言えそろそろ危なそうな感じがするな。
「そこは一つ、先達としてクリスに花を持たせたってことで納得してくれんか? 昨日二人が言ってたように、身体強化者三人をまともに真正面から相手にするのは無理だからな」
そう言いながら、俺は胸元にぴったりとくっついたままの頭をそっと撫でる。
「……」
俺に抱きつき、胸元にぴったりとくっついたままジッと俺の顔を見つめ続けているのは誰か?
そうだね、クリスだね。目覚めてから一緒にシャワーを浴び、着替えてからもうずっとこの調子である。これが所謂ガチ恋距離というやつなのだろうか? 無言でじっと見つめてくる瞳の奥にハートマークが見える気がする。
「クリスティーナもそろそろ離れたらどうです……?」
「……」
若干キレ気味のセレナの言葉であったが、クリスはこれをガン無視。もうなんというか俺しか眼中に無いみたいですね、これは。完全に自分の世界に入り込んでしまっている。ガン無視されたセレナが笑顔を浮かべながらキレかけている。
「加減ってものを考えなさいよ、あんたは……」
「正直ここまでのことになるとは思わなかったんだ……」
早々にセレナとエルマをノックアウト(?)した俺は、怯えるクリスを宥めすかし、できる限り丁寧に、甘い言葉を囁いたりしながら事に及んだ。その結果がこれである。セレナとエルマを相手にした時みたいにサイオニック能力を使ったりは一切しなかったんだけどな。
「何にせよそのままじゃ色々と差し支えるからなんとかしなさい」
「これはこれで可愛いんだけどなぁ」
まるでメロメロに懐いた子猫ちゃんである。頭や頬を撫でると嬉しそうに目を細めてすりすりしてくる。とてもかわいい。
「いいからやれ」
「はい」
俺はドスの効いたエルマの声に従ってテレパシーによる精神干渉を開始する。ガチギレ寸前である。とても怖い。そのとても怖いという感情をそのままクリスに流し込んだ。
「……っ!?」
とろん、と蕩けたような表情を俺に向けていたクリスが突如身体を震わせて飛び跳ねるように俺から身体を離す。ちょっと悲しい。
「あ、あれ? 私は一体……?」
「おかえり、クリス」
「ただいまです……?」
状況を飲み込めずに混乱しているクリスも可愛いなぁ、などと考えていたらどすんどすんと俺の両サイドにセレナとエルマが座った。
「やりなおしをようきゅうします」
「埋め合わせ、期待してるからね」
「はい」
要求には従うので腕をぎしぎしと締め付けるように抱きつくのはやめてくれ。折れる。
☆★☆
「ゆうべは、おたのしみでしたね」
「「「……」」」
身支度を整えてブラックロータスへと帰るべく帝城を移動していると、四名の女性近衛騎士を引き連れたルシアーダ皇女殿下と遭遇した。いや、遭遇したというか待ち伏せされたというか。こいつ、帝城内を移動するためのトラム駅で待ち構えていやがった。しかもなんか凄い笑顔である。
「帝城への滞在をお許し下さった陛下の恩情には感謝していますが……これは一体何の騒ぎなんです?」
俺の問いかけにルシアーダ皇女殿下が笑みを深めた。例えれば『にこにこ』から『にっこぉぉぉ……』といった感じに。邪悪過ぎる。嫌な予感しかしない。
「実はこの度、陛下の名代としてダレインワルド伯爵領で行われる貴方達の結婚式に出席することになったんですよ」
「クソが」
ルシアーダ皇女殿下の企みもあるんだろうが、あのファッキンエンペラー絶対にただ面白そうだからって許可を出しただろ。何のつもりだあの野郎。
「何か言いましたか?」
「イエナンデモ……それでわざわざご挨拶を頂けたと?」
思わず本音が漏れたが、笑顔で誤魔化してここで俺達を待ち伏せした理由を問うておく。いや、もうなんか予想はついているんだけどな? せめてもの抵抗にな?
「ええ、どうせ向かう場所は同じなのですし、貴方の船で同道させて頂けないかと」
「なんでじゃ。近衛艦隊の船使わんかい。なんでわざわざ俺の船に乗るんだよ」
「ああ、そうそう。それです。貴方はやはりそういう言葉遣いでなくてはいけませんよ。傭兵らしく粗野に行きましょう、粗野に」
目をキラキラさせてそう言うルシアーダ王女殿下の出で立ちはなんというか、頑張ってドレスを傭兵風にアレンジしましたという感じのものであった。俺達が開幕の一言で揃って閉口していたのは彼女の出で立ちが明らかに『傭兵としてお忍びで貴方の船に潜り込むつもりです』と声高らかに主張していたからである。
お忍びで傭兵に扮するつもりなら、とりあえずその背中に背負っているバカでかい剣をどこかに置いてきてくれ。頼むから。
ちなみに、女性近衛騎士の皆様はまだマシである。多分近衛騎士団のものではなく、帝国航宙軍からかっぱらってきたか何かしたであろうコンバットアーマーを装備しているので。とはいえそれも腰に差した煌びやかな装飾の剣で台無しだが。帝国航宙軍の普通の兵士とか傭兵はそんなもの絶対腰に差してねぇのよ。貴族士官だったらそんな一般兵用のコンバットアーマーは装着しないしな。
「結婚式を終えたら貴方達は新婚旅行に出るのでしょう? 私も見識を広めるためにその旅に同行させて頂きたいと思いまして」
「新婚旅行に何の関係もない赤の他人がついてくるっておかしいと思いませんか? 貴方? いくら皇女殿下とはいえ厚かましくない???」
「キャプテン・ヒロ。私と貴方は赤の他人ではないでしょう?」
「公式に認められていないので赤の他人っすね」
俺とルシアーダ皇女殿下とのやり取りに近衛騎士やクリスが動揺したり、目を白黒させたり、何を勘違いしたのか剣の柄に手をかけたりしている。おいやめろ馬鹿。ルシアーダ皇女殿下に手を出してなんかいないからな。剣を抜いたら戦争だぞ。
ルシアーダ王女殿下が言っているのはミミが皇帝陛下の姪孫にあたり、俺がそのミミと夫婦関係であること。結果として皇帝陛下の孫であるルシアーダ皇女と俺は遠縁ながらも血族であって、赤の他人ではないだろうと言いたいのであろう。
血筋の上ではそうかもしれないし、皇帝陛下もミミが自らの姪孫――つまり血を分けた妹であるセレスティア様の孫であると認知している。だが、その事実は公式に発表されていないし、皇統譜――帝室の戸籍のようなもの――も修正されていない。当然、その中にミミの名前もない。
なので、俺の主張通り俺とルシアーダ皇女殿下は赤の他人なのである。証明終了。
「御託は良いので同行させてくださいね。はい、これ陛下の勅状です」
「F◯ck」
古式ゆかしい羊皮紙じみたものを広げて見せるルシアーダ皇女殿下に思わずFワードを呟いてしまう。中身をちゃんと読んでみないとわからないが、きっと俺に都合の悪いことが書かれているに違いない。絶対にそうだ。確信を持ってそう言える。
「わぁ! 生Fu◯k! 生F◯ckですよ! 本当にそんな下品な言葉を使う人初めて見ました!」
「皇女殿下が生Fu◯kとか言うのやめよう???」
後ろのお姉様達が無表情で剣の柄に手をかけてるから本当にやめてくれ。確かに皇女殿下の前でFワードを口に出してしまった俺が悪いかもしれんが、そんな嬉しそうにキャッキャするとは思わないじゃん。ち◯ことかう◯こではしゃぐ小学生男子かよおめーはよ。
「ちょっとタイムな。で、どう思うよ? どうにか断れんか?」
後ろを振り返り、エルマ、セレナ、クリスの三人と額を突き合わせて小声で相談を始める。やだよ俺。新婚旅行にというか、単純にルシアーダ皇女殿下を船に乗せて連れ歩くこと自体が。
「勅状の中身を見てみないことにはなんとも言えないけど、陛下と皇女殿下が拒否できる余地を残しているとは思えないのよね……」
「そもそも臣下としては勅状どころか、単純に皇女殿下の下命を拒否すること自体がかなり問題という……」
「勅状まであるとなると、どう足掻いても拒否することは難しいと思います……そもそも、私達の結婚を祝うためにお成りになられるわけですから。それを拒否することは不敬を通り越して反逆では……?」
うーん、絶望! 同行は免れないな、これは。だがしかし、俺の船に同乗してくる必要は無い筈だ。その点についての回答は貰っていない。
「俺の船に乗るっていうのはやっぱおかしいし、良くないと思うんですよ。未婚であらせられる皇女殿下が、多数の女を侍らせていると駄目な意味で評判の俺の船に護衛付きとはいえ乗り込んでくるのは如何なものかと。というか俺は皇太子殿下に目をつけられるというか睨まれるのは御免被りたい」
「今回の件について、何があろうとも父上を含めた帝室関係者が貴方に責任を問うことは無いのでご安心くださって結構ですよ。皇帝陛下がそのように取り計らいましたから」
そう言ってルシアーダ皇女殿下がサムズアップする。グッ、じゃねぇんだわ。
「それはそれで怖ぇよ。何をやらせようとしてるんだよ」
「ほら、貴方達は今回新婚旅行でホールズ侯爵家の領地を回る予定でしょう?」
「詳細は知りませんが、ホールズ侯爵閣下からはそのようなことを聞いてますね」
そしてその道行きは平穏無事なものでは無いだろうとか、そんな感じのことを言っていたような気がする。きっと宙族狩りとか不良貴族への仕置きとかをさせられるんだろうな。
「お忍びでその行脚に同行して見識を広めるというのが建前です」
「それが建前なら、本音は?」
「楽しそうじゃないですか。昨日も言いましたけど、最近暴れん坊エンペラーやセレスティア様の物語にハマってるんですよ」
「すっげぇ個人的な欲望じゃん……」
俺の指摘にルシアーダ皇女殿下がにっこりと笑みを浮かべる。しかしそんなことのために陛下が勅状を出すかね? ルシアーダ皇女殿下が本当に本音を話しているという証拠もない。何かしら別の思惑があるんだろうな。
「俺の船にわざわざ乗るのはお忍びだからってことですか」
「そうですね。近衛の艦艇に乗ってのこのことついて行ったらバレバレですから」
「左様で」
溜め息が出てくる。絶対ろくなことにならんぞこれ。




