#558 「ズルくないですか? 不公平では?」
ウィンダス星系に籍を置いているシップメーカー各社からドローン空母や搭載可能な航宙ドローン、もしくは小型無人戦闘艦のデータを取り寄せる手続きをしたその翌日。遂にクリスがグラキウスセカンダスコロニーに到着した。無論、彼女一人ではなく、祖父であるダレインワルド伯爵や、クリスの護衛であるエデルトルートも一緒だ。それだけでなく、メイドさんなども多数伴ってきているようである。メイドロイドではなく、本物のメイドさんだ。
「クリス?」
「……もう少し」
「そっかぁ……」
で、ダレインワルド伯爵も含めて挨拶を済ませた後、この状態である。どんな状態かって? クリスが俺に抱きついて顔を埋めている。力めっちゃ強い。痛くはないけど、絶対に離さないという強い意志を感じる。
「クリスちゃん、色々こう、溜まってそうですね……」
「総督業は大変だって言うしね。それに、結婚も控えていてそっち関連の手配とかもあっただろうから、大変だったでしょうね」
「そういう面では私よりもかなり大変だったと思いますね」
俺に抱きついたまま微動だにしないクリスを見てミミとエルマ、それにセレナの三人が労るような視線を向けたり、苦笑いを浮かべたりしている。なんだかんだ言ってセレナは星系の総督としての仕事をしているわけでもないし、両親に兄弟姉妹、祖父母と頼れる親族が多い。
それに対して、クリスは祖父であるダレインワルド伯爵以外は肉親がほぼ全滅している。つまり、頼れる人が少ない。星系総督として日々の業務をこなしながら自分の結婚式の手配をするというのは、それはもう大変な作業だったに違いない。
「ヒロ様」
「はい」
「寝室に行きましょう」
「完全にガンギマリの目だぁ……流石に日が高いうちから他所様のテリトリーでするのはマズいと思うんだ。いつ声がかかるかもわからないし」
クリスが捕食者の目で俺を見上げてくる。可愛い黒猫ちゃんはいつの間にか黒き女豹へとクラスチェンジを遂げていたらしい。実際、クリスは成長が著しい。ちょうど成長期というのもあるのだろうが、出会った当初の少女らしい面影は鳴りを潜め、成熟した女性らしさが徐々に前面に出てきているように感じる。髪が伸びたのもあると思うんだが、身体つきも変わってきているように思う。
「ふふふ、しかしヒロ様は最早私の力には逆らえな……えっ、動かない。なんですかこれ」
「ふふふ、なんだろうな?」
確かに今の俺は伯爵家の次期当主として相応しいだけの強化手術を行ったクリスに身体スペックでは敵わない。だが、俺にはサイオニックパワーがある。念動力で俺自身を空間に固定している今、パワーアーマーを使おうとも俺をこの場から動かすことはできん!
いや、そんな力をかけられると俺の肉体そのものが潰れかねないのでやめて欲しいが。あの、クリスさん? そんなに力を込めると痛いです。やめて。
「ヒロ様、会うたびになんだか人間離れしてきていませんか?」
「その発言を否定できないのがとてもつらい。とにかく、クリスとイチャイチャしたいのは俺も同じだから、夜まで我慢しような」
「はぁい……夜ですね?」
「お、おう」
飢えた野獣のような眼光に思わず怯む。積極的だな……いや、積極的なのは出会った頃からそうか。ミミに唆されてって部分もあったけど、結構最初から俺の部屋に突入しようとしてきてたもんな。
「止めなくてええんか?」
「夫婦仲が良いのはとても良いことです。ええ」
少し離れた場所でティーナ達とお茶をしているエデルトルートがこっちの方を見ないようにしている。彼女は一応クリスの護衛なのだが、今となってはクリスと俺達は完全に身内だからな。ああして彼女も寛いでいるというわけだ。
「式は四日後かぁ……船で帝都に降りる手続きとかはもう終わってるんだよな?」
「はい、ご主人様。ホールズ侯爵家とウィルローズ子爵家の計らいで手続きは大変スムーズに、滞り無く完了しております」
「アントリオンを置いていかなきゃならないのは残念だけど、仕方ないわね」
「ブラックロータスに収容できる大きさじゃないからなぁ。やっぱり中型艦も収容できるタイプの大型母艦を導入することを検討するべきかね」
「そうねぇ……セレナのドローン空母も導入するなら、それも考えたほうが良さそうね。だいたい中型艦くらいの大きさなのよね?」
「そうみたいですね。どれもこれもクセが強そうな船ばかりですけど、デザインは嫌いじゃないです」
「デザインで船を選ぶのやめんか……?」
クリスは依然として俺にくっついてグリグリと頭を擦り付けているが、それはそれとしてセレナのドローン空母に関しても話を進めることにする。式に関してはもう殆ど俺達の手を離れてしまっているからな。俺達の結婚式ではあるんだが、帝都で行われるものに関してはホールズ侯爵家や帝室の思惑が強いからなぁ。俺達は提示された台本通りに動くことを求められていて、それにわざわざ反発する理由もないので、唯々諾々と従っているという形だ。
皇帝陛下御臨席ということもあり、結婚式の格式としてはこれ以上望むべくものもないレベルだし、費用も基本的にホールズ侯爵家を始めとした嫁達の実家と帝国持ちだ。
まぁ花嫁のセレナ達どころか一応脇役扱いとなるミミ達のドレスですら新品のノンカスタムメイドロイドが一体買えてしまえそうなお値段なので、全部俺が払うという話になると貯金が全部吹き飛ぶくらいの負担になりそうだから、とても助かる。俺は政府や貴族や巨大企業に反骨心を抱くタイプじゃないしな。長いものには巻かれる主義だ。
少なくとも、俺や俺の身内に害がない限りは。
「モチベーションを維持するためにも船の造形は大事よ」
「そうですよね。ヒロは解ってません」
「デザインよりも性能で選べっていうごく当然の主張が真っ向から否定されるのマジで解せんのだが……?」
最終的に乗るのはセレナなんだから、好きにすれば良いといえばそうなんだけどさ。そもそも誰が金を出すのかって話が決着してないけど。俺が出すなら俺も口を出すぞ。
「……ズルいです」
「うん?」
「私もヒロ様と一緒に行きたいのに……セレナさんだけ一緒に行く気なのズルいです」
そう言ってクリスが湿度の高いジト目をセレナとエルマに向ける。それから、俺の顔も見上げてくる。
「ズルくないですか? 不公平では?」
「クリスの場合は立場ってものがあるからなぁ……そのかわり、俺達がダレインワルド伯爵領に拠点を構えることになったらクリスの意見を大いに取り入れるから……」
「むぅ……全然埋め合わせになっていない気がします」
そう言ってクリスが再び俺に抱きつき、胸元に顔を埋めて不貞寝し始める。
うーん、こればかりはなぁ。クリスを星系総督業から解放するなんてことはできそうにもないし、なんといっても彼女は次期ダレインワルド伯爵だ。家出して自由に生きますね! というわけにもいかない以上、どうにもしようがないよなぁ……いっそメイに頼んで統治用の機械知性でも引っ張ってくるくらいしか解決策が思いつかないな。それが帝国的に受け容れられるかどうかもわからないし。
なんというか今後も問題は山積みだな。結婚はゴールじゃなくて新しいスタートってことがはっきりわかんだね。




