#556 「……は? な、なんですかいきなりっ!」
「という話をしていたんだよ」
「ギルド支部長と額を突き合わせて何をコソコソ話しているのかと思ったら……」
皆と合流してギルド支部長との会話の内容をかいつまんで話すと、エルマに苦笑いされた。
「セレナさん、世間一般には退役したって思われているんですね」
「完全に退役したってわけじゃないんだよな?」
「そうですね。予備役として召集されれば帝国軍人として復帰するという形になりますか。尤も、私の場合は貴族士官ですから。手続き上完全に除隊したとしても、いざとなれば召集されますけどね」
そう言って肩を竦めるセレナの手元にはソフトドリンクが入ったカップがある。セレナを含め、酒飲み達も流石に今日は自重して皆ソフトドリンクだ。
「戦争となれば戦う者としての義務が発生するわけか」
「貴族に求められる第一の責務ですから。特に私のような艦隊指揮官の経験者は真っ先に召集されることになるでしょう」
「そういうものなのですね。ですが、セレナ様も我が君の傭兵稼業に同行しようとお考えなのですよね?」
「私の希望としてはそうですが、それが実現するかどうかという話になると、当主間の話し合い次第でしょうね。同行するとなれば船の用意も必要でしょうが、残念ながら私個人の財産で、となると……」
そう言ってセレナが微妙な表情をする。まぁ、帝国航宙軍の給料は決して高くはないからな。少なくとも、聞く限りでは航宙艦をポンと買えるほどの給料は貰っていないはずだ。佐官になるといくら貰えるのかはしらんが、いくらなんでも月に十万エネルとか貰えるわけじゃないだろう。
以前、対宙族独立艦隊で対宙賊戦を指導した時には囮役の輸送艦をポンと用意していたが、あれはセレナのポケットマネーというわけではなかったのかね? もしかしたら実家に泣きついていたのかもしれんな。
なんかそう考えるとアレだよな。白鳥みたいだな。水の上を優雅に泳いでいるように見えて、見えない水中では足を滅茶苦茶バタバタさせてるみたいな。
「なんですか、その目は」
「深い意味はないぞ。セレナは可愛いなと思っていただけだ」
「……は? な、なんですかいきなりっ!」
俺の言葉が不意打ち気味に入ったのか、セレナが顔を赤くして身を引く。そこで身を引かれると俺も微妙に傷つくんだが。そりゃ確かに唐突な発言だったかもしれんけどもさ。
「むぅ……ヒロ様」
「ミミも可愛いぞ。勿論」
「兄さん、うちは?」
「ティーナチャンカワイイヤッター」
「なんか適当やなぁ?」
ティーナがそう言って蛍光黄緑色のフライドポテトめいた何かを投げつけてきたので、キャッチして口に運ぶ。こら、食べ物で遊ぶんじゃない。お行儀が悪いぞ。
「そもそもセレナがなにか船を調達するとして、どんな船を手に入れるかという問題もあるよな。EML持ちで火力に長けるブラックロータス、グラビティジャマーを装備した対宙賊戦特化のアントリオン。ここにもう一隻加えるとして、どんな船が適切かっていう」
「私一人で動かして、その構成を補うとなると駆逐艦でしょうかね。不足しているのは宙賊基地や大型艦などに対する攻撃力でしょうから」
「それはそうなんだが、駆逐艦ともなると維持コストがなぁ……ブラックロータス以上に整備に手がかかるのは間違いないだろうし、ティーナとウィスカが過労死しかねんぞ」
現に今「増やすなら駆逐艦ですよね」という話を聞いた二人が目を丸くして固まっている。手のかからない新品の駆逐艦ならともかく、型遅れのオンボロを使うことになったりしたら整備の手間がとんでもないことになるからな。
「傭兵団の規模を大きくするとなると、現状のクルー数では運用が厳しいかと思います。特に大型艦を導入するとなると、増員が必要になるかと」
「そうだよなぁ。これ以上増員するとなると、なかなか辛い」
「ヒロくんのヒロくんが乾く暇も無くなって擦り切れちゃうねぇ」
「キャプテン、増やすのは良いけどちゃんと順番は守っておくれよ?」
「違う、そういう意味じゃない」
いや、そういう意味じゃなくもないかもしれないが。今更男性クルーをうちの傭兵団に入れるのはちょっと難しいし。何せクルー全員俺の嫁だしな。となると、クルーを増やすとなれば女性クルーとなるわけで。まぁ、クルー全員俺の嫁にしなきゃならないというか、ならなきゃならないってルールがあるわけでもないんだが。
「いきなりクルーを増やすって言っても、そう簡単に相応しい人材が見つかるとも思えないしな。当面は船については考えなくても良いんじゃないかと思うが」
「私を含めてうちの傭兵団って生身で戦えない人が多いですからね。エルマさんとメイさんとクギさんだけですし。セレナさm……セレナさんが居てくれれば心強いです」
「ミミさm……ごほん。ミミさんにそう言ってもらえるのは嬉しいですが、やはり私も船乗りですから。船を駆って一緒に戦いたいと思うんですよ」
セレナが拳を握りしめて熱弁する。その気持ちはわからんでもないんだがなぁ。セレナの能力を活かすとなると……ああ、適切な艦種があったな。しかし手に入れられるかどうか。
「セレナの船に関しては腹案がある。何よりまずはセレナの傭兵登録をしておこうか」
「そうですね。折角こうして傭兵ギルドに足を運んだわけですし」
ふんす! とセレナが鼻息を荒くする。当人としては船を駆るつもりなので、正式に傭兵ギルドに登録しておきたいらしい。俺の時はいきなりシミュレーターにぶち込まれたが、セレナの場合はどうなるのかね?




