#555 「オォン……どうして」
「お前さん、プラチナランカーとしては比較的、というか大分マトモなんだが……やることのスケールがデカいのはどうにかならんのか?」
「どうにかなるならもっと慎ましく暮らしてるわ」
皆のドレスの合わせから更に数日。俺の衣装合わせも終え、クリスの到着を待つばかりとなったタイミングで時間が空いたので、俺は傭兵ギルドへと足を運んでいた。ここは相変わらずだな。木材調の素材でギルドの雰囲気をなんちゃってウェスタン風にしている。酒場まで併設されているんだから、かなり趣味的な内装と言って良いだろう。
「で……あちらのお方は……? もしかして話題のコレか?」
そう言っておっさん――グラキウスセカンダスコロニー傭兵ギルド支部長が小指を立てる。
「そうだな。元軍人の方の」
「ああ、成る程。道理で」
そう言ってギルド支部長が視線を向ける先にはミミ達と一緒にギルド内を見物しているセレナの姿があった。服もいつもの白い軍服や瀟洒な私服ではなく、傭兵風の衣装だ。腰には愛剣を差しているので、貴族であることは丸わかりである。それを言ったら俺もそうなんだが。
「今の状況で依頼もクソもないだろうと思うんだが。まさか物見遊山とか言うんじゃないんだろうな?」
「いや、物見遊山だが。彼女、元帝国航宙軍って言っても貴族将校だろ? 貴族社会や軍のことはよく知っててもそれ以外はてんでアレでな。こうして連れ回してるわけだ」
「てんでアレってお前、貴族相手にとんでもねぇ口聞くじゃん……」
「俺も名誉貴族だし? 嫁のことでもあるし?」
それに、カウンターで額を突き合わせておっさんとヒソヒソとやっているので流石に強化されているセレナの聴覚でも俺達のやり取りは聞こえないだろう。傭兵ギルドにはなんだかんだで人が多くて騒がしいからな。
「どうなっても知らんぞ俺は……で? 物見遊山で来たってのはわかったが、本当にそれだけか?」
「それだけっちゃそれだけだが、着くなり暫く缶詰にされてて状況が何も見えてないんだ、これが。俺関連の情報はギルドでも集めてるだろ? 聞かせて欲しいと思ってな」
「お前は当事者だろうが」
「当事者なのに情報が遮断されてて殆ど何もわかんねーんだよ。何か企んでるんだろうとは思うんだが」
俺がそう言うと、ギルド支部長は可哀想なものを見る目を俺に向けてきた。おいなんだその視線は。やめろ、絶対にアカンやつじゃんか。
「ちょっと端末で調べればわかる筈だが……まさか端末まで没収されていたわけじゃないよな?」
「そんなわけあるか。何度も調べようとしたが俺というかホールズ侯爵家とかダレインワルド伯爵家とかウィルローズ子爵家の関わる婚儀の情報は一切引っかからなかったんだよ」
俺とてアホではないので自分の端末やクリシュナやブラックロータスのコンソールを使って自分の状況について調べようとしたに決まっている。だが、いくら探しても婚儀関連の情報が検索に引っかからなかったんだ。メイに聞いても「申し訳ありません、ご主人様。何らかの情報工作及び封鎖が行われているようです」と珍しく眉尻を少し下げていた。彼女の情報処理能力をもってしても突破できない情報封鎖が行われていたらしい。
「ほら見ろ。大々的に報じられてるぞ。お前の式について」
「マジかよ。ちょっと見せ……ええ?」
ギルド支部長からタブレット型端末を受け取り、画面を見るとそこにはとんでもない見出しが表示されていた。
『ダレインワルド伯爵家とホールズ侯爵家、ウィルローズ子爵家の異例の三家合同結婚式は帝城で開催。皇帝陛下も御臨席される予定』
「嘘やん」
「ここまで情報出してやっぱ今のナシでってことにはならねぇよ。諦めろ」
「オォン……どうして」
絶対にあのファッキンエンペラーが面白がって介入したに違いない。絶対にそうだ。いや、あっちから働きかけたわけでなく、侯爵閣下辺りが何か政治工作をした結果かもしれないが。
しかし、どういう考えだ? いや、帝国として俺を取り込むことに利はそこそこあるのだとは思うが、所詮はいち傭兵のことだろうに。帝国が落ち人としての俺の価値を理解しているはずもない。いくらなんでも大仰過ぎんか?
「ということは何か? 帝国の情報部とか、下手すると帝国の依頼を受けた機械知性達によって情報封鎖されてたってことか? そこまでやるか?」
「本当に嫌となったらお前逃げるだろ。聞いてるぞ、いざとなったら逃げれば良いって事あるごとに言ってるんだってな? 俺でも知ってるんだから、お上の方々も重々承知だろうよ」
「絶対に逃さないぞってことか? どうして俺相手にそんなに本気なんだよ、帝国は。プラチナランカーとはいえちっぽけないち傭兵だろ、俺は」
「ちっぽけないち傭兵は結晶生命体の群れに突っ込んで銀剣翼突撃勲章とかゴールドスターを貰わんし、次期伯爵閣下だの元大佐の侯爵令嬢だの現役傭兵の子爵令嬢だのを嫁に貰わんし、エルフの母星系で下にも置かない賓客扱いされないし、殆ど鎖国状態のヴェルザルス神聖帝国に国賓みたいな待遇で招かれたりしないし、宙賊と繋がってる疑惑のある伯爵家をほぼ単独で事実上壊滅させたりしねぇんだわ」
「そう事実を陳列して俺を責め立てるのをやめてくれないか、頼むから。あと、イクサーマル伯爵家は俺一人で潰したわけじゃないから。ちょっと跡取りと私兵の大半をぶっ殺しただけだから」
「普通の航宙傭兵はフル装備の貴族の私兵を三桁近く生身でぶっ殺さねぇんだよ」
据わった目を俺に向けて事実という残酷な何かを詠唱するギルド支部長に懇願するが、彼は全く取り合うつもりがないらしい。
「日取りは五日後だってな。ダレインワルドのお姫様ももうそろそろこっちに着くんじゃねぇか?」
「日取りすら今初めて聞いた俺を憐れんでくれても良いぞ」
「可愛くて美人な嫁さんを沢山貰う奴の何を憐れめば良いんだよ。男ならとっとと腹を決めろ」
「決めちゃいるが皇帝陛下が出てくるとなると尻込みもしたくなるわ」
「そこだけは同情する」
そう言ってギルド支部長は肩を竦めてみせた。同情してもらって多少の慰めに……なったかなぁ。なってねぇ気がするなぁ。なーんかもう嫌な予感がするんだよなぁ。あのファッキンエンペラーがなにかトンチキなことを言い出さないように祈っておこう。




