#553 「お主ら揃って妾のこと面倒臭いって言うのやめんか?」
「いや、完全に人間辞めましたね」
「全身を生体強化しているセレナにそう言われるのは心外というか、お互い様だと思うんだが」
「私のは技術と常識の範疇です。ヒロのは明らかにその外側じゃないですか」
『それはそう』
「頭の中に直接話しかけるのやめてくれます?」
セレナが俺にジト目を向けてくる。
あの後、俺がヴェルザルス神聖帝国で身につけてきた力を見たいとセレナが言ったので、念動力でそこら辺のものにポルターガイストめいた動きをさせてみたり、空になった飲み物のボトルを指先から放った電撃で塵にしてみたり、ごく簡単な運命操作でセレナがトスしたコインを十回連続で表にして見せたりした。ちなみに、トスしたコインが十回連続で表になる確率は1024分の1である。だが、俺にとっては二分の一を結果を一回ずつ表になるように『選択』するだけだ。
これ、実はやり方次第で難易度が違うんだよな。十回まとめて表になるような未来を選択するよりも、一回ずつ表になるように十回未来を選択するほうが楽なんだよ。要は、時間的な意味で長く、複雑な運命になればなるほど運命操作は難しくなるってことだな。
「この運命操作というのを極めてしまったら、もうそれは所謂神だとかいう存在になってしまうんじゃないですか? 何もかも自分の思いの儘、ということになりますよね?」
十回連続で表が出たコインに細工が無いか疑っているのか、ためつすがめつしているセレナがそう言う。確かにそれはその通りなんだが。
「理論的にはそうじゃの。だが、それを為すには人智を超える出力の法力と、それだけの法力を自在に操る制御力、そして運命を感じ取り、見極めるための把握力が必要じゃ。今のところ、その領域に至ったとされる存在はこちら側だけでなくあちら側を含め、一つしか確認されておらん」
俺がセレナにどう説明しようかと悩んでいると、クギが助け舟を出してくれた。いや、この口調はクギであってクギではないんだが。
「なるほ……え? クギさん……ですよね?」
「いかにも、身体はそうじゃの。中身は別人じゃ。妾は主殿にタマモと名付けられた女じゃ。クギのお嬢の中に間借りしておる。よしなにな」
そう言ってタマモがどこからか瀟洒な細工の扇を取り出し、口元を隠しながら目を細める。それは笑っているのか? それとも他の意味を持つ表情なのか?
「ちょっと、どういうことですか? 聞いた話では新しい女は居ないって話だった筈では?」
「物理的には増えてない、と言ったんだ。まぁ複雑な……複雑でもないか? とにかく色々あってな。基本的に無害な筈だから慣れてくれ」
「主殿に襲いかかったら返り討ちにされてしもうての。身体を吹き飛ばされたから、暫くの間クギの身体に間借りしとるんじゃよ」
「襲いかかり……? 身体を……? どういうことです?」
「タマモ、お前わざと場を混乱させようとしてるだろ?」
「ほほほ、事実を述べただけじゃ」
胡乱なものを見る目を俺に向けているセレナの様子を愉しむかのようにタマモが目を細めて笑う。こいつ、俺をからかって遊んでるな?
「妾のことをろくに説明せず色々あった、で済ませようとするからじゃ。面倒くさがって蔑ろにするのはどうかと思うぞ?」
「クリスも揃ってからしっかり説明するつもりだったんだよ。二度手間になるだろ」
アストラル生命体の話とか、位相のずれたあっち側の話とか、何度も説明するのはあまりに疲れる話だからな。俺でさえまだ飲み込みきれていない不思議な話なんだ。サイオニック関連の基本知識もないセレナやクリス、侯爵閣下に説明するのにどれだけ骨が折れることか。
「考えがあってのことなら責められんのう。まぁそういうわけでな。クギの身体に同居している女がもう一人いて、同じように主殿の寵愛を受けておるということだけ理解しておいてくれれば良い」
「……はぁ。もう、なんというか」
セレナが疲れたように息を吐いて頭を抱える。一度に自分の理解が及ばないものを何個も見て疲れてしまったのだろう。俺もセレナの立場だったら頭を抱えると思う。
「クリスと一緒に説明をしてくれるなら、今はとりあえず良いでしょう。そろそろこれからについての話をするとします」
「面倒臭くなったな」
「面倒臭くなったんですね」
「面倒臭くなったのね」
「めんどくなったんやな」
「面倒臭くなっちゃったんだね」
「面倒臭くなったんだねぇ」
「実際に面倒臭い話だよね」
「お主ら揃って妾のこと面倒臭いって言うのやめんか? 泣くぞ?」
メイ以外の全員に面倒臭い判定されたタマモがガチで涙目になっている。残念ながら当然ってやつじゃないかな。だからこそヴェルザルス神聖帝国内でさえ名前すら呼ばれないアンタッチャブルになってたんだろうし。
「あー、ごほん。ええとですね、まずそもそも式をどういう形にするかなんですが、式は二回行います。帝都で一回と、ダレインワルド伯爵家の領都星系であるデクサー星系で一回ですね。領地を持つ貴族としては一般的な形です。貴族としての公的な式を帝都で、領民達に向けてのお披露目という意味で自分の領地で、という形ですね」
「ホールズ侯爵家の領地では式を行わなくて良いのか?」
「私がホールズ侯爵家の嫡子であるならそうするべきなんですが、私は兄弟姉妹の中でも真ん中くらいの爵位継承権しか持ちませんし、今回の結婚で爵位の継承権も放棄することになりますから。領民向けとしては帝都での結婚式を中継する、くらいの扱いで十分なんですよ」
「なるほど。ウィルローズ子爵家に関してはそもそも帝都の法衣貴族だから、帝都で式を挙げれば十分ってことか?」
「そうなりますね。今の会話の流れで私の口からウィルローズ子爵家の名前が出なかったのは、別に蔑ろにしているとかそういうことではないですからね?」
「解ってるから大丈夫よ、気を遣わなくても」
そう言ってエルマが苦笑いを浮かべながら手を振る。
「爵位としても一番下だし、領地貴族と比べると法衣貴族なんてそんなものでしょ」
「エルマはそう言いますけど、実は今回の式の件ではホールズ侯爵家もダレインワルド伯爵家もウィルローズ子爵家には凄くお世話になってますからね。やはり法衣貴族として帝都に深く根を下ろしているウィルローズ子爵家には我々領地貴族とは全く方向性の違うコネクションがありますから」
「そういうものなのかー……」
「あかん。何も解ってない顔や」
「お姉ちゃんだってよく解ってないでしょ?」
「当たり前やん。うちはバッチバチの下町ギルドドワーフやぞ。お貴族様のアレとかコレとかコネとかに理解が及ぶはずがないで」
「開き直ってるのはいっそ清々しいねぇ……まぁ、一般帝国臣民の私も同じだけど」
「私もさっぱりです!」
「ミミくんは……いや、まぁそうなんだろうけどねぇ……」
開き直るティーナと、同じように開き直って胸を張っているミミにショーコ先生が苦笑いを浮かべる。ミミはなぁ……血筋的にはセレナも吹き飛ぶというか、ひれ伏すようなアレではあるんだけど。血筋はともかく育ちが完全なる一般人だからな。
「クリスは領地で式を執り行うための準備に奔走しているところです。それもそろそろ終わってこっちに来ると思いますけど。帝都での準備はうちとウィルローズ子爵家が滞りなく進めていますから、ご心配なく。明日は皆の衣装合わせをしますよ」
「皆頑張ってね。私は部屋でゆっくりしているから」
「何を言っているんですか。ネーヴェ、貴女の衣装もあるんですからゆっくりなんてしていられませんよ?」
「え?」
自分だけは蚊帳の外だと思っていたらしいネーヴェがきょとんとした顔でセレナの顔を見返す。実は俺もちょっと驚いた。
「こちらに戻ってきたばかりでまだ何も知らないんでしょうけど、貴女、今帝国内で結構話題の人物なんですよ? ベレベレム連邦の非人道的な兵器開発の犠牲者だとか、名前すら与えられず、寿命すら奪われた非業の少女だとか呼ばれて。それに、ルシアーダ皇女殿下から名前を賜ったでしょう? 話題性は抜群です。当然、利用しますよ」
「あー……プロパガンダ?」
「そういうことです。貴族制を批判し、自由と民主主義を掲げながら非道を行うベレベレム連邦! という感じで。ベレベレム連邦は貴女やその姉妹達の存在を否定して卑劣な帝国――つまり我々によるでっちあげだと主張していますけどね。物的証拠や貴女のバイタルデータもありますから。周辺各国のベレベレム連邦に対する態度は今までになく冷え込んでいますよ」
そう言ってセレナ大佐がとても楽しそうな笑みを浮かべた。ネーヴェもそれはもう楽しそうな笑みを浮かべている。やだこの子達こわい。
「そういうわけで、悲劇の少女である貴女には幸せな生活を送ってもらいたいわけです。帝国としても。プロパガンダが上手くハマったので」
「生臭い話だなオイ……」
あまりベレベレム連邦に打撃を与えられないかもしれない、とか言ってネーヴェの保護に前向きじゃなかったくせに、思ったより効果が上がりそうだからって今更になってこれだ。まぁ、国ってのはそういうものだろうけどさぁ……結果的にネーヴェも喜んでいるから気にしないほうが良いか。
うん、そうしよう。




