#551 「善処しますよ。可能な限り」
「やぁ。久しぶりだね、婿殿」
グラキウスセカンダスコロニーに降り立ったらお義父さんに出待ちされていた。助けて。
「侯爵閣下が何をしてるんですか、こんなところで……滅茶苦茶目立ってるじゃないですか」
無論、お義父さん――ラウレンツ・ホールズ侯爵閣下――は単身でグラキウスセカンダスコロニーの港湾区画で出待ちをしているわけではなかった。腰に剣を帯びた護衛らしき人員が六人に、レーザーカービンを携えた護衛らしき人員が十人。その他男女の使用人が数人。戦闘にも耐える装甲車両が二両、見るからに重厚なリムジンめいた車両が一両。港湾区画の一部……というかブラックロータスのタラップ周辺が封鎖されているじゃないか。何やってんすかお義父さん。
「会場の手配から衣装の選定から何から、既に私の手から離れてしまっていてね……今は社交のシーズンでもないし、有り体に言って少し暇だったんだよ」
「少し暇ってだけで港湾区画の一角を占拠せんでくださいよ……というか暇なんてことあります? 侯爵閣下が」
「私はこれでも人を上手く使うタイプでね。というか、私みたいな立場の人間は少し暇なくらいが良いんだよ。そうすればいざという時に無理が利くしね」
そう言って侯爵閣下が俺以外のクルー達へと視線を向ける。
「流石に増えてないようで何よりだよ。まさか船の中に新しい子を隠してたりもしないよね?」
「えーーーーっと……スゥー……隠しては、ないっスね」
タマモの分を増えたと言って良いのかどうか、これがわからない。今も彼女はクギの中にいるので、隠してもいない。ある意味目の前にいる。彼女が一体どういう存在なのかと厳密に言えば、元ヴェルザルス神聖帝国の民であるサイオニック生命体、ということになるのだろう。厳密に人間というか人類――広義の意味で――なのかという話になると、正直どうなのかよくわからない。俺的には宇宙怪獣とかと同じカテゴリなんじゃないかと思うんだが。
『お主、心の中だからと滅茶苦茶言ってくれるの? それ言うたらお主も同類じゃろうが!』
『アーアーキコエナーイ。つかナチュラルに人の心を読むんじゃねぇよ!』
ふと見るとクギの眼と頭の上の狐耳だけが金色に輝いている。器用な小技を習得したなオイ。
「なんだか疑わしい反応だけど、私の中の何かがあまり突っ込むと面倒だと囁いているから追及はやめておくよ」
「まぁ概ねそんな案件です。物理的には人数は増えてないんで安心してください。物理的には」
「変なところを強調されると怖いよ。私、ちょっとオカルトというかオバケとか苦手なんだよ」
オバケ。オバケか……まぁほぼオバケみたいなもんだよな。魑魅魍魎とまでは言わないけど、妖怪の類だよな、タマモは。
「まぁその話は横においておきましょう。自分のことなのに全部ほったらかしかつ任せっきりで恐縮なんですが、あっちの方の準備とか日程とかどうなってます?」
「その話はね、まぁここで立ち話で片付けることでもないからね。部屋を用意してあるから、まずはそちらに腰を落ち着けると良い。その話はそれからゆっくりしよう。ああ、ダレインワルド伯爵家とウィルローズ子爵家にも連絡は入れてあるから心配はいらないよ」
侯爵閣下の発言にエルマと視線を交わし合う。連絡の順番で角が立たないように、なんて話をしていたのに先手を取られてしまったな。そもそも出待ちをしているとは思わなかったわけだが。
恐らく、ゲートウェイを防衛している艦隊か、ゲートウェイの運営組織にホールズ侯爵家の影響力が及んでいるんだろう。それだけでなく、恐らくグラキウスセカンダスコロニーの港湾管理部にも。ゲートウェイに俺達が現れた情報をキャッチし、俺達が恒星系外縁部からグラキウスセカンダスコロニーに着くまでの時間を利用して出待ちするための態勢を整えたわけだ。
「それじゃあお言葉に甘えて」
まずは各家に連絡を入れてから皆で適当にブラブラするつもりだったからお泊りセットも何も最低限の手荷物くらいしか持ってないんだが……まぁ侯爵閣下なら何不自由無く俺達を遇してくれることだろう。ここは大人しく侯爵閣下の提案に従っておくとしましょうかね。
☆★☆
「結論から言うと、式の準備そのものは滞り無く進んでいるので安心して欲しい。ヒロ君のお嫁さん達の分の衣装もちゃんと用意が進んでいるからね」
「私達の分も、ですか……?」
「え、ええ。貴女達の分もです、ミミさm……ミミさん」
侯爵閣下の発言にミミが恐る恐るといった感じで質問する。対する侯爵閣下もミミに対しては若干及び腰だ。多分だけど、侯爵閣下はミミの出自というか血筋を知ってるんだろうな。
「つまり、ミミ達も一緒に婚儀を行うと?」
「いや、流石にセレナやエルマ嬢、クリスティーナ嬢と一緒に並んで式を上げる、というわけにはいかないね。相応の衣装、相応のポジションで式を見守ってもらうことになる。全員がヒロ君の伴侶だとわかるようにね」
「私としては何の異存もありませんが、それで良いのですか?」
色々と面倒なことになるのでは? という顔でエルマが侯爵に疑問を呈する。俺には貴族の権力的闘争とか名誉とかそういった関係の機微が全くわからないが、それでも貴族の娘の正式な結婚式に入り婿の愛人とか事実婚の相手とかが同席しているのはどうなのだ? とは思う。具体的にどうマズいのかはわからないが、何か後で面倒なことになりそうだなという予感はする。
「良いんだ。そもそも名誉子爵とはいえ出自の不明な人間が伯爵家次期当主の入り婿になるだとか、侯爵家や子爵家の娘も同時に娶るだとかいう時点で異例尽くしなのだからね。いや、グラッカン帝国の長い歴史の中には類似例が全く無いわけではないのだけれど。前代未聞ではないのはある意味運が良いのかな?」
そう言って侯爵閣下が目を瞑り、ヒゲの一本も生えていない綺麗な顎先を撫でながら考え込む。前例あるのかよ。自分で言うのもなんだが、相当ロックな生き方してそうだな、そいつは。
「ただ、文句をつけてくる連中は出てくるだろうね。名誉爵位の似非貴族如きが生意気だ、みたいな感じでね。私達も何処の馬の骨かもわからない男に娘を寄越した貴族の風上にも置けない連中だとかなんだとか。まぁつまり、舐められるわけだ」
そう言って侯爵閣下はにっこりと深い笑みを浮かべた。嫌だなぁ、怖いなぁ、その笑顔。
「ヒロ君。貴族にとって最も大事なことは何だと思う?」
「無礼られたら殺す、ですかね?」
「君、いつの間にか白刃主義に傾倒していたりするのかい……? いや、大きくは間違っていないんだけど」
俺の返答に侯爵閣下がドン引き&苦笑である。どうしてだよ。大きく間違ってないのにどうしてドン引きしてんだよ。
「特に傾倒はしてないですけど傭兵ですからね、俺は。基本、暴力でなんでも解決する人間なんですよ。それに、ホールズ侯爵家は武門の名門でしょう? 舐められっぱなしってわけにはいかないんじゃないかなと」
「そうか……まぁ頼もしい限りだね。つまり、だ。式を終えた後は帝国各地を回って君の手腕を見せつけて回ってほしいんだよ。ホールズ侯爵家が娘を寄越すだけの価値がある男なんだと証明して回ってもらいたいわけだ」
「具体的な内容によりますね。クルーの命を預かる立場としては安請け合いはできないです。傭兵ギルドのプラチナランカーとしても便利使いできる鉄砲玉みたいに扱われても困りますしね」
ロクな報酬も無く危険な仕事をバンバン振られても困るということだ。結婚して家に取り込めば傭兵ギルドのプラチナランカーを便利に使えると思われるのも困るし、傭兵ギルドや他のプラチナランカーも良い顔をしないだろう。それ以上に単純な問題として俺自身も嫌だ。
「無論、プラチナランカーとして腕の安売りはできないというのは承知しているよ。その点に関しては傭兵ギルドからも釘を差されているしね」
「傭兵ギルドからですか」
「君がどう思っているのかはわからないが、傭兵ギルドというのは国を跨ぐ巨大組織だからね。彼らが宙賊退治や商船の護衛を請け負ってくれることによって致命的な治安の悪化が防げている、という星系も少なくはないんだ。彼らにそっぽを向かれるのは我々としても困るんだよ」
そう言って侯爵閣下は肩を竦めてみせた。ある種の治安インフラみたいな位置づけなのかね。
「まぁ、少々物騒な新婚旅行をしてもらうことになりそうだということだけ承知しておいてくれ。我々全員が幸せになるためにね」
「善処しますよ。可能な限り」
皆が幸せになるために、と言われると弱いな。毒を喰らわば皿までという気持ちでことに当たるしかないか。




