#550 「連絡の順番一つでそんなことになるのかよ……」
長時間の超光速ドライブによる航行を終え、俺達の乗るブラックロータスとヴェルザルス神聖帝国の護衛艦隊はヴェルザルス神聖帝国が唯一保有するゲートウェイへと到達した。
「いつ見てもでっけーなぁ……建造費どれくらいかかるんだろう」
「国家レベルのプロジェクトやからなぁ……それはもうウン十億とか下手すると兆単位のエネルが注ぎ込まれるんとちゃうん?」
「私、ママが若い頃にどこかの星系でゲートウェイ特需があったって聞いたことあるよ」
「連邦でプロジェクトの資料を見たことがあるよ。確か連邦では十五兆エネルくらいって話だったと思う」
整備士姉妹にネーヴェも加えた四人で大型ホロディスプレイに投影されているゲートウェイの巨影をぼへーっと眺める。両サイドにティーナとウィスカ、膝の上というか股の間にネーヴェを抱っこしたフルアーマー合法ロリ状態である。どう見ても少女塗れなのに、全員成人女性だ。どうしてこうなったんでしょうね?
「それにしてもキャプテン。私はここでいいのかな? ポジションおかしくない?」
「ちょうど良い大きさなんだよ。もうちょっと肉をつけた方が抱き心地が良いと思うけど、何にせよあったかくてグッド」
あとなんか良い匂いがする。絶対に嫌がられるだろうから露骨に嗅がないけど。
「それ女としてというより、クッションとか抱き枕としてって意味だよね? それはそれでどうかと思うよ、キャプテン」
唇を尖らせて若干不満げな声を上げつつも、俺の腕の中から逃れる様子はないネーヴェである。少し前までは触れただけでバラバラに砕け散りそうなほどにひ弱だった彼女も、ショーコ先生の驚異の技術力と本人の努力によってこうして安心して抱っこできるほどになってきた。表情も拾った当初に比べて豊かになってきたし、良い傾向だと思う。
「兄さんも結婚? というか婚約? を前にしてちょっとブルー入ってるんよ。大人しく抱っこされといたってや」
「そうなのかい? キャプテンのことだし貴族のお姫様を好き放題できるぜラッキーくらいに思っているんじゃないのかい?」
「ネーヴェの中で俺はどんだけ性欲魔神なんだよ。そういう気持ちが一ミリも無いと言ったら嘘だけど、それ以上にめんどくさいって感情が強いぞ。だからといってクリスやセレナが嫌いってわけでもないし、むしろ二人と正式にそういう関係になれるのは良いことだとも思ってる」
「でもそれはそれとして、付き纏ってくる面倒事は嫌って感じなんですよね、お兄さんとしては」
「そうだなぁ……何にせよ自分の選択の結果は自分で責任を負わないといけないしな」
元はと言えば、俺がセレナを見捨てられなかったからこういう事態に陥っているわけだしな。恐らく何度時間を繰り返してもあの状況――宙賊産のクソドラッグのせいでセレナを抱かなければセレナが死ぬ――でセレナを見捨てるって選択肢を選ぶことは不可能だから、イクサーマル伯爵に薬を盛られて意識を失った時点でもうそういう運命だったんだろうな。
☆★☆
通常は早くても数時間、下手をすると数日待たされるゲートウェイによる移動だが、今回に関しては三十分もかからずに移動が開始された。ヴェルザルス神聖帝国側には俺達以外に移動待ちをしている船はいなかったから、グラッカン帝国側のスケジュール調整だけで済んだんだろうな。
それにしても行き先は交通量が多いであろう帝都グラキウスなわけで、普通ならかなり待たされると思うんだが……両国間で何か取引というか、事前に打ち合わせでもしていたのだろうか? ヴェルザルス神聖帝国ならそれくらいの配慮はしそうだな。
「ゲートウェイを通ったらいよいよ帰国ね。覚悟は良い?」
「ここまで来たらもう腹は決まってる。あんまりウジウジしてても仕方ないしな。なんとかするさ」
ハンガーに行った合法ロリ三人と入れ替わるように俺の隣に座り、寛ぎ始めたエルマにそう返事をして肩を竦める。現時点で俺は既にハチャメチャが押し寄せてくると確信している。それがどういうものなのかはわからないが、絶対に何かあるね。間違いない。
『まもなくゲートウェイを通過します』
ヴェルザルス神聖帝国の護衛艦隊の一部――大部分はこちら側に留まる――に続いてブラックロータスがゲートウェイを通過する。当然というかなんというか、艦隊は何の問題も無くゲートウェイを通過し、グラッカン帝国の首都星系へと到達した。遥か彼方に惑星全体が構造体に覆われたエキュメノポリス――帝都グラキウスが見える。それと、周囲には多くの艦船も。
「相変わらず交通量が多いな」
「帝都だからね。言葉通り全ての道は帝都に通ず、よ」
帝都グラキウスは大量物資消費地であり、高級な食品やハイテク製品などを輸出する交易拠点でもある。軍事拠点でもあるし、近くにはシップメーカーが集まるシップヤード星系もある。つまり、船の行き来が大変多い星系でもあると。
「何にせよ、ここでヴェルザルス神聖の艦隊とはお別れだな」
「そうね、一応挨拶でもしておいたら?」
「そうだな。メイ、護衛艦隊の旗艦に通信を繋いでくれ」
『はい、ご主人様』
メイに通信を繋いでもらい、護衛艦隊の旗艦を率いている艦長に護衛のお礼を言っておく。彼らはこれからグラッカン帝国内に駐在、滞在しているヴェルザルス神聖帝国の民がいるステーションを巡って人員の配置転換や撤収などを行うそうだ。結構な長旅になるみたいだな。
「無事を祈っておく。達者でな」
『そちらもどうかお達者で。何かあればいつでも我々の祖国を頼ってください』
「ありがとう。にっちもさっちもいかなくなったら頼らせてもらうよ」
ヴェルザルス神聖帝国の艦隊が機動光翼を展開し、滑るような動きで去ってゆく。こうして見るとやっぱり機動光翼を使った航行はなんか異様だな。慣性とか加速度とかおかしくて脳がバグりそうになる。
「さて、ブラックロータスはとりあえずグラキウスセカンダスコロニーに向かうか。ダレインワルド伯爵家やホールズ侯爵家に接触するにも、まずはあそこだろ」
グラキウスセカンダスコロニーでは帝都グラキウスに降下するための許可申請なども行える他、交易コロニーとしても栄えているコロニーだ。どこに連絡を取るにしても便利なコロニーである。
「そうね。そういうことだからメイ、進路はグラキウスセカンダスコロニーにお願いね」
『はい、エルマ様。進路をグラキウスセカンダスコロニーへと向けます』
ブラックロータスがゆっくりと回頭し、進路を変更する。程なくして超光速ドライブが起動した。ドゴォン! と腹の底に響くような音が鳴り響く。これ、どういう原理で鳴ってるんだろうな? 多分船体そのものか、空間が振動して音を発生させているんだと思うんだが。自分が乗っている船の音は聞こえるけど、他の船の音はどうだったかな? 確か聞こえていたような……いや、聞こえていないか? 普段あまり意識しないんだよな。
「まずはどこに連絡を取るべきか。確実なのはウィルローズ家か?」
「そうね。確実に繋がるし、今はダレインワルド伯爵家とホールズ侯爵家の両家とホットラインを結んでいるでしょうから。まぁ、全部に同時に連絡しておいたほうが角が立たないわよ。ヒロがどの家を頼りにしてる、重視してる、みたいな見方をされかねないし」
「連絡の順番一つでそんなことになるのかよ……」
思わず舌を出して呻いてしまう。別に順番なんてどうでも良いだろ……仲良くしろよ。
「そういう世界に足を踏み入れることになるのよ、アンタは。ま、そういうのは私とかクリスとかセレナがしっかりサポートするから心配要らないわ」
「頼む。うっかり大ポカをやらかしかねん」
エルマは本当に頼りになる良い女だよな。頭が上がらないぜ。




