#548 「大好きです。なむなむ」
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誰かの微かな吐息を感じて目が覚めた。温かく、柔らかな人肌の感触が左右に感じる。吐息の主は一人ではなかった。右を見れば明るい茶髪が、左を見れば艷やかな銀髪と、笹穂のように尖った耳が見える。
「あー……」
昨晩は三人で寝たんだった。たまにこういうこともある。この手のローテーションは女性陣が、というかメイが女性陣を纏めて上手い具合に回してくれているのだが、本当にたまにこういう日があるんだよな。俺としては大いにウェルカムだ。しかしこうして冷静になってみると、とんでもないな。どうしてこうなった? と思わなくもないが、これも俺の行動と言動の結果なのだろう。
俺に出来ることは責任を取ることだけだな。色々と。さしあたって今すぐ彼女達にできることといえば、二人をできるだけ優しく起こすことだろうか。
さぁ、二人とも起きるのじゃー。みょんみょんみょんみょん。
「……んっ?」
「……うぇっ?」
効果は激烈だった。エルマにほんの一瞬遅れてミミもぱちりと目を覚ます。
「……ちょっとヒロ。そのテレパシーで起こすのやめなさいよ。びっくりするから」
「目覚めは爽快なんですけどね……」
「じんわりと全身にヒーリングっぽいパワーも放射してるから疲労の回復にも役立っているのに」
「ぽいって何よ、ぽいって。怪しいわね」
そう言いながらエルマがベッドから身を起こし、両腕を頭の上にぐっと伸ばす。昨日三人で仲良くした後そのまま寝たので、すっぽんぽんだ。朝から眼福である。なむなむ。
「何拝んでるのよ……昨日いいだけ好きにしたのに」
そう言いながらエルマがシーツを引き寄せて胸元を隠し、顔を赤くする。
「それはそれ、これはこれ。朝から良いものを拝ませてもらいました」
「ヒロ様、好きですもんね。おっぱい」
「大好きです。なむなむ」
ミミが顔を赤くしながらその立派なお胸を惜しげもなく晒してくれたので、同じようにガン見してから拝んでおく。これで今日も一日頑張れそうだ。
☆★☆
ヴェルザルス神聖帝国での滞在を終えた俺達は帰路についていた。着ろとは言ってもそんなに大した旅路ではなく、ヴェルザルス神聖帝国の中枢星系からゲートウェイが設置されている星系までの短い旅である。ヴェルザルス神聖帝国のゲートウェイからは直接グラッカン帝国の帝都グラキウスのゲートウェイに飛ぶことが可能だからな。
とはいえ、中枢星系からゲートウェイが設置されている星系までの道程はそこそこに危険だ。ヴェルザルス神聖帝国の領内というのは時空というか次元の壁の強度が不安定で、その壁の向こうから度々宇宙怪獣が出現するのだ。それでブラックロータスは大層な護衛船団と一緒に移動する必要に駆られているわけだな。
これがサイオニックジャンプドライブを搭載しているヴェルザルス神聖帝国の船だけならば中枢星系からゲートウェイが存在する星系に飛べば良いだけなのだが、ブラックロータスにはサイオニックジャンプドライブなんて搭載していないからな。クリシュナは出来るようになったっぽいんだが、星系を跨ぐような長距離のジャンプは試していない。視認範囲内でのショートジャンプなら実際にやってみたんだがな。
「兄さんおはようさん。ミミとエルマ姐さんも」
「おはようございます」
三人でゆっくりとシャワーを浴びてから食堂に行くと、ティーナとウィスカが朝食を食べているところだった。
「おはよう。二人とも今日はゆっくりしてるな?」
「昨晩は学んだサイオニックテクノロジーをノートに纏めたり、技術体系ごとに分けたり色々やっとったら遅くなってもうてな」
「ちょっと寝坊しちゃいました」
「なるほど」
ドワーフの技術者にして双子の姉妹でもある彼女達は今回のヴェルザルス神聖帝国旅行で数多くのことを学び、それを自らの血肉としている真っ只中であるらしい。資料や技術情報なども可能な限り貰ってきたということのなので、そのうち何か驚くような成果を出してくれることだろう。
「クギとかドクター達は?」
「うちらも起きてきたばっかだから見てないなぁ。食堂を使ったような感じはあったから、クギは起きとるんやないかと思うけど」
「ショーコ先生はいつも通りラボにこもりっきりだと思います。多分ネーヴェちゃんも」
「あの二人は……放っておいたらきのこが生えてくるまでラボから出てこないんじゃないか?」
「ヒロ様、それはもうバイオハザードか何かでは?」
「きのこ……パンデミック……うっ、頭が」
俺とミミの会話がティーナのトラウマを抉ったのか、ティーナが両手で頭を抱えて苦しみ始める。あの時のティーナは泣き虫の甘えん坊になってたからな。思い出して悶えているんだろう。
俺とミミ、エルマの三人もそれぞれいつもの朝食メニューを自動調理機のテツジン・フィフスから受け取ってきて整備士姉妹と一緒に食べ始める。俺は和食系の定食メニューのようなもの。ミミは甘いお粥みたいな料理。エルマは朝から人造肉のステーキと山盛りのマッシュポテトめいたものである。いつも思うんだが、朝からあの量の肉と芋っぽいものを腹に収めるエルマは本当に凄いと思う。あれがゴリラめいたパワーの源泉なのだろうか。
「ほら、ドクター。皆ご飯を食べてるよ」
「ふあぁ……まだ食べられないよぉ」
皆で軽くおしゃべりをしながら朝食を食べていると、白い少女に手を引かれた黒髪の美女……うん、ちょっと残念な美女が現れた。
黒く長い髪の毛はぼさぼさ。ヨレヨレのシャツとヨレヨレの白衣という大変に残念な格好である。ちゃんとしていれば美人なのになぁ。
「おはよう、ネーヴェ。ショーコ先生も」
「おはよう、キャプテン」
「おふぁおぉーーぅ……ふぁ」
「でけぇ欠伸だなぁ……」
挨拶なんだか欠伸なんだかよくわからないものを大きく開けた口から漏らしながらショーコ先生が席につく。それを見届けたネーヴェがテツジン・フィフスの方へとトテトテと駆けていった。初めてこの船で開封された時と比べると、ネーヴェも健康になったなぁ。最初なんて生命維持装置に繋がった状態じゃないとすぐ死ぬような状態だったのに。今ではああして普通に動き回ることができるようになっている。グラッカン帝国驚異の生命工学技術というやつだな。剣一本で殺人光線を跳ね返す頭のおかしい貴族連中を山程作り出すだけのことはある。
「はい、ドクター」
「ありがとねぇ」
ネーヴェがトレイに乗せて持ってきたのは太いストローの刺さった大きめのカップだった。マク◯ナルドで言えばLサイズのドリンクくらいの大きさだ。それが二つ。
「……まさかそれ、朝飯なのか?」
「そうだよぉ。ネーヴェくんと同じ流動食。私、寝起きはどうも固形物を受け付けなくてねぇ」
「私はこれが平常運転だよ、キャプテン。そろそろ固形食も食べられるようになるみたいだけど」
ショーコ先生とネーヴェが二人並んでチューチューとカップの中身を啜っている。それを見てると前にコロニーで飲んだ新鮮なフードカートリッジの中身を思い出すなぁ……あれはマズかった。一緒に同じものを飲んだミミもアレを思い出しているのか、どこか遠い目をしている。
「そういえばヒロくん、確かそろそろ到着だったよね?」
「ん? ああ、そうだな。今通っているハイパーレーンを出たら到着だ。ゲートウェイがあるのは星系の反対側だから、ハイパーレーンを出てからも結構時間かかかると思うけど」
ハイパーレーンの出口――ハイパーレーン突入口というものは星系の外縁部に存在する。
そして時空間を歪めるゲートウェイをハイパースペース突入口の近くに設置すると、ハイパーレーンそのものに悪影響を及ぼしかねないので、ゲートウェイというものはハイパーレーン突入口からできるだけ離れた星系外縁部に設置される。
そして、星系にもよるが、星系外縁部から反対側の星系外縁部までは超光速ドライブを使っても早くても数時間。平均的には十時間以上、下手すると丸一日くらいの時間がかかる。つまり、目的の星系についてからも結構な時間がかかるというわけだ。
「そっかぁ……そうしたらヒロくんは貴族のお姫様達と結婚だよねぇ。私はどうしようかなぁ」
「どうしようって?」
「そりゃ身の振り方を考えないといけないだろう? ヒロくんは貴族のお姫様のところに嫁いで入り婿になるんだから、私みたいな身許――はまぁしっかりしてるけど、血筋なんて平民どころか第一世代の人造人間が一緒にいられるわけないだろう?」
「いや、困るけど。ショーコ先生を手放すつもりなんてないぞ、俺」
「えぇ? でも……」
「でもも何も無いよ。確かにショーコ先生の言う通り帝国も戻ったらクリスやセレナと結婚することになるけど、それで誰かを放り捨てたりなんて絶対しないからな。クリスやセレナは大丈夫だと信じているけど、ダレインワルド伯爵やホールズ侯爵、もしくはその係累がもしそんなことを強要してきても俺は断固拒否するし、場合によっては決闘でもルール無用の殺し合いでもなんでもするぞ。どうにもならないってなったら全部放りだして皆を連れて別の国に逃げるからな」
俺がそう断言すると、ショーコ先生は暫く目を丸くして黙った後ににんまりと笑みを浮かべた。
「そっか。うん、わかったよ。それじゃあ、何の心配もしないでいるからね?」
「そうしてくれ。というか、ごめんな。不安にさせて。皆も、そういうことだから何も心配しないでくれ。成り行き上譲るべきところは譲るつもりだけど、この一線だけは絶対に超えさせないから」
俺の宣言に皆が各々頷く。エルマなんかは苦笑いをしているが、まぁ言うほど簡単なことじゃあないよな。でも、幸いなことに暴力だけはそれこそ売るほど在庫があるんでね。いざとなれば何もかもを暴力で捻じ伏せてやるさ。
どうにもならなかったらやっぱ逃げるけどな!




