#546 「嫌がらせか?」
さて、無事クギ――というか狙われたのはタマモだが――も戻ってきたところで困ったことになったのはヴェルザルス神聖帝国側である。今回の誘拐、洗脳及び生贄未遂事件は彼らにとってチョンボである。それも途轍もない大チョンボである。
まぁ、所詮は俺なんて一介の傭兵だ。大層な勲章に名誉子爵位がついてきているとはいえ、ただの傭兵。個人の傭兵である。ああいや、一応プラチナランカーではあるのでただの傭兵としてもかなり権威があるが。
本来、自分達の領域に引きこもって半鎖国状態であるヴェルザルス神聖帝国にとって、相手が帝国の貴族であろうとプラチナランカーであろうと、然程気にするような相手ではない。彼らは彼らの国だけで経済や物資の生産などの全てが完結しているし、そもそも傭兵ギルドを通して傭兵を使ったりもしていないので。
では俺に対してはどうか? というとそれがそうもいかないらしい。彼らの思想上、というか宗教上の理由で俺は彼らの保護対象、というか贖罪の対象のような存在である。俺からしてみれば真偽は不明なのだが、俺のような落ち人が発生する要因を作ったのは彼らヴェルザルス神聖帝国の祖先なのだという。少なくとも彼らはそう信じている。
彼らの思想はかつてこの宇宙を破壊しかけ、今もなおあちこちに綻びがある不完全な宇宙としてしまったことに対して、その罪を贖うというものである。大まかに言えばだが。
その贖罪の対象の一つである俺に対して、彼らはクギという巫女を差し出した。彼らヴェルザルス神聖帝国が国を挙げて選り抜き、磨き上げ、育て上げた人材である。ある意味でこれ以上『高価』なお詫びの方法なんてそう無いだろう、というレベルの行為である。
で、翻って今回の件を彼らの視点で見ると、思想的な意味で贖罪の対象である俺からその罪を贖うための生贄とも言える巫女を取り上げ、あまつさえ絆を結んだその巫女を本来の意味での生贄に捧げようとした。あまつさえ、同じ食材の道を歩む同志であるべき連中が。しかも、主観的にはともかく客観的には彼らの私欲を満たすために。
一応、事件を起こした奴らの主張としては「強い皇帝を復活させ、神聖帝国の民を再び強力に、一つに纏めれば今までに増して道を力強く歩める」ということであったようだが、それで俺やクギに手を出し、下手をすれば主星ヴェールを含めた中枢星系を吹っ飛ばしかねない強引な手法を取るというのは本末転倒である。
長々と語ったが、つまりこういうことだ。
「どうお詫びをすれば良いのか……本当に本当に本当に申し訳なく」
俺とクギはかつてタマモの部屋とされていた大社の奥、雅かつ豪華な佇まいの拝殿のような場所で大勢のヴェルザルス神聖帝国人達に平伏されていた。
その面子はヴェルザルス神聖帝国の神事や儀式、政務、軍務を担う人々の中でも錚々たる顔ぶれであるらしく、いつもより二段階くらいは豪華な巫女衣装を身につけて俺の横で彼らを見下ろす形になっているクギの表情が引きつった笑顔のまま青白くなっている。本来、彼女からすれば顔を合わせることすらない身分の人達であるらしい。
正直、この状況は俺も困る。出立のための儀式を終えてからのこれだ。また出立が遅れる。
「こんな仰々しく謝られてもこっちが困る……自分達が謝りたいからとこうやって仰々しく謝罪をしてそれで満足するというのも、逆に失礼な話じゃないか? と俺は思うわけだが」
いくら誠意のつもりでも、押し付けたらそれはもう誠意という名前の自己満足なんだよな。それが相手が望むものならともかく、望んでいないものなら尚更。
「誠に耳が痛い。重ねてお詫び申し上げます。とはいえ、こちらとしても今回の大失態に際して、何の謝罪もなしというわけには参りませんので、どうか平にご容赦を」
「うん、まぁ良いけども……それじゃあ謝罪は受けたってことで解散で良いか?」
「あいや、それは少々お待ちを。我々と致しましても、ただ頭を下げて終わりというわけにもいきませぬ。ヒロ殿は傭兵として外で大層ご活躍されているとか。我が国の一個分艦隊を配下として――」
「無茶を言うな、無茶を。補給と整備どうすんだ。何隻と何人寄越すつもりか知らんが、維持費だけで干からびるわ。嫌がらせか?」
「いえ、費用はすべてこちらで持ちますので」
「却下だ却下。どっちにしろグラッカン帝国名誉子爵で次期ダレインワルド伯爵の伴侶になる俺がヴェルザルス神聖帝国の戦闘艦隊を引き連れて歩くのは無理があるわ。常識で考えてくれ、常識で」
ヴェルザルス神聖帝国の戦闘艦隊を配下として使えるようになれば、そりゃ仕事の幅は広がるだろうがな。立場的に連れて歩くのが不可能なものを寄越されても困るわ。
「それでは護衛官を数人派遣するというのは如何でしょうか。無論、人員は全て女子で選抜しますので」
「あー、それは結構惹かれるんだが、ナシだな。うちの構成は白兵戦に弱いから、白兵戦に滅法強い人員を寄越してくれるのは助かる、んだが……多分無理じゃないか」
「無理、とは?」
恐らく護衛官を含めた軍務を司っているのであろう、日本刀のような刀剣を脇に置いているガタイの良い犬耳、あるいは狼耳の厳つい男性が眼光鋭く俺に問いかけてくる。
「自分で言うのもなんだが、俺は傭兵としてはかなりクリーンで品行方正な商売を心がけてる。相手は主に宙族だし、汚れ仕事の類は基本的に受けない。リスクが高いからな。だが、逆に言うと宙族相手には容赦はしない。基本的に皆殺しだ。抵抗する気力すら折れていても殺す。白兵戦を仕掛けて、この手で殺すことだってある。無論、白兵戦力として連れて行く以上、同じことをしてもらう。だが、この国の護衛官にそれができるか?」
俺がそう言うと、狼耳の男性は苦々しい表情で顔を歪めた。
そこなんだよな、問題は。この国の護衛官というのは名の通り、護衛に特化した連中だ。余程実力的に拮抗でもしていない限り、それが知的生命体であれば相手から攻撃されたとしても命を奪うことを厭う性質がある。実際に彼らはそれを可能とするだけの戦闘能力を持っているのだが、連れて行った護衛官がそんな体たらくでは俺の仕事では役に立たない。綺麗どころが増えるのは単純に目の保養という意味で歓迎なんだが、無理に傭兵の仕事をさせて心身を壊されても困る。
クルーの護衛って意味ではこれ以上なく頼りになるんだろうけどな。傭兵仕事で役に立たない。護衛の必要がない移動中や航宙戦闘ではやることがない。結果、席を温めて飯を食うだけの存在となったのでは、寄越される護衛官が気の毒というものだ。それならより戦闘能力が高い護衛用の高性能軍用ボットか何かを購入しておいたほうがマシというものである。戦闘ボットならいざとなったら使い捨てにもできるしな。
こればかりはな、彼らヴェルザルス神聖帝国の民が持つ信仰とか思想に関わる問題だから。クギもイクサーマル伯爵に捕らえられて自分を含めたクルー達に身の危険が迫るまでは攻撃的な第二法力を一切使わなかったくらいだからな。
「えー……それでは、その、金品などでは……?」
「それが一番良いんじゃないか。船とかもらっても困るし」
ヴェルザルス神聖帝国の船ともなれば相当な性能を持っていそうだが、乗れる可能性があるのが俺とクギだけじゃなぁ……クルーごと寄越されても困るし。一応ブラックロータスのハンガーには小型艦の枠が一つ空いているが、鹵獲した船を入れるのにも使うしなぁ。
「それではその、そういう方向で……」
「はい、よろしく。ついでに普通は買えないような神聖帝国の産品とかもつけてくれると嬉しいな」
「承知しました。早急に準備を致しますので、もう暫しお時間を頂ければと」
「了解。お集まりの皆様もありがとう。すまないな、務めもあるだろうに俺達のために時間を割いてもらって。謝罪の心は十分過ぎるくらいに伝わった」
俺がそう言うと、平伏していた人々が頭を上げ、それぞれ安堵の表情を浮かべたり、息を吐いたりしていた。昔のお殿様ってのはこんな光景をよく目にしていたのかね?
それにしても本当に仰々しすぎやせんか? いくらなんでもやりすぎじゃないかと思うんだが……いや、万が一どころか億が一にも俺にここで爆発されたら困るからか。こんなとんでもない危険物扱いされるのもこの国を出るまでの辛抱だな。




