#545 「濡れ衣です!」
短いけどぽんぺで無理ィ!_(:3」∠)_(下している
「妾が肉の檻に戻るなりどうにか手中に収めようと蠢動するのは良いんじゃがな。どうして簡単に好きにできると思うのじゃろうな?」
白黒のパンダのような毛皮を持つケモ度高めの神聖帝国民を椅子にして足を組み、手に持った瀟洒な煙管の灰をその頭に叩きつけて落としながらクギが嘆息する。うちのクギが不良になった――わけではなく、金色になった彼女の毛髪や眦の赤い化粧のような模様を見れば一目瞭然で、今の彼女はクギではなくタマモであるようだ。
「なにこの惨状」
「主が名前を覚える必要も無い、つまらぬ連中よ。命だけは奪っておらんから安心せい。命だけじゃがな。くふふ……」
そう言ってタマモがたちの悪そうな笑みを漏らす。クギの顔でそんな表情で嗤われると、こう、ギャップというかなんというか……なんかゾクゾクするな。
さて、何がどうしてこうなったのか? というときっかけはコノハの発言だったと思う。
「そんなはずないでしょう! 濡れ衣です!」
と本人は言っていたが、あの発言から三分もしないうちに彼女に「クギが行方不明」っていうテレパシーが入ったからな。正直、その言い分はちょっと通らないと思うな。タイミングが完璧過ぎるんだよ。いや、コノハがあのフラグ発言をする前にもう事態は動いていたのだろうから、濡れ衣だと言いたい気持ちもわからなくもないんだが。
で、連絡を受けた俺――他の皆は警護をつけて船に帰した――はそのまま最後にクギの姿が確認されていたという神祇省の奥へと直行。神祇省の職員と協力して俺とクギとの間の繋がりを辿り、神祇省の近くにある洞窟へと突入。洞窟そのものは崩落の危険があるということで封鎖されていたのだが、どうやらクギを拐かした連中が秘密裏に改修を行っていたらしい。
連中が配置していた魑魅魍魎――サイオニック生命体の一種らしい――を殲滅しながら奥へと進み、いかにも怪しげな儀式を行っていますと全力で主張している使節へと突入。連中が怪しげな儀式を完成させる前にクギを助けなければ! と突入したら、その救出対象のクギ……ではなくタマモが、首魁を含めた怪しげな連中をまとめて伸していた、と。
「で? こいつらは結局何をしようとしていたんだ? というか、何者なんだ?」
何をしようとしていたかも気になるが、神祇省のお膝元で封鎖指定されていた洞窟内部を秘密裏に改修し、怪しげな施設を作り上げていた連中の立場が何より気になる。俺とクギの間を引き裂いてでも何かをやろうとするっていうのは、ヴェルザルス神聖帝国の民としてはなかなか覚悟の決まった連中だよな。
何せ、場合によっては俺がサイオニックパワー的な意味で大爆発を起こして、この主星ヴェールを含めた恒星系そのものを消失させかねない暴挙だ。そのリスクを許容してもなお、何をしようとしていたのか。
「こやつらはの、皇統の生き残りよ」
「皇統? 確か聞いた話だと殆ど……そうか、あくまで殆どだものな」
つまり全員ではなかったというわけだ。その尊き皇統の流れを組むお歴々がなんでまたクギを誘拐――いや、タマモを従えようとしたんだ?
「つまりな、妾を従え、妾の法力をもってして最良の未来を掴み取ろうとしたのよ。こ奴らにとってのな。運命と時空間を操ることができる第三法力の力をもってすればそのようなことも可能じゃからな。理論上は」
「含みがある言い方だな」
捕縛され、引きずられていく皇統の連中を眺めながらそう言ってタマモの手を取り、パンダっぽい皇統の男から腰を上げさせる。武官の人達が連行したそうにしてるからそろそろどいてやりなさい。
「理論上は可能じゃが、いくら妾でも限界というものがある。運命を操作して望む未来を引き寄せるというのはな、無限に枝分かれしていく未来、その一筋を手繰り寄せるということじゃ。だがな、運命にはそういった枝葉の分岐もあるにはあるが、本流とも言うべき流れもあるのじゃよ」
「あー……つまり、その本流に逆らうような方向の未来を手繰り寄せるのはとても大変ってことか?」
「そうじゃな。川の流れに例えるなら、本流と言える流れの範囲内で異なった筋道を通り、本来取り零されるような可能性を拾うのは難しいことではない。だが、川の流れそのものを変えるようなことは難しい。堤に一穴を穿ち、氾濫させるようなことはできなくもないがの」
「それって制御不能になって大惨事になるんじゃね?」
「そうなることもあるじゃろうな。そして、堤に一穴を穿つような真似をした術者がどうなるかも目に見えとるじゃろ?」
タマモはそう言って俺に流し目を送りながら片手をパッと開いてみせる。それが爆発を指したものなのか、散華を指したものなのかはわからないが、まぁどっちにしろ術者は無事には済まないということなのだろう。
「あいつら今からぶっ殺しに行っていいかな?」
「やめとけやめとけ、主の剣を奴らの血で汚すほどの価値は無いわ」
タマモが俺の腕に抱きつき、笑いながらひらひらと手を振る。しかしだな、拐った上に自分達の都合の良いように使い潰そうとしたってのは俺の中では完全にライン越えてるんだが。完全にケジメ案件だと思うんだよなぁ。
「……後で奴らの処遇に関しては一言言わせて貰う。それで、結局あいつらは何をしようとしていたんだ?」
「なに、あの間抜けにかつての叡智を取り戻させようとしたのよ。そして皇統の地位と立場を取り戻そうとしていたわけじゃな」
「あの間抜け? ああ、例の皇帝陛下とやらか」
先代の力を継承するという方法を使って力を高め続け、最終的に限界を迎えて大惨事を引き起こしたヴェルザルス神聖帝国の皇帝陛下、その精神体。歴代の皇帝達が入り混じったソレを正常な状態に引き戻し、正当なる皇帝を復活させる。それが奴らの狙いだったと。
「しかし今回の件に関しては大失態だなぁ、ヴェルザルス神聖帝国の各方面で」
「面目丸潰れじゃのう……まぁ、貸しにしておけばよかろうて。これほど大きな貸しを作っておけば、何かの役に立つじゃろ」
「タマモがそう言うなら良いが……クギは無事なんだろうな?」
「妾が無事なのじゃから、当たり前じゃろ? 今は眠っとるがの」
そう言ってタマモがにんまりと妖しい笑みを浮かべた。本当に無事なんだろうな? あとでクギに聞くからな? あと、煙管はあとで没収するからな。




