#543 「な ん で 勝 て な い の よ !」
また原稿期間に入るのでここで更新は一旦停止!_(:3」∠)_(ゆるしてね!
「新入りで、しかもまだキャプテンの女にもなれていない私がキャプテンを独り占めにする権利があるのだろうか?」
大社附属研究所に滞在するために用意された、研究所にほど近い場所に宿の一室で俺に寄りかかりながらネーヴェが呟く。今日はネーヴェの番ということで、一日宿でごろごろすることにしたのだ。肝心のネーヴェはというと、見ての通りこんなことをして良いのかと葛藤しているのだが。
「別にそこは気にしなくて良いんじゃないか……? 文句があるならそう言うだろうし、メイが調整するだろう」
「そうだろうか……そうだな、あのメイドロイドならどうにかするか」
俺に言われて納得したのか、ネーヴェは俺の左肩に頬を擦り付けるように頷きながら、より一層俺に体重を預けるように俺に寄りかかってきた。また、何が楽しいのか彼女の両手は俺の左手を揉み込むように触っていた。なんだろう、これは。グルーミングの一種なのだろうか。
「キャプテン。私はね、不安なんだよ」
「不安?」
「そう、不安なんだ。だって、今のところ私はただの穀潰しだろう?」
「穀潰しは流石に言い過ぎだと思うが……ふむ」
つまり、負担ばかりかけて傭兵稼業の役に立てていないばかりか、女としても未だに俺に求められているわけでもないということに不安を覚えているわけだな。それに関してはなぁ……一応最低限、問題なく生きていけるだけの身体の調子は整ったという話だが、そもそもネーヴェの身体は非常に小さい。背丈はティーナやウィスカ達とそう変わらないくらいだし、その上骨格も細ければ肉付きも良くない、背丈の成長はあまり望めないが、ちゃんと食べて運動をすれば肉はそれなりにつくとショーコ先生は言っていたので、何にせよまずは健康体になって欲しいというのが俺の考えだ。
正直、今の状態で男女の関係云々というは早すぎる。心臓や身体に負担がかかって大変なことになりかねないんじゃないかと心配だ。一応ショーコ先生は無茶をしなければ大丈夫とは言っていたけどな。ネーヴェの身体を再生する際に、強化を施してあるから、って。
ネーヴェの身体はショーコ先生の手によって実質的に殆ど作り変えられた。それも、ショーコ先生が専門としている遺伝子工学とナノマシンテクノロジーによって。これは帝国貴族に施される身体強化技術に限りなく近いというか、ほぼそのものの技術であり、スペック的にはネーヴェの身体は完全に生身の俺よりも上である。
え? 落ち人である俺の身体が所謂普通の人間と同じスペックなのか甚だ怪しい? それはそう。でもそれは一旦横においておこう。つまり、俺が言いたいのはネーヴェの身体は見た目以上に頑丈で、ショーコ先生の言うようにそういった行為に耐えられるという点である。
そして、それをネーヴェ本人も知っており、その上で俺が手を出さないということに不安を覚えているというのが問題なわけだな。
「気にすることはなにもない、って言い聞かせるだけというのも芸が無いというか、何の解決にもならないからなぁ。とはいえ、今すぐネーヴェに手を出すつもりはないんだよ。せめて一人でちゃんと歩けるようになってからにしたいな。じゃないと壊してしまいそうで怖いんだ」
そう言ってネーヴェにもみもみとされていた左手でネーヴェの右手を取って手を繋ぐ。所謂恋人繋ぎに。柔らかくて小さい手だなぁ。
「そっち方面は本当に焦ることはないと思うんだ。こうして手を繋いで身を寄せ合っているだけで……は代わりにならないかもしれんが、今はこれで納得してくれ」
「こう、ガーッと来ても良いんだよ?」
「そっちはそのうちな。そのうち。で、仕事の方なんだが……まぁ今はほぼ浮き駒ではあるよな。ブラックロータスの掌握はメイがしてるし。俺としてはアントリオンのサポートに回ってくれるとありがたくはあるんだが、まだ今の状態だと戦闘艦で働くのは難しいだろうなぁ」
「緊急発進に素早く対応できないからねぇ……」
クリシュナもアントリオンも場合によっては迅速に戦闘態勢に移行する必要に駆られる時がある。そういった時に今のネーヴェでは迅速な対応が難しい。何せ、やっとなんとか歩けるようになったというレベルだ。車椅子というか、浮遊型のポッドに乗っていてもさほどスピードは出ないしな。
「結局身体づくりを進めるしかないという結論だな」
「そうなるかぁ……」
ネーヴェが物憂げな様子で溜息を吐く。恋人繋ぎにした右手をにぎにぎとしている辺り、これは気に入ったらしい。
「キャプテンの手はあったかいねぇ……」
「なんでか知らんが昔からそういう体質なんだ……すまんな、不安をまるっと解決してやれなくて」
「ううん、良いんだ。キャプテンが私の身体を労ってくれている結果なんだからね。でもわがままを言わせてもらうとだね」
「うん」
「そういうことはまだしないにせよ、もう少しスキンシップを取ってくれると嬉しいかな。こうやって」
そう言ってネーヴェは恋人繋ぎになっていた手を離し、ゆっくりとした動きで正面から抱きつくような形で俺の膝の上に座り直すと、両手で俺の首の後ろに手を回して顔を近づけてきた。そして、小さな唇を俺の唇と合わせてくる。
「……こうやって、スキンシップを重ねていけば、キャプテンもその気になってくれるんじゃないかと期待してるよ」
「うん、これは確かに効くかもなぁ……」
「そうかい? それじゃあもう一回……」
ネーヴェが白い肌を紅潮させながら、もう一度顔を近づけてくる。俺、ちょろいからなぁ……こんなにされると案外すぐに陥落してしまうかもしれない。
☆★☆
「で、昨日は一日中ネーヴェとイチャついてたわけ?」
「はい」
「ふーーーーーーーん……まぁ、良いけどっ!」
「おぁーっ!?」
良いけど、と言いつつ凄まじい速度で掴みかかってくるエルマの手を、時の流れを鈍化させてなんとか避け、いなして防ぐ。ちょっと待て、時の流れを鈍化させてるのに早い。すげぇ早い。というか、俺の防御を明確に掻い潜ろうとしてきている。
「ぐえーっ!?」
ついに防御をすり抜けてきたエルマの腕が俺の服を捉え、まるで蛇か何かのように俺の身体に巻き付いて締め上げてくる。気がつけば、俺は完全に行動不能にされていた。格闘戦で組み付かれると為すすべもない。というか動きがあまりに早すぎるし、時の流れを鈍化させてエルマの攻撃に対応する俺の動きを見て更に対応してきてるぞ、これ。どういう身体能力してんだオイ。
「ふふん。私の勝ちね」
「ぐおおぉ……絞まる、絞まってる、許して」
掴まれるともう駄目だ。抵抗しようにも抵抗の仕方すらわからん。瞬く間に関節を極められて締め上げられてしまう。
「私のサイオニック能力じゃ派手な放出系の法力は使えないって言われてね。サイオニックパワーを使った身体能力と感覚、反応速度の強化を重点的に教えてもらったってわけ。これが帝国の身体強化と相性が良いのよ」
俺を絞め技から解放したエルマが勝ち誇った顔で俺を見下ろしながらそう言う。
俺? 解放されて無様に床を舐めてますが何か? しかし武官連中め、なんてことをしてくれるんだ。ただでさえゴリラめいているエルマの身体能力を更に強化するとか正気か? これ、下手するとメイとすら格闘戦をやりあえるんじゃないかってレベルだぞ。
「先に言っておくけど、メイとはやりあえないからね。重量と物理的な強度が違いすぎて勝負にならないから」
「あー……まぁ、それもそうか」
メイの全身は強化特殊合金の骨格と筋肉で構成されているものな。いくらエルマの身体能力が強化されたとしても、単純な体重差と物理強度はどうにもならないか。
「最初はミミ、次はティーナとウィスカ、昨日はネーヴェに一日付き合ったんだもの。今日は私と付き合ってね、一日中。スキンシップスキンシップ♡」
「やめてくださいしんでしまいます」
そんな極上の笑顔を浮かべられても、こんな組手を一日中やってたら俺の身体が保たん。時間の鈍化だけでなく、念動力の類までをも使えば圧倒することはできると思うが、それでは組手をする意味がない。
しかしこのペースで締め上げられたり投げ飛ばされたりしていたら俺が死ぬ。足腰立たなくなって死ぬ。エルマとくんずほぐれつできるのは良いんだが、あまりに激しすぎてこれはもうスキンシップの領域じゃないんよ。
「だらしないわねぇ……まぁ組手は許してあげようかしら。次はシミュレーター行くわよ、シミュレーター。今ならヒロに勝てる気がするわ」
「それはどうかな」
「ふふん。もし負けたらヒロの言うことを一つ、なんでも聞いてあげてもいいわよ」
「今なんでもって言った? 言ったな? よし」
絶対にボッコボコにしてベッドの上での戦いにシフトさせてやるからな。見てろよ見てろよ。
「な ん で 勝 て な い の よ !」
「反応速度だけで決まるほど航宙戦ってのは単純じゃないんだよなぁ」
シミューレーターから出るなり両手を握りしめて天井に向かって吠えるエルマさんである。
操作や状況に対する反応速度っていうのは航宙戦において有利になる一要素ではあるが、戦略というか戦術というか、自分が有利な状況を作り出して相手を不利な状況に追い込む、その駆け引きが何より大事なんだよ。同性能の機体同士で戦うミラーマッチなら尚更な。
さて、どんな感じで相手してもらおうかなぁ。ハッハッハ。




