#539 「せんすの良いやつを頼むぞ」
原稿が一段落したので……!_(:3」∠)_(またすぐに別の原稿をやることになりそうだけど
「……はっ!?」
俺の膝の上で失神して――白目剥いてたのは直してあげた――いたクギが目を覚まし、目を見開く。こういう時、急にガバッと飛び起きるかそのままの姿勢で状況把握に努めるのかってところはなんというか性格が出るよな。クギは身を固くしたまま目と耳を動かして状況把握に努めている。頭の上の獣耳がピコピコと動いているのが可愛い。
「わ、我が君……?」
「はい、クギの我が君です。調子はどうだ? 頭が痛かったり、胸が苦しかったりしないか? 精神は平常通りか? 変な声とか聞こえたりしないか?」
そう言いながら身体を起こそうとするクギを介助してやる。クギは頭の上の狐耳をピコピコと動かしたり、自分の手をにぎにぎしたりしていた。それからこめかみの辺りに片手を添えてみたり、かなり強い出力で精神波を放ったりし始めた。いきなり迸った高出力の精神波に周りの人々がビクリと身体を強張らせている。いきなり大声で叫んだようなものだからな。
「す、すいませんっ!? あ、あの、我が君? なんだか随分と力が強くなったようなのですが」
「まぁ、うん。そうだね……尻尾に違和感ない?」
「え? 尻尾……? えぇっ!?」
自分の尻尾を見たクギが飛び上がって驚く。尻尾の毛もブワッて膨らんでる。うん、びっくりするよね。自分の尻尾の数が三本から五本に増えてたら。
「なっ……えぇ!? ナンデ!?」
クギが珍しく取り乱して自分の尻尾を一本一本丹念にチェックし始める。しかしどれも紛れもなく自分の尻尾だということがわかったのか、最終的に自分の尻尾を抱えたまま放心したような表情を俺に向けてきた。頭の上に「?」が無数に飛び交っているのが見える見える。
「まぁ、ほら。あの、例の人がな」
「……はい」
「身体がパーンしたんで、依代? とかいうのが必要になったらしく」
「……」
俺の言葉を聞いたクギが白目を剥いて固まってしまった。クギの可愛いお顔が台無しだよ! というか話が進まねぇ! 起きろ、クギ!
「と、とりみだしました……」
白目を剥いて固まったクギの肩を揺すり、なんとか再起動させる。
「それでクギの身体を間借りする的な」
「どうして……」
クギの目からハイライトが消える。魂が抜けたような顔というのはこういうのを言うんだろうな。
俺も気絶している間にファッキンエンペラーの精神体がお前の身体を間借りすることになったから! もう入ってるから! とか言われたら同じような反応すると思うけど。そう考えるとこれはかなりひどい状況だな。
「一応身体を乗っ取ったりするわけじゃないし、潜在能力を引き出してくれたり、サイオニックパワーを増大させてくれたりするみたいだから……でもすまん、俺のせいだ」
「い、いえ、我が君のお役に立てるのであれば……お役に立てるのですよね?」
「とてつなく低レベルな諍いの末にアレをクギに取り憑かせてしまったという事実に頭を抱えたく鳴っているが、俺としては受け入れてくれるととても助かる」
正当防衛的な面も多分にあったとはいえ、九尾美人さんの身体をパーンさせてしまったのは事実だからな……ああいや、パーンさせたとは言っても別にこう、風船が弾けるように人体がスプラッタになったとかそういうことじゃないんだが。こう、光の粒になって弾けたみたいな感じで。
何にせよやっちまったのは俺なので、本当は俺が責任を取るべきなんだが……。
「それで、その、それはいつまで……?」
「あの人の力が安定するまでだそうだ。どれくらいかかるかわからんが、まぁ一年かそこらじゃないか? とは言ってたな……本当にすまん」
「い、いえ。それくらいで済むなら……済むんですよね?」
クギが自分の尻尾を抱きしめるように抱えたまま不安げな表情で俺の顔を見上げてくる。心が、心が痛い。
「本人はそう言っていたし、何にせよ責任は全部俺が取るから。全面的に」
尻尾を抱えるクギの手に自分の手を重ね、クギと目を合わせてそう約束する。その約束がクギの不安を僅かながら取り除いたようで、彼女の不安げな表情が僅かに和らいだ。
「我々は何を見せられているのでしょうか」
「しーっ、コノハちゃん。静かに」
「落ち人はやはり口が上手い、と」
「ウギギギギ……わ、私があの場所に……」
俺とクギのやり取りを遠巻きに眺めている外野がうるさい。コノハとモエギはまぁ良いとして、イナバのその発言に関しては異議を唱えたい。別に言い包めているとかそういうわけじゃないからな? 本気で、誠心誠意そう思って言っているんだから。
あと、フグルマは血の涙を流さんばかりのその視線をやめろ。湿度というか粘度が高すぎて呪詛めいているから。普通にこええよ。
「え、ええと……具体的にはコレ以外にどんな影響があるのでしょうか……?」
クギが両手で抱えている五本に増えた尻尾に視線を落としながら聞いてくる。尻尾が増えるのってそんなに大事なのか……? いや、俺も寝て起きたら足が三本とか四本になってたらこれくらいビビると思うけど。
「たまに身体を貸してくれって言ってくるかもしれない。その時はクギの都合が良い時だけで良いから了承してやってくれ」
「身体を……まぁ、あのお方なら有り得ますか」
クギがここではないどこか遠くを見るような目をする。取り憑いた上に身体まで奪ってくるアストラル生命体って怖すぎるよなぁ。やはり俺が……いや、俺じゃ駄目か。困ったものだ。
「……我が君。早速試しに貸して欲しいと言ってきているのですが」
「……すまん、頼む」
「我が君がそう仰るなら……」
クギはそう呟き、俯いた。すると五秒ほどの間を置いて、突如クギの身体から目に見えるほどのサイオニックパワーが溢れ出してきた。白に限りなく近いクギの銀色の髪の毛が徐々に金色に染まり、彼女の尻尾がざわざわと蠢きながら髪の毛と同様に金色へと染まっていく。尻尾の数も増えているように見えるんだが、気のせいか? いや、あれは幻影みたいなものか? なんか本数が増えたり減ったりしているように見えるな。
「ふむ。悪くないの。供犠の名を与えられるわけじゃ。実によく馴染む」
クギが普段見せないような表情でそう言いながらほくそ笑む。いつの間にか彼女の目の縁や額に紅色の化粧のような文様が浮かび上がっていた。アレだ、なんか歌舞伎役者の隈取りをマイルドにしたようなやつだ。
「実に具合が良いぞ、お前様。できるなら末永くお願いしたいところなのじゃが?」
「約束は一年だろ」
「だが、妾と一緒の期間が長ければ長いほどお前様も、この娘も力を伸ばせるぞ? 悪い取引ではないと思うがの」
「クギの判断次第だな。クギが嫌って言ったら約束通り一年で出ていってもらうからな」
「では、それまでに精々お前様やこの娘やお前様の嫁達と仲良くするとしようかの」
そう言って彼女が目を細め、ニマニマと笑う。普段クギがしないような表情だ。髪の毛の色を表情が変わっただけなのに、まるで別人のように見えてしまうな。
「おお、そうじゃ。お前様、妾の名前を決めてくれ」
「なんでだよ。名前はあるんだろ?」
「なに、ちょっとした儀式みたいなものよ。せんすの良いやつを頼むぞ、せんすの良いやつを」
「えぇ……」
どういう意味があるのかわからないが、何かしらの意味があるのだろうな。魔法やなんかが登場するファンタジーものの小説とかだと名前っていうものは魔法的、魔術的、呪術的に大きな意味を持つものだったりするし。
うーん、九尾の狐、金色、そういう要素から名をつけようとすると安直な名前しか出てこないんだが、基本的に本物というか原作は悪要素が強いというか、気軽に人間をパクパクするような存在なんだよなぁ。でもまぁ、わかりやすさってのは大事か。
「それじゃあタマモで」
「滅茶苦茶気軽に決めるのう、お前様。名前の響きは悪くないからええんじゃが……それでは妾は今からタマモじゃ。今後ともよろしくの、お前様」
金色のキツネはそう言ってニンマリと胡散臭い笑みを浮かべた。くそ、元々がクギの顔だから可愛く見えるな。精々誑かされないように気をつけるとしよう。




