#535 「そっちは約束できんなぁ……」
『第十六波出現! 時空震継続、第十七波も来ます!』
「そろそろお腹いっぱいなんだがなぁ……」
「同感です……」
「とはいえ、放置するわけにもいきませんから……」
ヴェルザルス神聖帝国艦隊から入ってきた敵増援の出現報告に俺だけでなくミミもげんなりとした態度を顕にしてしまう。クギも苦笑いを浮かべている辺り、心境は似たりよったりってところなんだろうな。
ヴェルザルス神聖帝国艦隊の甲種護衛艦――足の早いコルベット級や駆逐艦級――の数もそれなりに減ってきている。撃沈された船はいないようだが、流石に十五波もの敵襲となると、中破、大破して戦線離脱する船も増えてきているのだ。乙種、丙種のより大型の船は全て健在みたいだけどな。
「ヴェルザルス神聖帝国の増援は来ないのか?」
「来るならとっくに来てそうですけど……被害が出ているのは甲種艦だけですから、必要ないと考えているんじゃないですかね? あと、十六波は光子生命体みたいです」
「光子生命体が七体か……ならクリシュナでも十分やれるな。ミミ、ヴェルザルス神聖帝国艦隊に十六波はクリシュナが受け持つって言っておいてくれ。クギは戦闘用意」
「わかりました!」
「はい、我が君」
クギの返事を聞きながらスラスターのスロットルを最大に開放しつつ、遥か遠方に出現した光子生命体に向かってクリシュナを前進させる。本来なら超光速ドライブを使うかどうか迷う距離だ。遠すぎて普通に向かうと到着前に第十七波が余裕で来てしまう距離だからな。しかし、今のクリシュナの前にこの程度の距離の壁は有って無きに等しい。
「跳ぶぞ」
世界が色を失い、高倍率スコープで覗き込んだかのように目標の光子生命体の姿が拡大されていく。クリシュナの機動力をもってしても五分以上かかる空間が、時間が圧縮され限りなくゼロに近くなる。
世界が色を取り戻したその瞬間、俺達とクリシュナは圧縮された時間と空間を翔け抜けた。
「ひぇっ……こ、これ怖いですね!?」
「此の身どもからすると一瞬で距離が詰まっていますからね……戦闘準備は完了です、我が君」
「ミミも良いな? 行くぞ」
「はい!」
出し惜しみする理由もないので、対艦反応弾頭魚雷以外の全ての武装を同時に発射して光子生命体を瞬く間に駆逐していく。巨大な光輪がブラックロータス並みに大きい光子生命体を真っ二つに切り裂いて霧散させ、四門の重力子砲が同時に四体の小型光子生命体を貫き、二門の念動衝撃砲から発射された衝撃波が中型の光子生命体を消し飛ばす。
生き残った光子生命体が光線のようなものを放ってきたが、その光線はクリシュナのシールドに当たりもせず、まるでクリシュナを避けるかのように曲がって明後日の方向に飛び去っていった。
そして、大型の光子生命体を真っ二つにした念動光輪が戻ってきて最後の一体、攻撃を仕掛けてきた光子生命体を真っ二つに切り裂いた。
「よし、こんなもんか。慣れてきたな」
七体の光子生命体が間違いなく霧散したことを確認し、第十七波の出現位置に意識を向ける。今度はかなり大型のタコかイカめいたエネルギー生命体が出てきたようだが、たったの二体だ。出てきた瞬間にヴェルザルス神聖帝国艦隊の集中砲火を受けて消し飛んだ。
「そろそろ打ち止めか? 今の光子生命体も数が少なかったな」
「そうですね。第十一波がピークだったみたいで、そこからはどんどん出現数が少なくなってるみたいです……しかし、クリシュナはだいぶ強くなりましたね」
「そうだな……今なら対宙族独立艦隊相手でも真正面から叩き潰せそうだ」
「……やりませんよね?」
「やるわけないだろ……ああ、でもアレだ。帝国の地方貴族の私兵というか、星系軍とか領邦軍相手でもやれるってことだよな。もし帝国貴族に喧嘩を売られても恐れずに買って文字通り真正面から叩き潰すこともできるってわけだ」
「……やりませんよね!?」
「そっちは約束できんなぁ……まぁ、何にせよ暴力はいくらあっても困ることはない。使い方次第だからな」
実際に振るうかどうかは別として、振るう力があるというのは良いことだ。これから先、クリスやセレナと結婚して帝国貴族の伴侶としてやっていくということになると、暴力というものはいくらっても困るということはないだろうしな。
結局のところ、貴族や国家といった権力の原資というか、根源は暴力なのだから。どんなに素晴らしい法を作っても、それを秩序の名の下に守らせるためには暴力が要る。まぁ、これは俺の穿った見方というか、個人的な意見だけどな。それほど大きく外れてはいないと思う。
「ミミさん、我が君が力に溺れるというなら、疾うの昔にそうなっているかと」
「そ、それもそうですけど……でも、ヒロ様は使うと決めたら躊躇わないので……」
「中途半端は良くないからな。やるなら徹底的にだ」
やるとなれば完膚無きまでにボッコボコにして再起不能にしないとな。慢心して反撃を食らったり、忘れた頃に復讐されたりするのは御免だ。
『時空震の兆候なし、各艦は警戒態勢を維持しつつ待機せよ。損害を受けた艦はダメコンと報告急げ!』
雑談をしているうちにどうやら戦闘は終了したようだ。長時間の戦闘で疲れはしたが、危なげない勝利だったな。
☆★☆
「素晴らしい! 観測データが山盛りだ! ははははははっ!」
ブラックロータスのハンガーに戻ると、ブーボ氏が狂喜乱舞していた。どうやら今回の戦闘では彼にとって有意義なデータが沢山取得できたらしい。艦船技術専門家のアメノは見当たらんな。
「兄さんおかえり。ミミとクギもおかえり。皆無事で何よりや」
「ああ、ただいま。整備は任せた」
「任された。ま、その前に色々データ取りとかもせなあかんのやけど」
そう言ってティーナがやれやれとでも言いたげな様子でデータパッドを手に踊っているブーボに視線を向けている。踊ってるけどあれ、ちゃんとデータに目を通してるのか……?
「お兄さん、ミミさん、クギちゃん、おかえりなさい」
「ああ、ただいまウィスカ。アメノはどうした?」
「それがアメノさんはアントリオンのグラヴィティジャマーが気になったみたいで、あっちを見に行ってます。広範囲の宇宙怪獣の動きを鈍らせることができるっていうのが興味深かったみたいで」
「……あれってイデアルというか帝国の機密装備だよな?」
「そうですね……ただまぁ、売り渡すのはNGって契約ですけど、見せちゃダメとは言われてないですから」
「なるほど。まぁ欲しいとなればヴェルザルス神聖帝国がグラッカン帝国に直接言うか」
流石に機密装備を勝手にリバースエンジニアリングしてパクったりはしないだろう。グラッカン帝国の技術だってことは伝えてあるわけだし。
「整備は任せた。まだ敵が出てくる可能性はあるから、そのつもりで手早く頼む」
「また無茶を……できる限りでやってみるわ」
「すまん」
頬を引き攣らせるティーナに手を合わせて謝っておく。無茶を押し付ける分は後で俺ができる限りの範囲でサービスをするから許してくれ。




