#508 「うちゅうのほうそくがみだれる」
そろそろ原稿期間なのでお休みをもらうよ! ゆるしてね!( ‘ᾥ’ )(明後日の更新で一回お休みに入ります
「あー、はいはい。兄さんがそうしろと念じれば偏向シールドシステムも追加のスラスターも大口径レーザー砲も生えてくるってことな。なるほど、完全に理解したわ」
俺と胃の辺りを押さえたままのフウシンからクリシュナ超兵器説を聞いたティーナは神妙な顔でそう言って頷き、それからすぐに真顔になった。
「いくらなんでも与太やろ、それは。ブラックボックス周りはどうにもでけへんって言うても、うちらがどんだけクリシュナを弄ってると思ってんねん。未知の部分はあってもクリシュナは戦闘艦やぞ? 機械やぞ? そんなポンポン機能が生えてくるわけあるかい」
「いやまぁそれはそう。信じられないよな。正直俺も半信半疑だ」
ティーナの真顔のコメントに俺も思わず頷いて同意した。
わからんでもないよ? こう、ありがちだよな。異世界から現れた勇者が強力な聖剣を携えて現れる、みたいな話は。元の世界での娯楽小説の類にもよくある描写だし、なんならこっちの世界の娯楽系コンテンツにも似たような内容のものは山ほどある。不思議だよな。全く別の世界のはずなのに、そういったコンテンツにはある程度の類似性があるってのは。
まぁ、今はその辺りの話は横においておこう。問題は、その聖剣にあたるものが俺の場合小型戦闘艦であるクリシュナだということだ。確かに物語では聖剣の秘められた力が何かの切っ掛けを得て解放され、見た目もチェンジ! みたいな展開もある。よくある。だが、クリシュナは戦闘艦だ。テクノロジーと精密機器の塊だ。そんなおとぎ話の聖剣みたいにポンポン秘められた力が解放されたり、見た目が変わったりするわけがない。
「でも、そういうお姉ちゃんが言うような常識が邪魔をしてクリシュナの性能が制限されている、って話だよね?」
「そうですな」
ウィスカの言葉にフウシンが頷く。しかし、ティーナは納得しない。
「せやかてウィー、クリシュナはうちらの知っとる技術と明らかに互換性がある技術を多数使うとるやろ。武器だけで言うても散弾砲の弾薬然り、対艦反応弾頭魚雷然り、足回りやシールドジェネレーター周りの動力伝達回路然り。他にもそんな例は数え切れへんで? 特に消耗の大きい足回りに関してはうちらがレプリケーターで作った予備部品との交換だって何度もしとる。クリシュナが兄さんがこっちの世界に来た時に生成された聖遺物とかいう訳のわからんモンだとしたら、うちらの技術で作られた部品が適合して問題なく動作すんのはおかしいと思わん?」
俺が聞いてもそれはそう、と納得できるような地に足がついた理論をティーナは展開したが、ウィスカはその主張に小首を傾げてみせた。
「それに関しては確かにそうだけど、それはお兄さんが『そうあるべきだ』と思っているからとかなんじゃないかな。私達がクリシュナに触り始める前からお兄さんはコロニーの港湾区画が提供している整備サービスを利用してクリシュナを整備していたはずだよ。当然お兄さんはその時に『コロニーに停泊すればクリシュナはちゃんと整備サービスを受けられる』と考えていたんだろうから、クリシュナがそのように『適合』したんじゃないかな?」
「んなアホな……それじゃあクリシュナにまるで意思でもあるみたいやないか」
ウィスカの斜め上にぶっ飛んだような理論展開を受け、ティーナが頬を引き攣らせながらハンガーに鎮座しているクリシュナを見上げる。
「実際近いものがあるんじゃないかなぁ。だって、そうとでも考えないと辻褄が合わないよ。恐らく、クリシュナはお兄さんと一緒にこの世界に合わせて適合を進めてきたんだよ。この世界の技術者にありとあらゆる場所を観測されて、整備されると同時にこの世界の技術に適合するように自己改変を進めてきたんだ。つまり、だよ?」
「つまり?」
「クリシュナは私やお姉ちゃんみたいなこの世界の技術者が見ても何の疑問も抱かないように今も『擬態』しているんじゃないかな。本当は、ジェネレーター周りと同じように隅々まで私達の技術体系じゃ理解できないようなブラックボックスなのかも」
「うせやろ……ウィーは頭が柔らか過ぎるわ……お姉ちゃんもうついていかれへん」
ついにティーナの心が折れてしまったのか、彼女は両手で顔を覆って俯いてしまった。
「ウィスカ、あんまりお姉ちゃんを虐めるなよ」
「虐めてないです。むしろ虐めているのはお兄さんとクリシュナだと思いますけど」
そう言ってウィスカが俺にジト目を向けてきた。そんなこと言われても、俺だってクリシュナがそんなトンデモ戦闘艦だって今の今まで知らなかったし。
「専門家のフウシン氏としてはウィスカの推測はどう思う?」
「私も落ち人や聖遺物に関しては聞きかじった程度の知識しか持ち合わせていないので、専門家などと呼ばれるのは烏滸がましいのですが……しかし、落ち人が創り出し、携える聖遺物は落ち人の意を汲んでその形や性能をある程度は柔軟に変えると聞きます。ウィスカ殿の推測は的を射ているのではないかと」
「つまり、クリシュナは戦闘艦の形をした一種の生物なのか?」
「いえ、聖遺物は生物ではないという結論が出ていたはずですな。意思があるわけでもないと聞いた覚えがあります。ただ、主の意思に呼応する性質があると」
「ふーむ……?」
ある程度俺の意に沿って性質を変化させる特徴がある、強力な武器のようなものだというわけか。クリシュナが強力な兵器であるというのは俺を含めたクルー全員が言われるまでもなく理解していることだが。
「ただその、このサイズ、かつ航宙戦闘艦の姿の聖遺物というのは恐らく前例がないので……一体どれほどの性能を秘めているのかまではわかりませぬな。私が言えるのは、恐らく前例のないレベルの強力な聖遺物だろうということです」
そう言ってフウシンは畏怖を込めた視線をクリシュナに向け、ぶるりと身を震わせた。彼の頭の上の丸い獣耳がしきりに動いているのは、もしかしたらクリシュナが放つ威圧感のようなものを感じているのかもしれない。俺には全く何も感じられんが。
「はーい、しつもん。どうしてクリシュナが前例の無いレベルの強力なせいいぶつ? とかいうものだってわかるんや?」
「それは簡単なことですな。聖遺物というのは物質化したアストラル体――と言っても通じませぬか。ううむ……そうですな。つまり、物質化した高次エネルギー体なのです。物質として安定した反物質のようなものだと思って頂ければ」
「ぶっしつとしてあんていしたはんぶっしつ」
「うちゅうのほうそくがみだれる」
フウシンの説明を聞いた整備士姉妹の目からハイライトが消えて無表情になる。何故か背後に銀河とか猫の顔が見えるような気がするのは気のせいだろうか。
ちなみに、反物質というのはごく少量でなんかスゴイエネルギーを発生させるヤバい何かだ。航宙艦のジェネレーターや反応弾頭に使われている……らしい。宙間太陽光発電とかで発生させている大量のエネルギーを使って生成してるらしいよ。詳細は知らんけど。
「どれだけ稀有なものなのかは理解頂けたようで何よりですな。つまり、デカければデカいほど秘めているエネルギーも大きいということです」
「兄さん、ちょっとうちクリシュナを触るの怖くなってきたんやけど」
「危険手当とか出ません?」
「出ません。これはちょっと変わってるけどただの小型戦闘艦。メーカー不詳のユニークな小型戦闘艦。決して爪の先ほどの欠片が反応するだけで全てを吹っ飛ばすような危険な物体ではない。イイネ?」
「欺瞞! フウシンはんがさっきから胃を押さえてる意味がわかってきたわ!」
「お兄さんに労働環境の改善を要求します!」
整備士姉妹が両手を振り上げ、ぴょんぴょんと跳ねながらやいのやいのと騒ぎ始める。
「大丈夫大丈夫! 今までも大丈夫だったから大丈夫だよ! ヨシッ!」
「どこがヨシッ! やねん!? このサイズの反物質が対消滅起こしたらそれこそ星系一つ吹っ飛ぶわ!」
「んなこと言ったって今更クリシュナを使わないわけにも行かないだろ! ブラックボックス搭載、出所不明の航宙戦闘艦って時点でハイリスクなのはわかってたじゃないか! 今更だ、今更!」
「それは……! それはそうですけど……ッ!」
騒ぐ姉妹を落ち着かせるのに滅茶苦茶苦労したが、最終的には「あくまで例え話だから。危険はない。多分」というフウシンの言葉と、ヴェルザルス神聖帝国で危険が無いかしっかり調べてもらうということで、なんとか落ち着いてくれた。
いやはや、先が思いやられるな。




