#506 「……なんだか負けた気分なんですが」
残念ながら、厨房には食材らしい食材は殆ど存在していなかった。聖堂に備蓄されていた食料というのは基本的にほぼ全てがヴェルザルス神聖帝国産のレトルト系食品であったからだ。それも封を切って加熱器で温めるだけでいいタイプの。一応、鍋に移してから加熱する味噌汁というか豚汁っぽいものがあったが、これもフリーズドライになった各種の具やら何やらを水で戻しつつ温めるだけのもので、調理に使うのは難しそうだった。
いや、一部の具だけを抜いて使うことは出来そうだったが、その一部の具を失った汁物をどう処分するのか? という話だな。残りは廃棄、みたいなことは流石にちょっと気が咎める。もったいないお化けが出てくるよ。
「お、意外といけるやん。兄さん、これ美味しいわ」
「むむ……雑なのに結構美味しいですね」
俺が作った焼き飯もどきを食べたティーナとコノハが俺に感想を伝えてくれる。コノハの「雑」という評価も仕方なしの出来ではあるが、自分としては結構頑張ったと思う。
前述のように、厨房にはまともな食材などほぼ存在しなかった。だが、よく探すとグラッカン帝国のレーションにも入っているあの塩辛いソーセージが入ったパッケージと香辛料の類、そしてヴェルザルス神聖帝国産の醤油のようなものだけは見つかった。そして厨房の設備だけはまともなものだったし、大きめのフライパンやら何やらの調理器具もあった。
そこで細かく刻んだソーセージ(のような何か)を原料不明の食用油で炒め、そこにパックのご飯を投入して炒めてから醤油のようなソースを少々回しかけ、醤油が香ばしく焼けた辺りでパパッと香辛料を適量ふりかけて焼き飯もどきをでっち上げたのだ。
雑な男飯だが、油と香辛料が良かったのか、我ながら結構上手く出来たと思う。
「本当に、無駄に変なスキル身に付けてるわよね……あー、お酒が進む味だわ」
「うーむ、美味い。即席飯も悪くはないが、久々にちゃんとした料理を食べている気がする」
エルマとランシンが焼き飯をつつきながら酒をチビチビと飲んでいる。飲み屋街のラーメン屋でチャーハンを肴にビールを飲むおじさんか何かかな?
「ヒロ様の作ったお料理、人気ですね」
「こっちのご飯は美味しいけど万人向けの上品な味だからな。ああいう雑でジャンクな感じの味付けのものをたまに食うと美味しく感じるんだと思うぞ」
俺はと言うと、俺が大量に作った焼き飯を食べるうちのクルーや神殿の面々を眺めながらミミやクギ、モエギ達が作ってくれた本来の聖堂のご飯を頂いている。メニューは豚汁のような具沢山の汁物と、だし巻き卵のようなものだ。このだし巻き卵もフリーズドライ系レトルトらしい。一体どうやっているのかわからんが、凄い技術だ。
「……なんだか負けた気分なんですが」
「我が君のなさることなので」
モエギがチベットスナギツネみたいな顔をしながらもそもそとおにぎりを口に運んでいる。ちなみに、彼女もしっかり小皿にさらっと一杯分、俺の焼き飯を試食していた。
ところでクギさんや。それはフォローになっていなくないか? 別に良いけどさ。しかしまぁ、塩おにぎりも嫌いじゃないが、やっぱり冷めると今一つだな。海苔があれば少しはマシだと思うんだが、海苔はいままでこっちで見たことがないんだよな……となると、アレが良いか。
「焼きおにぎりにしてみるとか、おにぎりのバリエーションを増やしたらどうだ?」
「やきおにぎり……?」
「あれ? 知らない……?」
どうにもこの世界の飲食物関係は虫食いになっているというか、どこか宇宙進出の過程でロストしたようなところがあるんだよな。食い物は割と豊かでバリエーションも多いのに、これがあって何故それが無い? みたいなものが結構ある。恐らく宇宙に進出した際に気圧の関係で破裂などを起こしやすいだとか、熱や煙が生命維持システムに負担を与えるだとか、そういう関係で宇宙空間に長らく持ち込まれなかったものや調理という文化自体が衰退したか、喪失したかしたんじゃないかとは思うが……食品史的なものを研究している研究家とかいないのかね?
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モエギに焼きおにぎりの作り方をレクチャーし、今日のところは御暇することにした。あとでフウシンに差し入れてみるそうだ。そういえば食事の場にフウシンが居なかったが、一応聖堂の長ということもあって一緒に食事を摂ると周りを萎縮させてしまうということで気を遣って、基本的に執務室で独りで飯を食っているらしい。それはそれで少し寂しそうなんだが……まぁ、彼らはいざとなればテレパシーですぐ繋がることができるんだろうから、そうでもないのかね?
「それで、サイオニックテクノロジーの端緒は掴めそうだったのか?」
「いや全然駄目だねぇ。基礎の基礎からちゃんと学ばないとどうにもならなそうだよ」
「本当に技術体系が全く違い過ぎて、どうにもならない感じです」
『1+1が気分次第で5とか8とかになるって言われるともうお手上げだねぇ』
「気分ってなんやねんって真顔になったわ」
「さようか……まぁ懲りずに頑張ってくれ」
それがクリシュナの強化に繋がったら儲けものだしな。或いはヴェルザルス神聖帝国の船と戦う時のヒント――いや、流石にそれは無いか。ヴェルザルス神聖帝国とやり合うようなことにはならないだろうし、なったら詰むからな。そうならないように立ち回るつもりだ。もしそうなったら「爆発して星系ごと吹っ飛ばすぞ!」みたいな脅しをかけて逃げる他ない。それですら成功率が低そうだが。
「明日はどうするかね……あまり連日お邪魔するのも、文字通りあちらさんのお邪魔になりそうだから控えたいんだが。出発の用意はできているよな?」
「はい、ばっちりですよ!」
ミミがそう言って良い笑顔でサムズアップする。俺自身は用意を特に何もしていないのだが、別に何か特別必要なものがあるわけでもなし。俺が使う日用品のストックに関してはメイが管理してくれているので、抜かりはあるまい。
俺もどうかとは思っているんだぞ? そんなことをメイに任せっきりにしてしまうのは。しかし主にお使えするメイドロイドとしてこれだけは譲れないと言い張って聞かないので、仕方なくメイに任せているんだ。まぁ、本気で俺が拒否すればきっとメイも引き下がるんだろうが、そこまでして拘るほどのことでもないからな……こうしてヒトはメイドロイドというか機械知性に堕落させられていくんだろうか。
「それじゃあ明日は船でゆっくりしようか」
「えー? もう少しサイオニックテクノロジーについて調べたいんやけど」
「こっちで中途半端に学ぶよりも、ヴェルザルス神聖帝国に行ってちゃんと基礎から学んだほうが良いだろ……」
「お姉ちゃん、私もお兄さんの言葉に賛成だよ。興味深いのは確かだけど、今の私達じゃ理解の端っこにすら手が届かないよ」
「んむー……しゃあないか」
ウィスカが俺の言葉を支持し、それによってティーナが折れてくれた。ショーコ先生に目を向けると、彼女も頷いている。どうやらショーコ先生も俺の意見に賛成であるらしい。
「ネーヴェの治療も進めないといけないからねぇ。もうじきにポッドから出られるはずだよ」
『それは初耳だね。どれくらいでかな? 明後日とか?』
「流石にそんなに早くは無理だねぇ。まぁ、一週間くらいは見てほしいかな?」
「それでも一週間なのか」
帝都で大枚を叩いて買い集めた素材とやらが役に立ったのかね? まぁ、ネーヴェがポッドから出て、自分の足で自由に歩けるようになるのは喜ばしいことだ。ショーコ先生には是非その調子で頑張って頂きたいね。




