#501 「またなの?」
「またなの?」
ヴェルザルス神聖帝国の聖堂で挨拶を終え、お茶を馳走になって帰ってくるなり食堂に皆を集めて一応ヴェルザルス神聖帝国に気をつけるように言ったのだが、エルマに呆れられてしまった。どうやら無用の警戒をしすぎだと思われてしまったらしい。
「俺が凡百な一山いくらみたいな雑魚傭兵ならこんなことを心配する必要は無いと思うんだがな。あと、相手が俺に秘められたサイオニックパワーになんて殆ど興味もなければ認知すらしていないグラッカン帝国なら。だが、今から俺達が行くのは精神文明国家で、かつサイオニックパワーに対する理解が深いヴェルザルス神聖帝国だ。俺みたいな人間の利用の仕方なんてものもよく心得てる連中の国だぞ? 警戒するに越したことはないと思うんだが」
「そうは言うけど、それは同時にあんたみたいな落ち人? とやらの危険性を一番よく知っている人達ってことでもあるわよね? 心配はいらないと思うけど」
「俺みたいな存在がどれだけ危険なのかということを知っているのなら、その対策も研究していて然るべきだろ。俺が『爆発』した時に発生させるエネルギーすらそのまま利用するような技術を開発しているかもしれん。そもそも、その俺が爆発すると大変なことになるって情報すらヴェルザルス神聖帝国からの情報だ。俺達に話していない情報がどれだけあるかもわからん。油断はしないがいい」
エルマの物言いに反論する。危険であればこそより研究して利用しようと考えるのが人間というものだ。そもそも、彼らが俺に全てを話しているという証拠もない。
「あの……我が君。此の身どもはそういう陰謀めいたことは何も、本当に何も考えていませんから。本当に、本当なんです……」
そして、そんな俺とエルマを見ながらクギが涙目になっている。というか、祈るように訴えかけてきている上に今にも泣きそうである。泣くのは反則だろう……。
「あの、ヒロ様。流石にクギさんがかわいそうというか……クギさんのことも疑っているんですか?」
「いや、クギのことは疑ってないけど、クギを疑っていないということとヴェルザルス神聖帝国を信用するというのは別の問題だろう。クギが知らないだけで、俺みたいな落ち人を捕らえて利用しようという思惑がヴェルザルス神聖帝国には存在するかもしれないし」
俺のミミへの返答を聞き、ティーナが苦笑いを浮かべる。
「兄さんのは殆どビョーキやなぁ……」
「うーん……確かに少し疑り深いと思うけど、私は警戒するに越したことはないと思うな。相手が国となると、国益に沿うかどうかというところが判断基準になると思うし」
『それに関しては完全に同意だね。キャプテンが宇宙帝国という巨大な組織を警戒するのも無理はないと思うし、私はキャプテンの意見に同意するよ』
「そうだねぇ。とはいえ、実際のところヒロくんの爆発を制御したり、その爆発すらも利用するなんてことが可能なのかね? ヒトの精神や意識を完全に壊し、制御する方法もまぁ無くはないけど、一歩間違えれば超新星爆発の数倍から十数倍、下手したらそれ以上のエネルギーが放出されてしまうんだろう?」
ショーコ先生の言う通り、俺みたいな落ち人というのは敵対的な方向で手を出すにはリスキーな存在であることは確かだな。ヴェルザルス神聖帝国の人達が言うことを信じるならば。
「いくらヴェルザルス神聖帝国が私達の理解が及ばないサイオニックテクノロジーを有しているとは言っても、そんな巨大なエネルギーを制御できるとは流石に思えないよ。そんなエネルギーを扱えるくらいの技術レベルがあるなら、とっとと銀河全体をまとめ上げて彼らの使命とやらを達成するために動いているんじゃないかな?」
確かにそれはそうだ。そんな巨大なエネルギーを完全に制御し、自由に利用することができるなら銀河の覇権を手にすることなど容易なことだろう。
「だけど、現実にはそういうことはなく、彼らは然程広くもない領土内に引きこもり、外界との接触を最低限にして自分達の使命を達成しようとしている。ということは、そこまでの技術力を有してはいないと考えるのが妥当で、そうなるとクギくんの言う通りヴェルザルス神聖帝国としてはヒロくんを必要以上に刺激せず、何か困ったことがあった時にお互いに協力しあえるような関係を構築する、というのが最適解になると思うのだけれど」
ショーコ先生の発言には一理あるように思える。少なくとも、俺の漠然とした警戒感よりは筋道が通っているような気がする。うーん、確かにそう言われるとそうか? 俺を陥れて利用できるだけの技術力があるなら、前にクギが言っていたヴェルザルス神聖帝国の民の贖罪だかなんだかとかいうお勤めもとっくに果たしてるか? そう言われればそうかもしれない。
「今日行った聖堂でも下にも置かない扱いだったし、わざわざゲートウェイを使って遥か遠くの本国から護衛艦隊まで回してくれるって言ってくれてるのよ? ゲートウェイの使用に関してはグラッカン帝国にも勿論通達が行っているわけだし、ヒロがヴェルザルス神聖帝国に足を運んだ件に関しては帝国だって承知してるわけ。そしてヒロはゴールドスター受勲者で、帝国の名誉子爵でもあるの。そんな貴方がヴェルザルス神聖帝国に行ったまま戻ってこないとなったら国家間の問題になるわよ」
ショーコ先生の後に続き、今度はエルマがグラッカン帝国の貴族としての視点から話を始めた。
「しかも侯爵家、伯爵家、子爵家が関わる婚儀も控えている上に、同行者の一人はその当の婚約者で子爵家の縁者。あと、非公式だけどミミは皇帝陛下の姪孫。そういう立場が私達や貴方を守ってくれるわ。ヒロにとっては面倒なしがらみでも、そういう視点で見ればしがらみは私達の身を守る鎧にもなるの。だから、ヒロもそろそろ自由な根無し草のいち傭兵って自己認識を改めなさい」
「耳が痛いなぁ……でも柵が鎧にもなるって視点は新しいな。なるほど」
ゴールドスターだの名誉子爵だのといった勲章や立場は帝国につけられた首輪みたいなもんだと思っていたが、逆に他の宇宙帝国から身を守る鎧にもなるのか。確かにそうか。グラッカン帝国からすれば自分が首輪をつけた犬を勝手に連れ去られて檻に入れられたりしたら、舐めてんのかてめぇって話になるものな。そもそも敵対しているベレベレム連邦相手には無意味だろうが。
「うーむ……それじゃあ、警戒は……ほどほどに?」
「そうね、程々にしておきなさい。悪意を持って陥れられるようなことはないかもしれないけど、ハニートラップだとか、情に訴えた取り込み工作くらいはあるかもしれないから。ヒロはお人好しで困った可愛い女の子を見ると助けずにはいられないでしょ? そういうのだけは本当に気をつけなさい。あまり節操なしに女の子を拾ってくるんじゃないわよ?」
「今までにも節操なく拾ってきたみたいな言い方はよさないか……?」
もし俺が本当に節操なく女の子を拾ってきていたら、今頃ブラックロータスは満員になっているぞ。多分。いや、流石の俺にもそこまでの女子吸引力は無いと思うけど。
「ほら、それよりもあんたに疑われてクギが泣きそうになってるわよ。なんとかしなさい」
「はい。クギ、疑ったりしてすまなかった。クギのことを疑ったりはしてないから。どうか許してくれ」
「いえ、我が君が此の身どもの国を信用しきれないのも此の身の不徳と致すところです。今後はより我が君からの信を得られるように努力いたします……」
「いや、クギが悪いわけじゃなくてな……? 本当にごめん」
俺の疑り深さがクギを深く傷つけてしまったようだ。これは俺の性分なのでそうそう直せそうに無いが、今後はもう少し視野を広く持つべきだな……反省しよう。
『私はキャプテンの考えがおかしいとは思わないけどね。国家という巨大組織の前には個人の命や尊厳なんてゴミみたいなものさ。油断するといいように使い潰されるよ』
「ネーヴェも混ぜっ返さないの。あなたが国家というものに不信感を持ってるのは理解できるけどね。はい、とりあえずこの話はこれでおしまい。迎えの艦隊が来たらしばらくグラッカン帝国を離れることになるんだから、帝国内でしか出来ないことがあるなら早めに済ませておくのよ。家族への連絡とかね。ティーナとウィスカには連絡する相手が結構いるでしょ?」
自身の経験から国家に対する不信感を顕にするネーヴェを窘め、エルマがこの場をまとめる。うーん、やっぱりエルマは頼りになるな。年の功とか言ったら腕をへし折られそうだが。
「ん、せやな。母ちゃんとかアイリアとかにも連絡しとくわ」
「私も養父に連絡しておくかねぇ」
ティーナだけでなくショーコ先生もそう言い、この場は解散ということになった。俺はクギのフォローをしなきゃいけないな……クギの言う通り本当に何事もなければそれに越したことは無いんだが……実際にどうなるかは行ってみないとわからんよな。とりあえず、明日は聖堂に行って色々話を聞いたりしてみるか。




