#049 駆除開始
その後の宙賊掃討も滞りなく……とは行かなかった。
「釣れませんね」
「想定内っすね」
一週間ほどで宙賊が釣れなくなったのである。まぁ宙賊もおバカではないということだな。釣れた宙賊は一隻も逃さずに殲滅しているが、落とすまでに通信を一切させないというのも難しいものだ。恐らく何らかの方法で手口がバレたのだろう。
「さて、どうするか。例の対策します?」
例の対策というのは、船のIDと船名を変えるという姑息な手段である。本来、船に固有で登録されているIDはそう簡単に変えられるものではないが、セレナ少佐は体制側の貴族である。その辺りの処理はお手の物だ。後は適当に外装やペイントを変えてやれば宙賊に対する疑似餌として再び機能するようになるだろう
セレナ少佐の挙げている戦果はすでに帝国航宙軍の上層部でも評価され始めているようで、囮用船舶の購入費についても経費として認められそうな流れであるらしい。場合によっては今使っている船とは別に囮用の船を用意できるかも知れないとのことだ。
輸送艦に関しては囮に使っていない時には補給艦や兵員輸送艦としても使えないこともないので、そう言う意味でも完全に無駄にはならないだろうということらしい。
「それも良いですが、そろそろ元を断っても良い頃ではないですか?」
俺の提案にセレナ少佐が首を傾げる。
「確かに今まで撃破した数を考えるとそろそろ奴らの手駒も打ち止めですかね」
囮を使った宙賊掃討作戦で撃破した宙賊艦の数は既に二〇〇隻を越えている。ゲームであればああいうザコ敵というものは無限にいくらでも湧いてくるものであるが、これは現実である。失われた船はスクリプトに従って自動生成されるわけではなく、命を失った宙賊が生き返るわけでもない。一つの恒星系に存在する宙賊の数は有限だ。
だが、銀河全体で見れば奴らの数は無尽蔵である。一時数を減らしても、拠点があれば周辺の恒星系から少しずつ集まり、その数を増やしていずれ息を吹き返す。
拠点を潰しても完全に撲滅することは難しいが、さりとて補給や整備を行う拠点を失えば満足に活動することはままならなくなる。確実にその数は少なくなるし、組織だった襲撃は難しくなる。
「では、潰しましょう」
奴らの拠点の場所については今までに撃破した宙賊のデータキャッシュから角度の高い情報を得ている。セレナ少佐は宙賊の基地を撃滅することを選んだようだ。
「手筈はどうします? また籠を作りますか?」
「包囲殲滅は基本ですね。傭兵ギルドにも討伐協力を要請しましょう」
ここで自分達だけでやると言わない辺り、セレナ少佐は優れた軍人だと思う。自分だけの手柄に拘らずに確実性を取れるという点で。
「俺はどうします?」
「無論、参加してもらいます。条件は他の傭兵と同じにさせていただきますが」
「条件次第ですね」
それは即答はせず肩を竦める。
「しっかりしていますね」
セレナ少佐が苦笑いを浮かべる。契約外の勤務となれば別途報酬をいただくのは当たり前ですから、ええ。俺達傭兵は慈善事業家ではないので。
「もし私達だけで宙賊の拠点を殲滅するとなると、どの程度の戦力が必要ですか?」
「殲滅となると、今の戦力に加えて前衛としてコルベットが最低三〇隻、盤石にするなら五〇隻は欲しいですね」
単に宙賊の基地を破壊するだけならこの艦隊だけでも十分だ。基地と言っても所詮ちょっとした補給基地、前哨基地だから、戦艦一隻に巡洋艦が五隻もいるこの独立艦隊だけでも火力は足りる。敵基地の防衛設備の射程外から一方的に基地を叩けるだろう。
だが、殲滅となると話は変わってくる。基地を襲撃された宙賊はありったけの物資を船に積み込んで四方八方に散って逃げる。それを防ぐには奴らを足止めする多数の前衛部隊を突入させる必要がある。セレナ少佐の率いる今の対宙賊独立艦隊だけでは手が足りない。万全を期すなら俺が言っただけの数の前衛を務めるコルベットが必要になるだろう。
三〇隻から五〇隻のコルベットというのはちょっとした戦力だ。足が非常に早く、それでいてそこそこの打撃力を有するコルベットという艦種は偵察力と即応性、至近距離での格闘能力に関しては他の艦種の追随を許さない。
軍の上層部でも長射程・重装甲・高火力を有する戦艦や巡洋艦の増産を推す大艦巨砲主義者と、コルベットや駆逐艦の機動性・即応性・高制圧力を推す早期展開・電撃戦至上主義者が鎬を削っているとかなんとか。
「それだけの数のコルベットを私の部隊に配備するのは非常に難しいですね」
「でしょうね。足りない分は外注すれば良いでしょう。これまで通りに。そのために傭兵ギルドがあるわけですから」
「そうですね」
そう言いつつ、セレナ少佐はその細い顎に手を当てて何かを考えているようだった。恐らく、どうにか対宙賊独立艦隊の増員が出来ないかどうかを考えているのだろう。そこは彼女の軍人としての領分だ。俺に助言できることはない。
「データは揃っています。軍の司令部に作戦の実行許可を上奏しましょう」
☆★☆
セレナ少佐の上奏から二日後、作戦は実行に移されることになった。今回の作戦には星系軍は参加しない。セレナ少佐率いる対宙賊独立艦隊は昨日のうちに整備を済ませ、別の恒星系に移動したと見せかけてアレイン星系内に潜伏中である。
今回のテーマは奇襲だ。宙賊どもに情報が漏れる前に素早く戦力を展開し、不意を衝いて一気に宙賊どもを殲滅する。ブリーフィングは予め録画しておいたホロ動画によって行われ、アレインテルティウスコロニーの傭兵達はブリーフィング後に即座に襲撃地点へと急行することになっている。
作戦決行時間丁度に各艦は超光速ドライブ状態を解除し、一斉に攻撃を開始する予定だ。
「ヒロ、そろそろ時間よ」
「はいよ。ミミ、準備は?」
「いつでも大丈夫です!」
俺達はクリシュナのコックピットで作戦決行時間に備えていた。周りには同業の船が沢山いる。彼らと超光速ドライブを同期して作戦領域へと向かう予定である。ジェネレーター出力を待機モードから巡航モードへと切り替え、超光速ドライブを待機状態にする。
「久々の実戦になるわね。腕は鈍ってない?」
「多分な。そっちこそ大丈夫か?」
「出力調整とサブシステムの制御くらいお手の物よ。私を誰だと思ってるの?」
エルマが挑発的な笑みを浮かべてみせる。これは大丈夫そうだな。俺もシミュレーターでだがクリシュナを動かすこと自体はやっていたから問題はないと思う。多少感が鈍っているかも知れないが、戦っているうちに戻るだろう。
「超光速ドライブ、チャージ開始しました。起動まで5、4、3、2、1……超光速ドライブ起動」
ズドォン、という爆発音のような音と共にクリシュナが一瞬で光を超えて走り出す。基本的に真空に近いと言われる宇宙空間で何故このような音が鳴るのか? 調べてみたがさっぱりわからなかった。
いや、調べても情報が出てこなかったわけではない。情報は出てきたがさっぱり理解が出来なかったということだ。なんでも超光速ドライブ時にシールドと船の構造材とその質量が干渉してなんたらかんたらと書いてあったが、俺にはチンプンカンプンである。超光速ドライブの仕組みについても見てみたがやはり俺には理解不能であった。
まぁ、いいんだよ、そういうのは、うん。別に仕組みや構造を知らなくたってスマホもパソコンも電子レンジもテレビも使えていたんだから。仕組みを知らなくったって船くらい動かせる。
「今回はどれだけ稼げるかしらね?」
「さてな。固定給は作戦終了時の五万エネル、成果給は小型艦一隻五千エネル、中型艦一隻二万エネル、大型艦一隻一〇万エネル」
「この前と同じですよね?」
「まぁ相場ね。それに加えて賞金と撃破した艦の積荷って感じで。軍主導の大規模討伐はいつもそんな感じよ。腕があれば確実にいつもより稼げるから、傭兵はこぞって参加するわね。巣を突かれて慌てて飛び出してくる宙賊の船は物資もたんまり持ってるし」
そのままにしておいても軍の船に基地ごと吹っ飛ばされるので、宙賊艦は戦利品の類を積めるだけ積んで基地から飛び出してくる。戦闘時の機動性などを考えれば余計な荷物は少ないほうが良いのだが、どうせ宙賊側に勝ち目はない。ならばと一縷の望みに賭けて物資を満載してでてくるのである。逃げ切れさえすれば積荷を売ってとりあえず当面の資金を得られるからな。
「さーて、暴れるかね……セレナ少佐は上手くやるかな?」
「上手くやるでしょ。あの人、軍人としては優秀だし」
「あはは……」
エルマの物言いにミミが苦笑いを漏らす。うん、先日のやらかしはまだ記憶に新しいものな。
「そろそろ目標のポイントに到達します。超高速ドライブ終了まで5、4、3、2、1……」
再びドォン、と爆発音のような音が響き、流星のように後方に流れ去っていた星々が停止する。通常空間に戻ったのだ。
程なくして対宙賊独立艦隊による艦砲射撃が開始された。戦艦と巡洋艦から放たれた大口径のレーザー砲やプラズマキャノン、磁力投射兵器による無慈悲な砲撃が宙賊の根城らしき小惑星に突き刺さり、その表面と内部構造物を破壊していく。
「派手にやるなぁ」
「展開している宙賊艦が殆いないわね。完全に奇襲が決まってるわ」
「俺達の獲物、出てくるかね?」
もしかしたら宙賊艦が展開する前に砲撃で片付いてしまうかもしれない。それはマズい。折角の稼ぎどころだというのに。
クリシュナのジェネレーター出力を戦闘モードに引き上げ、宙賊の基地へ向かって加速し始める。他の傭兵達も宙賊基地へと急行しているようだ。
「レーダーに反応多数、宙賊艦が展開を開始しました!」
「そいつは重畳。これでボウズってことにはならないな」
「ウェポンシステムをオンラインにするわ」
エルマの宣言と同時にクリシュナの前方部分が変形し、重レーザー砲を備えた武器腕が四本展開される。同時に、コックピットの左右から太い砲身が前に向かって伸びた。絶大な威力を誇る大型の散弾砲だ。
「よっしゃ、行くぞ!」
雄叫びを上げて俺とクリシュナは戦場へと身を躍らせた。




