表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
485/577

#480 「どうしてこんなことに……」

遅れたぜ!_(:3」∠)_(威風堂々

「どうしてこんなことに……」


 セレナの兄、レオンにほぼ強制的に連行されてきた場所。それはだだっ広い訓練場であった。


「フロア一つを訓練施設にしてあるんだ! 我がホールズ侯爵家は帝国の武門だからな! 男子だけでなく女子もそれなりの訓練を積んでいるぞ! まぁ、セレナの場合はそれが行き過ぎたんだが」


 そう言ってお義兄さんが少し遠い目をする。もしかしたら兄としてそれなりに苦労をしてきたのかもしれない。


「サロンに現れたのはセレナより年下の妹達ばかりだっただろう? それより年上の妹達はとっくに他家へ嫁に行くか、婿を取って本家から出ていてな……」

「なるほど」


 帝国貴族の子女の皆様は結婚年齢が低めなのかね。いや、成人が十八歳くらいなんだっけ? 多分成人を迎える前に婚約して、成人すると同時に嫁に行くなり婿を取るなりするのが常識なんだろうな。そういう意味では早々に俺を捕獲したクリスはちゃんとそのしきたりというか常識にきちんと守っているわけだ。


「まあ、それはそれだ! さっそくやろうか!」

「嫌なんだが……というか、なんかスタンバイ状態の人が沢山いるのはなんなんだ?」

「勿論、君と手合わせをする面々だ! 当然、私もだぞ!」

「すっげぇ嫌なんだが……しかも持ってるの刃引きした剣じゃんか」


 いつだったか帝城で近衛騎士の連中と訓練をした時には高度な判定装置を備えた安全な模擬剣を使ったが、ホールズ侯爵家の訓練場にはそのような装置は用意していないらしい。


「こういうのは嫌いかな? 意外だな。傭兵なんてやっているのだから、好戦的な性格なんじゃないかと思っていたんだが」

「嬉々として危険に飛び込むようなやつは傭兵としては長生きできないと思うよ……大成もな」


 てめぇなんざ怖かねぇ! とか言って無策で強敵に挑むのは死亡フラグ以外の何物でもないと思うんだ、俺は。


「そうなのか……? だが、君は『クレイジー』なんて二つ名で呼ばれるほどの命知らずだろう?」

「周りが勝手にそう言ってるだけだ。結晶生命体の群れに単艦で突っ込む程度で大げさな」

「いや、全然大げさではないと思うが……」

「相互理解って難しいなぁ……まぁ、まったく気乗りはしないけど、お義兄さんがわざわざ人手を集めたのに顔に泥を塗るわけにもいかないか」


 そう言いつつ、模擬剣が沢山置かれている訓練場の片隅へと移動して適当な模擬剣を見繕う。なかなか質が良い、というかこれよく見たら刃をつけていないだけで、材質そのものは貴族が使う単分子刃の剣と変わらないじゃないか。実戦的というかなんというか……金かけてるなぁ。


「これとこれで。少し準備をさせてもらうぞ」

「ああ、恩に着る! 我々も準備をしよう!」


 そう言ってレオン義兄さんは訓練場で待っていた俺の対戦相手達――恐らく全員貴族の子弟――に声をかけにいった。義兄さんは天然のリーダータイプというかなんというか、人を率いる気質を持っていそうな感じだな。強引だけど何故か嫌悪感を覚えないというかなんというか。あれがカリスマってやつなのかね?

 ストレッチをしたり、軽く模擬剣を振ったりして身体の感触を確かめる。いま着ている服は結構かっちりとした感じの余所行き用の服なんだが、剣を振ったりといった戦闘行動を取っても邪魔にならない程度の柔軟性はある。何せ元は軍服だからな。


「こっちの準備は良いぞ」


 両手にいつも使っている大小一対の剣と殆ど同じ長さ、重さの模擬剣を引っ提げてだだっ広い訓練場へと足を向ける。しかしエルマもメイもセレナも着いてきていないけど、何をやっているのかね?


「それじゃあ始めようか! ああ、この訓練場の様子は君の連れやセレナ達も見ているぞ! 精々気張ってくれ!」

「左様で……で、誰から来るんです?」


 恐らくこの訓練場のどこかにカメラというか、光学センサーのようなものが仕込まれているんだろう。となると、サイオニック能力全開でってのは控えるべきか? 使うのは呼吸を止めての時間流鈍化だけにしとこう。


「では、私からお相手願おう」


 そう言って俺の正面へと進み出てきたのは壮年の剣士だった。明らかに俺やレオン、セレナよりも二周りは年上の男性だ。ラウレンツ氏と同年代じゃないかな? 眼光も鋭いし、かなりの使い手のように見えるが。


「いきなり強そうな人が出てきたんだが?」

「……ローレン殿は私やセレナの剣の師だ。ホールズ侯爵家の剣術指南役を務めている」

「Oh……」


 剣術指南役とか絶対強いじゃないか。俺は剣を握ってまだ半年未満の素人なんだけど。


「開始の合図は?」

「そのようなものはない。いつでも来るが良い」

「それじゃ遠慮なく」


 言葉通り、俺は剣を両手にぶら下げて無造作にローレン氏へと間合いを詰めていく。困惑の感情が伝わってくるな。あまりに無防備に見えるからだろう。だが、俺は油断など欠片もしていない。貴族の身体能力なら十歩どころか二十歩程度の間合いなど在って無いようなものである。その辺りは普段からメイを相手にしているから慣れている。メイなら三十歩くらいの間合いも瞬きの間に詰めてくるからな。

 来るか。メイと違って攻撃の意思がビンビンに伝わってくるからわかりやすいな。


「ッ!」

「おっと」


 十歩以上の間合いを一瞬で詰めると同時に繰り出された一刀を左手の剣で受け流し、相手の体勢を崩――せないな。俺が剣を受け流した一瞬で間合いを取ったか。


「……面妖な」

「酷い言われようだ」

「見せてもらうぞ、貴殿の底を」

「やってみな」


 ローレン氏の身体が一回り膨らんだように見えたかと思うと、とんでもないスピードで斬りかかってきた。身体強化のリミッターを外したのか、それとも何か剣術の奥義的なものなのか。それはわからないが、凄まじい剣速だ。

 だが、足りないな。これでは俺には届かない。普段俺を叩きのめしているメイの剣の方がこれよりも速いし、重いんだ。


「ぐっ!?」


 凄まじい速度で俺に向かって剣を叩きつけていたローレン氏が苦痛の声を上げながら俺から距離を取る。剣を取り落とさないのは流石といったところか。


「私の……負けだ」


 ローレン氏の剣を握る手、その指が三本ほど折れ、あるいは千切れかかっていた。彼の手からボタボタと流れ落ちる血が訓練場の床を赤く濡らす。

 ローレン氏は強かった。剣速も速いければ剣捌きも俺が今までに戦ったどの剣士よりも老練だった。

 だが、相手が何処を攻撃しようとしているのか、どの攻撃がフェイントなのかがわかっているなら対処は難しくはない。要所要所で時間流を鈍化させて剣を弾き、受け流してカウンターを入れれば良いだけだ。


「……驚いた。ローレン殿を一蹴するのか」

「後が詰まってるだろ? さっさと来てくれ」

「実戦形式で良いか?」

「良いぞ。ただし、怪我しても責任は取らんからな」


 俺がそう言うと、レオン義兄さんだけでなく他の貴族の子弟達も剣を構えた。

 よっしゃかかってこいや!


 ☆★☆


「どうしてこんなことに……」


 死屍累々。そう表現するのが妥当な光景に俺は溜息を吐いた。肩の骨や指の骨を砕かれて呻く者、血反吐を吐いて震えている者、刃引きされた金属製の剣を杖に辛うじて倒れず、片膝を地面に突いて蹲っている者、その他にも怪我人多数。直ちに死ぬような重傷者はいないが、さりとて決して浅い傷ではない者ばかりだ。


「で、出鱈目だな、義弟殿は……」


 片膝を突いて脂汗を流しているレオン義兄さんが呻き声を漏らす。土手っ腹に良いのが入ったからな、義兄さんには。流石に四方八方から貴族の子弟の剣が飛んでくるような状況では手加減をする余裕など無かった。俺だってなんとか立ってはいるが、割と満身創痍なのだ。というか、俺はこのボロボロになった服で帰るのか? 着替えなんて持ってきてないぞ。


「ちなみに」

「な、なんだ……?」

「俺はまだ本気を出していないからな」

「嘘だろう……?」

「本当さ」


 そう言って俺は貴族の子弟達の手からこぼれ落ちた剣を念動力で掴み上げ、俺の周りで回転させて見せた。本当はもっと危ない力の使い方にも開眼したんだが、そこまで見せる必要はあるまい。


「……サイオニック能力か!?」

「正解」


 念動力を解除すると同時に空中で回転していた剣がガシャガシャと音を立てて床へと落ちる。


「とりあえずこの惨状を収拾しようか」

「そ、そうだな……ぐふっ」


 気力が尽きたのか、レオン義兄さんがべしゃりと床に突っ伏してしまった。責任者が勝手に寝るんじゃない。起きるんだよオラァ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
訓練の方向が痛くなければ覚えませぬ思考じゃないですかー! ただただ単純に脳筋の集いだった >俺は剣を握ってまだ半年未満の素人なんだけど。 驚いて花の帝都編に入ってからの日数をカウントしてしまいまし…
は早々に俺を捕獲したクリスはちゃんとそのしきたりというか常識にきちんと守っているわけだ。 常識を
[一言] やっぱ武門名乗るだけはあるな、ボコボコにされるのわかっててその上で突っ込んだろあいつら 全員でかかったのはそれくらいしなきゃ勝てない事がわかってるからだし、サイオニックで攻撃の兆候がわかって…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ