#479 「これ、断れないやつか?」
少しだけ感覚が戻ってきた気がする( ˘ω˘ )(なお時間
「どうしてこんなことに……」
死屍累々。そう表現するのが妥当な光景に俺は溜息を吐いた。肩の骨や指の骨を砕かれて呻く者、血反吐を吐いて震えている者、刃引きされた金属製の剣を杖に辛うじて倒れず、片膝を地面に突いて蹲っている者、その他にも怪我人多数。直ちに死ぬような重傷者はいないが、さりとて決して浅い傷ではないものばかりだ。
俺の方も身体のあちこちが痛い。攻撃をまともに貰うようなことは無かったが、剣先が掠めたことは何度もあった。いくら刃引きされた剣とはいえ貴族の膂力で振るわれたのだ。その斬撃は容易に俺の服を引き裂き、身体に傷を負わせた。ああ、この服は数少ないよそ行き用の服なのに……。
どうして家族への挨拶に来てこんな修羅場になっているのか? それはな。
☆★☆
不貞腐れ気味のセレナに最初に案内されたのは瀟洒なインテリアがふんだんに配置された応接室のような場所だった。これはアレだろうか、所謂サロンというやつだろうか?
「よく来てくれたわね。さぁ、こっちにきてよく顔を見せて頂戴」
入るなり、すぐに部屋の奥から声をかけられる。奥の方、日当たりの良い場所に何人かの女性が――日当たり? いや、ここは巨大な構造体の中心部に近い場所の筈だから、日光なんて差すわけがない。となると、あの光は所謂人工太陽灯のようなものなのだろうか? じゃあここサロン兼サンルームなのか? よくわからんコンセプトの部屋だな。
そんな事を考えながら人の気配がする方に移動すると、そこには三人の美女がいた。ゴージャスとでも言えば良いのか? 三人が三人ともこう、気品に溢れる感じの美人さんだ。セレナよりも年上だろうから、彼女の姉とかだろうか?
「約束通り、連れてきましたよ。お母様」
「おかあさま……おかあさまぁっ!?」
「何をそんなに驚いているんですか」
驚愕の声を上げた俺にセレナが怪訝な表情でそう聞いてくる。
「いや、何をって……お母様ってことは、セレナのお母さん……ってコト!?」
「そうですけど……こちらが父上の第一夫人のアンネリーゼお母様、こちらが第二夫人で私を生みの親であるヒルデガルドお母様、そしてこちらが第三婦人のベアトリクスお母様です」
紹介された三人のお義姉さん……もといお義母さん達がそれぞれ優雅な挨拶をしてくれたので、こちらもそれに応じて挨拶をする。俺は驚愕の光景に動揺しまくりだったが。
「そんなに驚くことだったかしら?」
第一夫人のアンネリーゼさんがそう聞いてきたので、俺は頷きながら素直な感想を言うことにした。
「凄く驚きましたね。皆さんとても若くて綺麗なので。正直、セレナのお母さんだというのが未だに信じられないくらいで……お姉さんかと」
そう言ってセレナに視線を向けると、彼女は憮然とした表情を浮かべてみせた。
「正真正銘お母様達です」
「そっかぁ……ああ、申し遅れました。俺は傭兵のキャプテン・ヒロです。肩書は……色々あるけど、どれが一番通りが良いんだろうな? プラチナランカーか、帝国の名誉子爵か、それともゴールドスターか」
「プラチナランカー傭兵っていうのが一番無難じゃないかしら」
「だそうです。それで、ええと……何を話したら良いのかね?」
ご家族へのご挨拶ってどうしたら良いのかね? 娘さん以外の婚約者とかメイドロイドまで連れてきているんだが、これはアリなのか? 少なくともエルマもメイも異論はなかったようだから、ナシではないと思いたいが。
「立ち話というのも無いでしょう? こうしていつまでも見上げていたら首が痛くなってしまうわ。そうね、それじゃあセレナとどうやって出会って、どう過ごしてきたのかを聞かせてもらえる?」
第二夫人のヒルデガルドさんの言葉に俺は頷き、エルマ達と一緒に勧められた席に座ってセレナとの出会いやその後の関わり合いについて話していく。無論、俺の出自や歌う水晶を使った件など、話せないことはうまいことぼかしつつだ。
そうしているうちにサロンに人が集まってきた。セレナの姉妹――いや、妹達だ。
「へー、ほー、ふーん……?」
「なるほど」
「あんまり強くなさそうだけど……?」
妹さん達の見た目の年齢はクリスやミミと同じくらいだと思うんだが、お義母さん達のことを考えると本当にそうなのかどうか……お義母さん達のアンチエイジング技術が凄すぎるんだよ。ヒルデガルドさんとかセレナによく似た美人さんなんだが、姉と言われたら納得してしまうような見た目だぞ。まぁ、流石に妹さん達は見た目通りの歳だろう。多分。
「見た目で判断すると痛い目を見ますよ」
「そんなに弱そうな見た目かね……? どちらかと言えば強面寄りだと思うんだが」
俺はあまり目つきがよくないし、こちらに来てからは身体もよく鍛えるようになったから、服の上からでもわかる程度には鍛えた体つきになっているはずだ。脱いだらもっと凄いぞ。
「貴方は戦闘時と平時で雰囲気が違いますからね……」
「なるほど? そりゃまぁ四六時中気を張ってたらいざという時にパフォーマンスを発揮できないからな。しかしそこまで違うかね?」
「違いますね」
「違うわね」
「違うと思います」
セレナだけでなくエルマとメイにも言われてしまった。そんなに? 平時の俺はそんなにボケっとしているように見えるんだろうか……それはそれで少しショックなんだが。
「ふふ、可愛いところもあるのね」
「そうですね。勇猛果敢な傭兵と聞いてどんな人なのかと思っていましたけど」
第一夫人のアンネリーゼさんの言葉に第三夫人のベアトリクスさんが同意している。可愛いと言われてもあまり嬉しくはないが……一体今のやり取りのどこを見たらそんな感想が出てくるのだろうか。
「用意が整ったぞ!」
バンッ! と勢いよく扉を開けながら入ってきた人物に視線を向ける。金髪紅眼の超絶イケメンだ。背も高いが、身体の厚みも凄いな。ムッキムキじゃん。アレと比べられたらそりゃ俺は弱そうだわ。
「兄のレオンです」
セレナが耳打ちしてくる。なるほど、お義兄さん。確かにそうなのだろうな、と思うが何故彼は笑顔でノシノシとこちらに近づいてくるのだろうか。
「貴様がキャプテン・ヒロだな! よし、行こうか!」
「待って待って待って待てってんだよ。どこにだよ……セレナ、説明してくれ」
ガシッ、と俺の両肩を掴んで強制的に立ち上がらせたお義兄さんが俺を引っ張っていこうとするのに抵抗しつつ、セレナに説明を求める。
「レオン兄様、何事ですか。私の婚約者をどこに連れて行って何をするつもりです」
「立ち会いだ!」
レオンお義兄さんが俺の肩に手を回し、一方的に肩を組んでくる。なんだよこの人、滅茶苦茶暑苦しいぞ。
「セレナは今まで相手方の剣の腕を理由に散々縁談を断ってきただろう? そんなセレナが突然婚約をするという。しかも相手はプラチナランカーとはいえどこの馬の骨ともわからない元平民の傭兵だ! それでは納得できないという連中がごまんといる! だからこの俺が彼と立ち会いをして彼の剣の腕を証明するというわけだ! それじゃあ行こうか!」
「これ、断れないやつか?」
「諦めなさい」
エルマが気の毒そうな表情を俺に向けてそう言った。嘘だと言ってくれ……。




