#469 「それはなんというか、俺に都合が良過ぎないか?」
毛布が気持ち良すぎて三時間も寝坊した^q^
ブラックロータスで留守番をしていたメイとティーナ、ウィスカの三人も誘ってクリスを交えたお茶会――というほど高尚なものではないが、まぁとにかく一服した。
話題には事欠かなかったが、こちらの近況を話したり、あちらの近況を聞いたりと会話の内容は差し障りのないものに限ったのだが。
「結構アレだよな。立場的に話しづらいというか、話すのはまずい内容が結構あるよな」
「それは立場上仕方がないことかと……結婚すればそういうことも殆ど無くなると思いますけど」
「クリスと結婚ね……実際のところ、伯爵は本当に賛成してるのか?」
「はい、お祖父様はヒロ様との結婚について後押しをして下さっていますよ。お父様とお母様が亡くなって、叔父様もその……病死されたので。お祖父様が私に伯爵位を継がせると決めてからは婚約の申込みが殺到してきていたんですけど、お祖父様が言うにはどれもこれもダレインワルド伯爵家を食い物にしようと目論んでいる卑しい思惑が透けて見えると」
「そんな連中にクリスを差し出すくらいなら、どこの紐付きでもないヒロとクリスを結婚させて、クリスが一人前になるまで自分が後ろ盾になる方が良いってところかしら?」
「はっきりとそう仰ったわけでありませんが、恐らくはそんなところかと思います。ホールズ侯爵家との縁が思ったよりも強くなりそうなのは懸念点ですが、セレナ様はルシアーダ皇女殿下の唱えた序列論に異を唱えはしなかったので、なんとか折り合いはつけられるかと……ラウレンツ閣下もダレインワルド伯爵家に過剰に干渉するつもりは無さそうでしたし。少なくとも、表面上は」
「あの、貴族というならエルマさんの実家もそうですよね?」
「うち? うちは大丈夫よ。うちは領地持ちじゃないしね。権力闘争と無縁ってわけじゃないだろうけど、それはあくまでも宮廷内での話だし。宮廷の外でヒト、モノ、カネを大きく動かしたりする領地貴族とは土俵が違うから。まぁ、ダレインワルド伯爵家が宮廷というか、中央に何か干渉する時には私の実家は少しは力になれるかもしれないけど、私自身にそういうのを求められても、ねぇ?」
そう言ってエルマが肩を竦めてみせる。確かに、帝都で淑女らしくお茶会や舞踏会などに参加して社交界で活躍してるとかならともかく、早々に帝都から飛び出して傭兵稼業をしていたエルマにそっち方面で力を発揮しろって言ってもなぁ。
「それはそうだな。まぁ、その辺りは明日ウィルローズ家に行けば自ずと話し合うことになるか……クリスも行くよな?」
「私もご一緒してよろしいのですか?」
「勿論良いわよ。クリスのことをパパとママにも紹介したいしね。勿論ティーナ達もね」
「うちらはあん時は忙しかったからなぁ……」
「あはは……今となっては良い思い出……でもないね」
ティーナとウィスカの瞳からハイライトが消えている。あの時はスペース・ドウェルグ社の帝都支社から仕事を振られて文字通り忙殺されていたものな。
「エルマさんのご家族とお会いするのが楽しみです。どんな方々なのですか? 我が君」
「俺も少し話しただけなんだよな……今回は御前試合みたいなクソイベントも無いし、ゆっくりと腰を据えて交流したいもんだ。お義兄様には世話になったしな」
エルマの兄であるエルンストにはニンジャアーマーを手に入れる際にアーマー専門店に口利きして貰ったからな。あっちは俺のことをあまり良く思っていないようだが、なんだかんだと言って頼ったらちゃんと応えてくれる良い人である。
エルマの家族については明日会ってのお楽しみということで、クリスとは合流する時間を決めて本日のお茶会は終わりにした。今日はなんというか精神的に疲れたな……もう風呂に入ってひたすらのんびりしたい。
☆★☆
テツジンが振る舞ってくれたディナーで腹を満たし、風呂に入った後はティーナとウィスカの二人とのんびりと過ごすことにした。今日は二人とも留守番をしてもらったので、その埋め合わせのようなものである。
「今日はお疲れさんやな、兄さん」
「身体はともかく精神的にな……身から出た錆だから仕方がないんだが」
「言うほど悪いものじゃないと思いますけどね。お兄さんは基本的に悪事は行ってないわけですし。クリス様もセレナ様もお兄さんの優しいところとか、人となりとか、勇敢さとか、そういうところに惹かれただけじゃないですか」
ベッドの上でぼやく俺に添い寝をしてくれているウィスカがフォローしてくれる。今の俺は船長室――つまり俺の部屋のベッドの上に寝転がっており、その両脇にティーナとウィスカが添い寝をしてくれているという両手ならぬ両脇に花スタイルだ。二人とも体が小さいので、三人で寝転がってもベッドの広さにはまだまだ余裕がある。
「確かに積極的にコナをかけていった結果ってわけじゃないから、身から出た錆っていうのは言い過ぎかもしれないけどな。なんとか避けようと思って行動していたつもりだったのに、結局捕まったなぁという気はするな」
「言うてセレナさまはなぁ。最初から兄さんを逃すつもりなさそうだったけど」
「もうなんというかあれだよね。執念を感じたよね。狙った獲物は逃さないみたいな」
「兄さんはついに仕留められたってわけやな。仕留められたっちゅうよりは、兄さんが根負けしたというか情に負けて懐に入れたって感じやけど」
「お兄さんの優しさが自分の首を締めたって意味なら身から出た錆っていうのもあながち間違いじゃないかも?」
冷静に分析しないでくれ。その分析は俺に効く。まぁなんだ、俺の弱点と言えば弱点なんだろうな。身内に甘いというか、情を捨てられないというか。無論、セレナを見捨てるという選択肢はあった。だが、その選択肢を俺に取れたかというと……まぁ、巡り合わせというものなのだろうな。運命論だとかそういったものを信じてるわけじゃないが、そういう星の巡りだったのだと諦めよう。
「このままずるずると相手が増えないように気をつけるよ……現時点で二人は増えそうな見込みがあるのが頭が痛いけど」
「リンダとネーヴェやな。ネーヴェはともかく、リンダはどうやろなぁ。半々くらい?」
「そうかな? なんだかんだ言ってあの子は義理立てしそうだけど」
「出会いも多いやろうし、何があるかわからんやろ。リンダはまだ子供やしな。心境の変化とかもあるんやない?」
「リンダについては俺もティーナの意見に賛成だが、もうネーヴェに関しては決定事項なんだな……」
「お兄さんはああいう境遇の子を見捨てられないですよね?」
「うちらがいけるんやからネーヴェもいけるやろ?」
「わかった。俺の負けだ。感情的な意味と身体的な意味の両輪で攻めてくるのはやめてくれ……で、今のうちに聞いておきたいんだが、二人は今回の話に何か思うところはないのか? 今のうちに話しておいてくれると助かるんだが」
俺がそう聞くと、二人は同時に考え込んだ。二人とも目を瞑って「うーん」と唸っているのが可愛い。こういうちょっとした仕草が似ているのが可愛いんだな、この二人は。
「結局、結論としてはクリスさまが正妻になって、第二、第三夫人がそれぞれセレナさまとエルマ姐さん。で、ミミを含めてうちらは更にその下みたいな扱いになるんよね?」
「俺は誰が上で誰が下とかそういうのはなんか嫌なんだけどな……まぁ対外的というか、建前上はそうなるかな」
「私達は平民ですし、別に張り合おうとも思いません。ただ、お兄さんの赤ちゃんは欲しいです」
「極論、うちらは兄さんと書類上の結婚とかには拘らんよ。兄さんと一緒にいられるならそれで満足やし。でもウィーの言う通り赤ちゃんは欲しいなぁ」
「それはなんというか、俺に都合が良過ぎないか?」
「前にも言うた気がするけど、うちらは都合の良い女でええねん。最悪、子供ができた後に兄さんに捨てられたとしても、二人一緒ならどこででも生きていけるから」
「俺はそんなことしないが」
ティーナの物言いに思わずムッとする。子供だけ作って放り出すなんて真似をすると思われているとしたら流石に心外なんだが。
「わかってる。兄さんはそんなことせんよな。あくまで例え話や。つまり、兄さんから報酬としてう受け取ったお金もぎょうさんあるし、うちらは手に職もある。なんなら母ちゃんを頼っても良い。せやから、兄さんは何も心配しなくても良いってことや。うちらは兄さんがうちらを必要としてくれる限り、そばに居るよ」
そう言ってティーナは微笑み、俺にぴったりとくっついてきた。ウィスカも同じようにくっついてくる。
「お兄さんの好きなようにしてください。私達はお兄さんについていきますから。たまにこうやって甘えさせてくれればそれで満足です」
「俺が甘えられているというよりも、俺が甘えさせられているような気がするんだが……」
ぴったりとくっついてくる二人の高めの体温を感じながら天井に視線を向ける。
今になって思ったんだが、この二人も感情が結構重いというか、こう……湿度が高いような。いや、気のせいだ。きっとそうだ。俺の考えすぎだな、うん。
何にせよ二人がここまで慕ってくれているというのは嬉しい、というか誇らしいことだ。二人を裏切るような真似だけはしないようにしよう。




