#461 なに、いざとなったら元凶に大鉈を振るってもらうさ。
天気が悪くて起きた瞬間から頭痛がペインだった( ˘ω˘ )
「とりあえず最初に聞きたいんですがね。どうして皇女殿下がうちの船に突撃してきてるんですか」
「話せば長くなるのでごく簡潔に言うと、ホールズ侯爵令嬢との面談中に彼女の部下から連絡が来て、事情を聞いてみるととても面白そ――仲裁が必要な案件だと思ったので、駆けつけました」
「今面白そうって言いかけたよな?」
俺がジト目を向けると、ルシアーダ皇女殿下はにっこりとロイヤルなスマイルをお浮かべになられた。こいつ……やはりあのファッキンエンペラーの孫だな!
「ヒロ殿、皇女殿下にその言葉遣いは不敬ではありませんか?」
前に訓練でボコボコにしたことのあるくっころ近衛騎士のイゾルデが一歩前に出て抗議してきたが、俺はその抗議を一蹴した。
「ここは俺の船だ。皇女殿下だろうが皇帝陛下だろうが誰であろうが、嫌なら出ていってもらって結構。で、気になるワードがあったんだが……セレナ、まさか俺の船を部下に監視させていたのか?」
「そ、それは……そこの黒い泥棒猫に連絡が行っているということは聞いていたので、念のためにですね?」
「一度関係を持っただけで随分な束縛のしようですね? しかも部下に監視までさせて。それは職権濫用というものでは?」
しどろもどろに弁明をするセレナにクリスが仕掛ける。やだ、こわい。
「非番の部下にごく個人的に頼み込んだものですから、職権濫用にはあたりません。ヒロを何の関係もない赤の他人の悪辣貴族から守るための緊急措置です」
セレナもクリスの仕掛けに応じ、互いの視線が火花を散らす。サイオニック的な力は何も働いていないはずなのだが、得も言われぬ緊迫感というか圧迫感が押し寄せてくる。とてもこわい。
そしてルシアーダ皇女殿下はその様子を楽しそうに眺めている。もう目がキラッキラしてる。おい、あんた仲裁しに来たんじゃねぇのかよ。何もしないなら帰ってくんねぇかな?
そんな俺の感情が目から伝わったのか、ルシアーダ皇女殿下は一瞬だけ「あっ」みたいな顔をした後にゴホンと咳払いをした。取り繕っても駄目だからね? 俺、全部見てたからね?
「はい、二人ともそこまでです。二人とも同じ相手を想っているのですから、喧嘩などしてはいけませんよ」
今まで目をキラキラさせてその様子を見ていたのにどの口が言うのか? と思ったのは俺だけではあるまい。誰も何も言わないけど。
「そもそも、二人が争うのは不毛だと私は思います。別に二人ともキャプテン・ヒロを独占しようと考えているわけではないのでしょう?」
「それは、まぁ……」
「そうですね……」
セレナとクリスが渋々といった様子でルシアーダ皇女殿下の発言を認める。俺を独占するということは、俺とミミ達との関係も認めないということになる。それは流石に俺としても看過できない。どうしてもというなら付き合いを考えさせて貰う必要がある。
「それなら、争うまでもなく序列は決まっているでしょう? 争ってもキャプテン・ヒロを困らせて、彼の心が離れていくだけですよ」
ニッコリと後光でも差してきそうなロイヤルスマイルだが、残念ながらルシアーダ王女殿下のご尊顔はミミで見慣れているからな。俺にはそこまで効果がない。それよりもルシアーダ皇女殿下のロイヤルスマイルを目の当たりにして自分のほっぺをむにむにしているミミの方が気になる。無理に真似しなくて良いからね?
「あー、まぁ多少じゃれ合う程度でそんな心が離れるなんてことはないけれども。争うまでもなく序列が決まってるってのは? というか序列って何の序列だ?」
「それは勿論キャプテン・ヒロ。あなたの妻としての序列です。あなたが娶った妻の中で、誰が正室で誰が側室なのか、ということですね。ちなみに貴族や皇族の常識で考えるのであれば、正室の座に相応しいのが次期ダレインワルド女伯爵のクリスティーナ・ダレインワルド、側室の筆頭がセレナ・ホールズ侯爵令嬢、次席がエルマ・ウィルローズ子爵令嬢ということになるでしょう。侯爵と伯爵では基本的には侯爵の方が地位は上です。これは子女にもそのまま適用されます。しかし、軍人としてはともかく貴族としては無位無冠のセレナに対し、クリスティーナは正式に貴族位と領地を持つ貴族となるわけですから。その時点で妻としての序列はもう決まっているということですね」
ルシアーダ皇女殿下の長広舌を大人しく聞きながら、その内容を頭の中で咀嚼する。
難しい話ではない。将来的に女伯爵になるクリスが地位としては筆頭になる。他は親の爵位に従って順位が決まる。ミミやティーナ、ウィスカなど貴族の世界とは無縁の子達はその下というわけか。
「ルシアーダ皇女殿下がはっきりと裁定して諍いを事前に収めてくれるのはありがたいんだが、俺としてはそういう順位をつけるみたいなのはちょっとね……?」
「流石、次期女伯爵と侯爵令嬢まで入れて八人――いえ九人も女性を囲う人の言うことは一味違いますね」
ルシアーダ皇女殿下がそう言って満面の笑みを浮かべて見せる。ちなみに彼女の両脇と背後を固めている女性近衛騎士の皆さんからはゴミとか不快害虫でも見るような視線を向けられている。とてもつらい。
しかし八人と言いかけてチラッとメイに視線を向けたのはそういうことなんだろうな。グラッカン帝国において機械知性は一応人権を認められている筈なんだが、そう簡単な話でもないらしい。
「ご家庭内での話はお好きにしてくださって結構ですよ。あくまでもこれは帝国貴族としての形式上の話ですから。ところで流石の貴方もそろそろ年貢の納め時のようですね」
「年貢の納め時……?」
「それはそうでしょう。自分で家を飛び出して身分を隠して傭兵として活動していたウィルローズ子爵令嬢に関してはともかくとしても、ホールズ侯爵令嬢と関係を持った件に関しては言い逃れはできないでしょうし」
「ああ、そういう。別に逃げはしないよ。そういう約束だし。とはいえ、クリスもとなるとその調整に関して俺が手綱を握るのは不可能ではあるな……」
逃げはしないという俺の言葉を聞いてセレナが、そしてクリスもという俺の言葉を聞いてクリスがそれぞれ顔を輝かせる。二人ともちょっと不安そうな顔をしていたものな。
「ただ、俺にも譲れないラインはある。まず、今の俺達の関係を崩すような話は受け入れられない。この傭兵団は……自分で言うのも烏滸がましいが、俺という男を中心に才能ある女性達が集まってできた一つの家族、あるいは氏族だ。当然、中心にいる俺を取り上げて貴族家に組み込めば、この氏族は崩壊する。それは受け入れられない」
俺はセレナとクリスに言い聞かせるようにそれぞれの顔を見ながらそう言った。
「つまり、俺は傭兵としての活動をやめるつもりもないってことだ。この二点が受け入れられないというなら、残念だが俺のことは諦めてほしい。もしこの二点について何が何でも受け入れられない、どうあっても取り上げるというなら俺は何がどうなろうと全力で抗うし、何ならどこまででも逃げる。無論、そんな物騒なことにならないように譲歩できるところは全て譲歩するし、俺も最大限の努力をするけどな」
「ありがとうございます。お祖父様はヒロ様のことをよくわかっておいでですから、その辺りはご心配なさらずとも大丈夫です」
そう言ってクリスは微笑んだが、それとは対象的にセレナは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「そのようなことにならないように最大限の努力はします」
「なに、いざとなったら元凶に大鉈を振るってもらうさ。なぁ、ルシアーダ皇女殿下?」
俺に水を向けられたルシアーダ皇女殿下が恍けるかのように首を傾げる。
「私ですか?」
「今回、あんな胡散臭い場所に俺とセレナを放り込んだ御方がいるだろう? いざとなればその御方に骨を折ってもらうぞって言ってるんだよ。本当に最後の最後、にっちもさっちも行かなくなった時の最終手段としてだけどな。どうせ全部把握してるんだろ? というか、そもそもルシアーダ皇女殿下がこのタイミングでグラキウスセカンダスコロニーにいるのもあの御方の差し金だろ」
「まさか、偶然ですよ。地方への視察を終えて帝都に帰ってきたところだったんです」
「左様ですか」
絶対に嘘だ。いや、地方への視察はあったのだろうが、本来帝都の帝城にいるのが自然なはずのルシアーダ皇女殿下がこのタイミングで介入してくるのは絶対に偶然じゃない。これもあのファッキンエンペラーの指した一手だと見るのが妥当だ。俺とあの野郎とでは見えている視点そのものが違い過ぎるから、どんな意味のものなのかはまったくわからんがな。
「何にせよ帝都に降りてからの話でしょう。ああ、伯爵はこのコロニーに滞在してるのか? なら挨拶には行くべきだろうが」
「いえ、お祖父様は領地にいます。こちらには私と供の者が数名です」
「そうか。少しはゆっくりできるのか?」
「はい、お祖父様に少しだけ我儘を言ってお休みを貰ってきたんですよ」
クリスがそう言いながら嬉しそうに擦り寄ってくる。うん、可愛いんだがなまじっかこう、身体が成長しているからな。少しこう、扱いに困るな。出会った頃なら頭の一つも撫でていたのかもしれないが、もう立派な淑女だし。
「そいつは重畳。セレナは……こんなところで遊んでいる暇は本当は無いんだろうな」
「まぁ、その……一応ルシアーダ皇女殿下の接待を務めさせていただいている状態ですね」
「それでその接待相手を引き連れてブラックロータスに突撃してきたのかよ。何してんの……?」
「そこは私も楽し――納得していることですから」
「もう無理に隠そうとしなくていいよ……でももう話し合いも終わったし、帰ってね」
そう言ってジト目を向けると、ルシアーダ皇女は両手を合わせ、左頬に添えてにっこりと笑った。これ以上無いほどのぶりっ子おねだりポーズである。あざといにも程がある。
「風の噂で聞いたのですが。なんだか面白い子がこの船に乗っていると。是非会ってみたいです」
「……オイ」
俺はセレナを、いやセレナ大佐を睨みつけた。
「流石に帝室特権を振りかざされるとですね……?」
「……はぁ。メイ、安全は確保できるか?」
「はい、ご主人様。彼女はネットワークから完全に遮断されているので問題ありません」
「だそうで。自己責任ってことで良ければご紹介致しますよ、皇女殿下」
「それは僥倖ですね。ではエスコートをお願いします」
とても楽しそうな笑みを浮かべて皇女様はそう言った。もう好きにしてくれ。




