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#458 俺にも譲れないラインはある。

天気が悪いと今ひとつ捗らない_(:3」∠)_

 プロローグ


 くすり、という密やかな笑い声で目が覚めた。まだ覚醒したばかりではっきりとしない頭を誰かのたおやかな手が撫でる。その手付きは念願叶ってやっと手に入った珍品を愛でるかのように繊細だ。やっと自分のものにできたのだ、という怨念に近い執念を感じる気がするが、多分気のせいだろう。


「……おはよう」


 目を開け、隣で俺の頭を撫でている女性に視線を向けると、真紅の瞳が俺を見返してきた。


「おはよう。寝顔は無邪気で可愛いのね」

「起きてる時の顔は可愛くなくて申し訳ないな。大佐の顔はいつも綺麗だと俺は思ってるよ」

「二人きりの時に大佐はやめて。様も禁止」


 そう言ってジト目になったセレナが俺の頬を指先でつついてくる。


「そいつは失礼。それじゃ、起きるか。セレナ」

「ええ、ヒロ」


 身体を起こし、一つのびをしてからベッドを降りる。さて、あとは帝都まで一直線だ。


 ☆★☆


 セレナ――セレナ・ホールズ侯爵令嬢にして、帝国航宙軍大佐にして、対宙賊独立艦隊の司令官でもある彼女との楽しい朝のバスタイムを過ごした俺は、彼女と連れ立って我が傭兵団の旗艦にして母艦であるブラックロータスの食堂へと足を運んだ。

 我が母艦ブラックロータスの設計思想は敵には悪辣に、クルーには慈母のように、といったような感じのものである。コンシールド装甲によって武装が隠蔽された状態だと一見貨物輸送艦のように見えるブラックロータスだが、武装を展開するとたちまち重武装の砲艦に変身する。

 それでいて居住区画には最大限のスペースと快適性を確保しており、各種施設の充実ぶりと豪華さは客船もかくやという金のかけっぷりだ。食堂は広く、明るく、設置されている自動調理器は最新かつ高性能。自動調理器テツジン・フィフスが作り出す合成料理は侯爵令嬢であるセレナ大佐をも唸らせる出来だ。


「おはようございます、セレナ様。それにヒロ様も」

「おはよう、ミミさん」

「おはよう、ミミ。ミミだけか?」

「エルマさん達は揃ってメディカルベイに行ってます。昨晩飲みすぎたみたいで」


 そう言ってミミが苦笑いを浮かべる。

 彼女は俺の愛機であるクリシュナのメインオペレーターで、傭兵団の補給や戦利品の売却業務、情報収集なども一手に引き受けている。うちの傭兵団の最古参クルーだが、実は一番歳若い。

 元は特に何の技能も無いただの女の子だったが、経験を積んだ今となってはうちの傭兵団にとって欠かせない存在である。

 実は俺達が活動しているグラッカン帝国の皇帝陛下の姪孫であるだとか、皇太子殿下の娘――つまり皇女様と顔つきが瓜二つであるだとか平凡そうに見えてとんでもない爆弾を抱えている……が、俺達にとってはミミはミミである。それ以上でもそれ以下でもない。


「全員? クギもか?」

「クギさんは私よりも早く起きてて、もうトレーニングルームに行ってるみたいです」

「なるほど。クギは早寝早起きだよなぁ」


 などと話しながらセレナ大佐と一緒にテツジンから排出されてきた食事のトレイを持ってミミと同じ席に着こうとすると、そのクギがひょっこりと食堂に現れた。


「おはようございます、我が君。セレナ様もおはようございます」

「ああ、おはよう。朝の訓練を終えたのか?」

「おはよう、クギさん」


 セレナ大佐と一緒にミミの対面に腰掛けながらそう聞くと、クギは「はい」と言って頷きながらミミの隣に腰を下ろした。

 彼女はヴェルザルス神聖帝国という遠い異国から俺に仕えるためにはるばる旅をしてきた巫女さんで、頭の上にはつんと尖った狐のような獣耳が生え、更に腰の当たりから三本のモフッとした尻尾も生えている狐娘である。

 傭兵団内での立場としてはサイオニック――所謂超能力関連全般におけるアドバイザー兼俺のサイオニック能力の師匠で、船のクルーとしては俺の愛機であるクリシュナのサブパイロット見習いといった感じだ。まだ傭兵団の一員として船に乗って日が浅いので、クルーとしての方向性に関しては模索中といったところだ。

 ちなみに、彼女は極めて強力な精神系サイオニック能力――神聖帝国では第二法力と呼ばれているらしい――の使い手である。


「はい、我が君。朝の瞑想だけですが。身体を動かすならお付き合い致します」

「じゃあそうするか。ミミも行くよな。セレナ大佐はどうする?」

「私は船に帰ります。そろそろ夢の時間も終わりです」


 セレナ大佐が洗練された所作で食事を口に運びながらそう言う。

 俺達の現在地はベレベレム連邦軍との衝突が起こったクリーオン星系に一番近いところにあるゲートウェイが存在している星系だ。このゲートウェイは先日の騒動中に帝国を裏切ってベレベレム連邦に与しようとしていたクソ貴族の手の者によってサボタージュを仕掛けられていたのだが、既にサボタージュを仕掛けた連中は排除され、運行も復旧している。

 ゲートウェイを通れば帝都は目の前なので、こうして俺とセレナ大佐がイちゃつけるのもここまでということだな。帝都に戻ればセレナ大佐はもちろんのこと、俺も色々と予定があるし。何より、帝都にはセレナ大佐の実家であるホールズ侯爵家の屋敷もある。帝都滞在中は軍務と実家関係でセレナ大佐はそうそう自由には出歩けなくなるだろうからな。


「ヒロ、わかっていますね?」

「どうしても外せない用がある時を除いてセレナ、というかホールズ侯爵家の呼び出しには応じるよ。何が何でも優先しろってことなら、相手がある用事の場合にはホールズ侯爵家に骨を折ってもらうからな」

「良いでしょう……責任を取ってくれるつもりはあるんですよね?」

「俺が譲歩できるところまでは最大外譲歩することを約束する。ただ、俺にも譲れないラインはある。それだけはわかってくれ」


 セレナ大佐としては珍しい、不安げな表情で発された言葉に俺は真摯に答える。多少、いやかなりの面倒事を言いつけられても俺はそれを飲むつもりだ。ただ、傭兵としての生活、そしてミミ達。この二つに関しては譲れない。一切譲らない。それだけはどうしても守らなければならないラインだ。


「わかりました。そのラインについても私はそれなりに理解しているつもりです」


 俺の返事にセレナ大佐は微笑み、そう答えた。

 帝都はもうすぐそこだ。


 ☆★☆


「んで、セレナ大佐は自分の船に帰ったと」

「エルマ達に挨拶もせずに帰るのを気にはしてたけど、時間がなかったようでな」

「まぁ、深酒し過ぎて医務室の世話になってたうちらが悪いわな」

「そうだね、お姉ちゃん」


 セレナ大佐を見送り、ミミとクギと俺の三人で軽くトレーニングルームで身体を動かし、汗を流してから休憩スペースでまったりとしているとエルマとティーナ、ウィスカの三人が現れた。


「ま、ゲートウェイを抜けたらすぐ帝都だし、いつまでもこの船で遊んでいられないか。仕方ないわね」


 そう言って少し残念そうな様子で俺の隣に腰掛けたエルマはツンと尖った笹穂のような耳が特徴的な美人さんである。一般的にエルフと呼ばれている種族なのだが、一般的というか俺が想像するようなエルフのイメージとは違ってフィジカルが非常に強い。俺よりも傭兵のキャリアが長いベテランの傭兵で、俺だけでなくクルーの全員に頼られる我が傭兵団の姉御ポジションだ。

 彼女は最近導入したアントリオンという中型戦闘艦のパイロットを務めており、戦闘では俺の背後を守りつつ、アントリオンに搭載されているグラヴィティ・ジャマーという特集装備を使って逃げようとする獲物の足止めを行う重要な役割を担っている。


「せやからあの酒は絶対アカンって言うたやん……」

「そういうお姉ちゃんも最後はノリノリになって飲んでたでしょ」


 そう言い合いながら俺の目の前の床に座り、ナチュラルに俺の足に寄っかかったり抱きついたりしてくるのはドワーフのティーナとウィスカである。

 二人とも子供にしか見えないような体格をしているが、立派に成人している大人の女性だ。彼女達は優秀なエンジニアで、俺の愛機であるクリシュナやこのブラックロータス、それにエルマのアントリオンのメンテナンスなどを担当している。それだけではなく宙賊から鹵獲した装備品や船のレストアなども担当しており、ミミとは違う意味でこの傭兵団の運営に欠かせない人材だ。

 ちなみに、ステロタイプなドワーフらしく非常に酒が好きである。少女みたいな見た目でどでかいジョッキに入った強い酒をグビグビと飲み干す絵面はなかなかに危険な匂いを感じさせるが、完全に合法である。なんせ俺とほぼ同年齢なので。


「そいや兄さん、シロちゃんの目ぇ覚めたみたいやで」

「ショーコ先生とメイさんがメディカルベイで対応してましたよ」

「シロちゃんってお前ね……まぁ、わかった。ちょっと様子を見に行ってみるわ」


 名無しちゃんとかよりは良いかもしれないイが、シロちゃんは安直すぎるだろう。わかりやすくはあるが。とりあえず、メディカルベイに足を運んでみますかね。

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― 新着の感想 ―
ここから16巻か。 書籍化作業、本当にお疲れ様です。 作者氏の奮闘により、我々は有意義な娯楽の時間を享受出来ています、有り難いことです(-人-)
特集装備を使って逃げようとする獲物  特殊
[一言] 皇女様とのお茶会が楽しみですねニチャ
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