#451 お風呂
前回短かったので、今回は少しボリュームアップ( ˘ω˘ )
クギによるデイビットの催眠尋問の完了を待った俺達は四人揃ってブラックロータスへと帰還した。セレナ大佐の体調は心配だが、レスタリアスにも軍医とそれなりの設備が揃っていると彼女自身が言っていたし、きっと大丈夫だろう。大丈夫じゃなかったらブラックロータスで面倒を見るから遠慮なく来い、と一応セレナ大佐のアドレス宛にメッセージは入れておく。
「兄さんめっちゃ血塗れやん……大丈夫なん?」
「全部返り血だから問題ないぞ。エアロックで滅茶苦茶念入りに滅菌されたけど」
などとティーナと話していると、防護スーツに身を包んだ謎の人物がノシノシと歩いてきた。いや、謎の人物じゃないけど。完全にショーコ先生だけど。
「いや、問題あるからね? 早く脱いでシャワーを浴びて綺麗にしてきてね。血液ってかなり強力な感染源だから。ほら、服も滅菌消毒するから早く脱いで。皆も近寄っちゃダメだよ。そっちの三人もすぐに身体を洗ってね。服も回収して滅菌するから」
「ここで!?」
「ここで。ここまでヒロくんが歩いてきた艦内も清掃しなきゃいけないんだからね。これ以上手間が増えるのは許容できないね」
「あい……」
ドクターがそう言うなら逆らってはいけないな。彼女はその道のプロフェッショナルなのだ。プロの言葉には素直に従ったほうが良い。
「このボックスに入れてね」
「うっす……」
「ひゅーひゅー、ええぞー、もっとぬげー」
ストリップショーじゃねぇんだよ。というかこれ以上脱いだら全裸だよ。
「それじゃあお風呂でしっかり身体を洗うこと。ダッシュで」
「ダッシュで?」
「ダッシュで」
「はい……」
何が悲しくてパンイチで船内をダッシュしなければならないのか。私はとても悲しい。しかしショーコ先生の言うことは聞かなければならない。いくら俺がキャプテンでも医者には勝てないのだ。
「お待ちしておりました。どうぞこちらに」
「お、おう……」
風呂にはメイが待ち構えていた。正座で。しかもなんか見覚えがあるようなないような安っぽいエアーマットまで用意されているし、明らかにボディソープとかじゃない透明でぬるぬるしそうな液体まで用意されている。
「全てこの私めにお任せ下さい。さぁ、どうぞ」
「OK!」
ナニが起こるにせよメイに任せておけばヨシ! ストレス環境下で切った張ったをせざるを得なかった俺には少しくらいご褒美があっても良いと思うんだ!
☆★☆
「……随分とスッキリした顔ね」
「風呂って最高だよな」
シャワーから上がってきたエルマに何故か冷たい視線というか呆れたような視線を向けられたが、今の俺は最高にご機嫌なので全く気にならない。
「はぁうー……」
更に俺の目の前にはヘヴン状態になっている狐がもう一匹。今の俺はエルマよりも先に風呂から上がってきたクギの尻尾にドライヤーをかけながらブラッシング中なのである。もふもふになっていくクギの尻尾を堪能できて俺は幸せ。丹念にブラッシングされるクギも幸せ。正にWin-Winというやつだな。
「クギさんのしっぽ、最高ですよねー」
ミミも俺の隣でクギの三本ある尻尾のうちの一本をブラッシングしている。ミミとクギは一緒にお風呂から上がってきたので、ミミもお風呂上がりだ。
「ま、何事も無さそうで何よりだわ。白兵戦でメンタルやられる人って多いから」
「全く思うところがないわけでもないけど、割り切ってるからな。こうして俺を心配してくれる優しい相棒もいることだし」
「はいはい」
はいはいなんて言いながらちょっと嬉しそうな顔をするエルマは可愛いなぁ。なんて事を考えていると、俺の小型情報端末からデデーン! と何かアウトになってケツをタイキックされそうな音が流れてきた。この着信音はセレナ大佐からのものだと思うが、何か用だろうか? 船を使った戦闘に駆り出されるまではお鉢は回ってこないと思っていたんだが。
「へーい、ヒロです」
『ふぅ、はぁ……調子が、良さそうで、何より、はぁ……ですねぇ!?』
「いやそんなことでキレられても……そっちは調子悪そうだが、そっちの医療設備じゃどうにもならんかったのか」
『残念……ながら……はぁ、はぁ』
「あー……うちのドクターに受け入れ準備を進めさせておく。迎えに行ったほうが良いか?」
『はぁ……いえ、。それは大丈夫です……はぁ、投与された薬剤の、サンプルも持っていきますので』
「了解。入り口にメイを待機させておく」
『迷惑を、かけますが……』
「良いって。切るぞ? すぐに来いよ」
通話を切り、そのままメイとショーコ先生に事の次第を連絡する。レスタリアスも最新と言って良い戦艦のはずだし、設備はそう悪くない筈なんだけどな。まぁ専門分野の違いとかなのかね?
「メイか? セレナ大佐が船に来るから、すまんがタラップまで迎えに出てくれ。体調が悪いみたいだから、メディカルベイまで運ぶことになると思う。用意しておいてくれ」
『はい、ご主人様。お任せ下さい』
「頼んだぞ」
メイに任せておけば出迎えと案内は万全だろう。あとはショーコ先生か。
「ショーコ先生、良いか?」
『うん? どうしたのかな? 何か身体に異常を感じたのかい?』
「いや、俺じゃなくてセレナ大佐がな。一旦向こうに囚えられて身動きができない時に何やら色々と怪しげな薬を打たれたらしい。症状についてはよくわからんが、顔が赤くて息が荒かった。打たれた薬のサンプルは持ってきてくれるとさ」
『ふぅん……? 見てみないとわからないけど、何の目的で打った薬なんだろうね。まぁ、女性を囚えて身動きを封じて打つ薬なんてどう考えてもまともなものじゃなさそうだけど。とりあえず受け入れの準備はしておくよ』
「よろしく」
通信を終えて再びクギの尻尾をブラッシングし始める。え? お前は何もしないのかって? 俺ができることは何もないからな。セレナ大佐も体調を崩して弱っているところを見られるのは良い気分ではないだろうし、俺は俺にやれることをやるよ。
「セレナ大佐、心配ですね」
「まぁそうだな。身体強化もされているわけだし、生命力そのものが俺達よりもだいぶ高そうだから問題はないと思うけど。少なくとも死ぬようなことはないだろ」
「薄情というかドライというか……ヒロって大佐に厳しいわよね」
「厳しいというか、意図的に一線を引いているのは確かだな」
ブラッシングの終わったクギの尻尾を手でモフモフしながら肩を竦める。もう一本の尻尾は俺が通話をしている間にミミがブラッシングし始めてしまった。残念だ。仕方がないので俺が手によりをかけてブラッシングしたこの一本をモフって吸ってやる。ずぞぞぞぞ。
「へぇぁー……!」
「クギの顔が大変なことになってるけど……」
「満足した」
最後に軽くブラッシングしてクギの尻尾を解放する。クギの背中がプルプルと震えているのは見なかったことにしよう。
「別に大佐と仲良くというか、親密になったほうが良いって話じゃないんだろ? ならいいじゃないか、今まで通りで」
「それはそうなんだけどね」
そう言いながらもエルマの表情はいまいちスッキリとしない。まぁ、セレナ大佐とも長い付き合いだからな。俺への好意を割とストレートにぶつけてくるし、エルマとしても何か思うところがあるのだろう。
「ところでクギに聞きたいことがあるんだが」
「ひゃんっ!? な、なんでしょうか……?」
俺の手というか腕に軽く巻き付いてきている尻尾を引っ張るというか揺らしただけなんだが、滅茶苦茶激烈な反応が返ってきた。尻尾、敏感なんだな。今度は尻尾と腰回りを攻めてみようか。
「あの船で俺が暴れたときに使った力とか、急に落ち着いた件とか。何か知ってるよな?」
「そ、それは勿論……あ、あの、ミミさん。我が君の方に身体を向けたいのですが」
「はーい。じゃあ私はこっちに座りますね」
クギが俺の隣――ソファの上だが――に正座し、ミミがその後ろに座ってブラッシングを始める。クギはキリッと真面目な表情を作ろうとしているのだが、頬がヒクついていてちょっと面白い。
「あ、あの、尻尾はまた後に……ま、まじめなはなしをするので」
「えー……? また後で、絶対ですよ? ぼさぼさになっちゃいますから」
「は、はい……おほん。では、その、話をしますね?」
キリッ、と真面目な表情を作り直したクギが俺の使った力に関して解説を始める。
「サイオニックパワー……法力というものは精神に大きく依る力です。なので、何かの拍子に感情の箍が外れてしまった場合には平静な時には扱えないような大きな力が発現する場合があります。今回の場合は我が君が戦いによって直接的な命の危機を感じたことに加え、エルマさんやミミさん、それに此の身も含めた、その……親しい関係にある人の命が危険に晒されていたこと。それに戦闘を重ねる中で多くの命を奪ったことも原因となったのだと思います」
「なるほど」
生存本能や焦燥感、怒り、憎しみ、血への興奮と恐怖、そういったあまりプラスとは言えない方向の感情が精神に影響を与えて普段以上の力を発揮したってことか。
「もしかして、あまり良くない状況だったのか?」
「そうですね……仮にミミさんとエルマさん、そして此の身のうちの全員が何らかの方法で害され、全員が死亡していたりいた場合には最悪の事態もあり得たかもしれません」
「最悪の事態って……どうなってたわけ?」
「感情と精神を爆発させた我が君があの船ごとこの物資集積基地を念動力で粉砕し、ブラックロータスごとティーナさん達も巻き込まれたことに気づいて恒星系ごと何もかもを破壊する、というのが最悪のシナリオでしょうか」
「ひえぇ……」
クギの答えに質問したエルマだけでなくミミと俺もドン引きする。いや、それは流石にオーバーだろう? と言いたいが、クギは大真面目なんだよな。最悪そんなシナリオも有り得たのかと思うと、割と紙一重だったんじゃないか? 今回の事件は。
「ご心配なく。そうならないために此の身がおりますから。いざとなれば今回のように上手く立ち回ってみせます。そうするために此の身のような巫女が我が君の側にいるのです」
「クギさん凄かったですよ。あっという間に私達を監禁していた兵士を全員昏倒させて、リーダー格を操り始めましたから」
「なにそれこわい」
「そう感じるのが当然です。なので、此の身どもは法力をみだりに使うことが無いよう自らを戒めているのです」
そう言ってクギが自分の胸に手を当てて祈るように目を瞑る。
「此の身の力は全て我が君をお守りするためにあります」
「うん、それは信じてるから大丈夫だ。それで、話を戻すけどあれから同じように力を使おうと思っても全く使える気がしないんだ。あと、クギから念話が飛んできた瞬間いきなり冷静になったのも何かしたのか?」
「どのような力かは目にしていないので存じ上げませんが、同じように力を使えないのは我が君が無意識にその力を忌避しているからかと。状況から考えるに、かなり破壊的な力だったのでしょう?」
「それは……そうかもしれん」
手も触れずにイメージだけで人間の首を縊って殺し、頭蓋を握り潰すような暴威だ。無意識にあの力を忌避していると言われれば、そのような気はする。
「念話を通して何かしたのかと言われると、それはしました。距離が離れていても我が君の法力が暴走気味なのはわかりましたから、以前作った我が君との経路を通じて鎮静の法力を送り込みましたので」
「なるほど……そういえばそんな話をしたような気がするな」
クギと初めてその、アレをした時にそんな話をした気がする。なるほど、そういうこともできるのか。あの時は特に重要なことだと考えていなかったんだが、クギはあの時点で既にこういう事態に備えていたんだな。
「なるほど、色々と納得できたと思う。話してくれてありがとうな」
「はい、包み隠さず何でもお話します。今後も何か気になったことがあればお聞きくださいね、我が君」
「ああ、その時は抱え込まないで今回みたいに聞くことにするよ。ありがとうな」
俺の返事にクギがにこりと微笑む。うん、かわいい。
戦闘で激しく体を動かしたせいか小腹が空いてきたし、皆を誘って何か食おうか……と思ったところで俺の小型情報端末からコール音が鳴った。ショーコ先生からだ。
「はいよ。どうした?」
『あー……大佐の件が少々困った事態でね。力を貸してくれるかな?』
「俺が? 別に良いけど、俺で何か役に立つようなことがあるのか?」
『うーーーーーん……まぁ、そうだね。ヒロくんが適任かなぁ』
随分長い『うーん』だったなオイ。なんか全体的に歯切れが悪いし、何か嫌な予感がするんだが。
とはいえショーコ先生がそう言うなら俺が必要な事態……どういう事態だよ? 大佐が暴れでもしてるのか?
『とにかく来てくれたまえ。急いでだよ』
「微妙に腑に落ちないけど、オーケー。すぐ行く」
通話を終了し、ソファから立ち上がる。
なんだか嫌な予感がするなぁ……サイオニックパワーの訓練で鋭くなった俺の第六感がビンビンに反応している気がする。とはいえ放ってもおけないか。
俺はクギ達に軽く事情を説明し、メディカルベイへと走るのであった。




