#445 イクサーマル伯爵家旗艦
今日は少し余裕を持って間に合った( ˘ω˘ )
「まさかパーティーの開催場所がこんなところとはなぁ」
翌日。ミミとエルマ、それとクギの三人を連れて招待された場所へと赴いた俺の第一声である。
整備士姉妹やショーコ先生も連れてこようかどうか迷ったのだが、万が一のことを考えると非戦闘員が多くなり過ぎるのは問題があると考えて船に残ってもらった。ミミとクギだけなら俺とエルマの二人でなんとかカバーできるだろうし、クギはクギで普段は使わない切り札的な自衛手段を持っているのだという。実質完全な非戦闘員はミミだけということなら、何かあってもまぁなんとかなるだろう。
「立派ですねぇ……」
「年代物ねぇ」
俺と並んで目的の構造物を見上げているミミとエルマがそれぞれ感想を口にする。俺達の前の前に聳え立つ構造物――いや、戦艦を眺めての大変に素直な感想である。
船の名前は知らないが、確かに立派な戦艦だ。若干古びているように見えるが、四角張ったデザインとずらりと並ぶ大口径レーザー砲は圧巻だ。レスタリアスと同等かそれ以上の大きさなので、ここまで近づくと全貌を捉えることができない。
「クギ、お口が開いたままだぞ」
「はっ!? す、すみません。圧倒されてしまって」
ミミ達と同様に一緒に戦艦を見上げていたクギが顔を赤くして口元をもにょもにょとさせる。うん、まぁ気持ちはわかる。いかにも戦艦って感じの角ばってゴツゴツした巨大な船だものな。イデアル製のレスタリアスはもっと流線型を多用したシャープなデザインだし。
「しかしなんというか……人が多いな」
「帝国海兵じゃないわね。多分イクサーマル伯爵家の私兵よ。でも確かに多いわね」
セレナ大佐が指揮を取るレスタリアスもこの船と同じくらいでかいが、これほどの人員が出入りしているのは見たことがない。あれも巨大な船だが、動かすのに必要な人手は然程でもないって話なんだよな。ティーナとウィスカに聞いた話だけど。
「普通の船じゃないんでしょうか?」
「古いし、もしかしたら対機械知性戦争の頃の船じゃないかしら」
「というと?」
「機械知性に制御を奪われないようにコンピューター制御で動かす部分を極端に減らしたりとか、そういう対策をした船よ。だとすると確実に百年以上は前の船ね。もっと古いかも」
そう言って船を見上げるエルマの目は胡散臭いものを見るようなものになっている。そういやグラッカン帝国の貴族ってどうも機械知性に対して一歩引いた態度というか、何か含んだような態度を取るんだよな。
「伯爵家ともなれば最新の船なんて買い放題だろうに、どうしてそんな古い船を使ってるのかね?」
「機械知性に用心してるんでしょう。ネットワークに繋がってさえいれば、彼女達はどこにだって入り込めるから」
「そりゃおっかない」
でも納得できる話でもあるな。メイ一人で軽くブラックロータスを掌握してしまえるのだから、機械知性達の手にかかれば帝国航宙軍の船でもなんでもやろうと思えば乗っ取れてしまうのかもしれない。無論、そんなことをしないようにグラッカン帝国との間で協定だのなんだのは組まれているのだろうけれども。
「商売に都合が悪いからかね?」
「それ以上は口を閉じときなさい」
「アイアイマム」
エルマに怒られたのでこれ以上の発言はやめておくことにする。
イクサーマル伯爵家は宙賊との繋がりが疑われている貴族だからな。奴らと取引をするのに機械知性なんぞに船の中に入り込まれてしまったら都合が悪い。だからこの時代になっても古臭い対機械知性艦を使っているのではないか? というのが俺の考えだ。
制御を奪うまでは行かなくとも、監視カメラなどを機械知性にクラッキングされて悪事の証拠なんかを記録されたら奴らとしては大変なことになるんだろうからな。
え? イクサーマル伯爵家を真っ黒に見過ぎじゃないかって? 皇帝陛下に睨まれて前線送りにされた上に宙賊絶対殺すウーマンのセレナ大佐にも睨まれている時点でほぼ確定で黒じゃないかと俺は思ってるよ。そうじゃないとしても、ダレインワルド伯爵家というかクリスにちょっかいをかけた時点でよろしくやるような仲にはなりえないからなぁ。
「とにかく中に入ろうか。タラップはあそこかな」
「はい!」
「はい、我が君」
元気よく返事をするミミとしずしずと俺の三歩後ろをついてくるクギと共にタラップへと向かう。エルマ? エルマは鋭い目つき……というより胡散臭いものを見る目つきで辺りを警戒しながらクギと並んで歩いてきてるよ。
「傭兵のヒロだ。ご招待にあずかって参上したんだが、話は通ってるか?」
タラップに近づき、歩哨をしている兵士に声をかける。ふむ、品質の良さそうなコンバットアーマーに、これまた品質の良さそうなレーザーライフル。その他の装備も金がかかってるな。行くサーマル伯爵家ってのはやはり金回りが良いらしい。
「待て、確認する……リストにあるな。後ろのは連れだな? 三人ほど足りないようだが」
「一応待機任務中だろ? いつでも船を動かせるように残ってもらったんだ。問題はあるか?」
「……いいや、問題ない。入ってくれ、案内役が待機してる」
「あいよ、お疲れさん。行くぞ」
歩哨とのやり取りを終えてタラップを上がり、船の中へと足を踏み入れると、そこには本当にあの古臭い戦艦の内部なのかと疑ってしまうような光景が広がっていた。
「わぁ、綺麗ですね」
「内装が豪華だな」
綺麗なカーペットが敷かれた床。明るい照明を放つ天井、シミ一つ無い壁、それに俺達を待ち構えている執事やメイドらしき人々。船の外の物々しい雰囲気とは隔絶された華やかな空間がそこに広がっていた。
「航宙艦ではスペースは貴重なものだろうに……大胆な空間の使い方だな」
ここは来客をお迎えするホールなのだろう。もしかしたら戦艦のこのブロックだけが独立した歓待スペースになっているのかもしれない。
「イクサーマル伯爵家の旗艦、マジェスティックへようこそ。傭兵のキャプテン・ヒロ様とお連れの方々ですね?」
「ああ、そうだ。凄い船だな」
こちらへと歩を進めてきたダンディな執事風の男性にそう答える。すると、彼は誇らしげな表情をしながら恭しく頭を下げた。
「ありがとうございます。この船にはイクサーマル伯爵家の歴史が刻み込まれておりますから。どうぞこちらに。ホールズ大佐は既に到着されております」
「そうか。遅刻はしてないと思うんだが、待たせるのも悪いな。案内してくれ」
俺の返事に彼は再び軽く会釈を返し、先に立って歩き始めた。
「……どうだ?」
「……今のところは何も」
俺のすぐ側まで近づいてきていたクギに聞いてみる。どうだ? というのは俺達に対する悪意や敵意を抱いているような人物の有無を聞いてみたのだ。
俺も今はそういうものに関する感度を上げているところだが、特に成果はない。俺よりもずっと精神感応能力に長けているクギがそう言うなら、今のところは大丈夫なんだろう。だからといって警戒を解くことはできないが。
「何事もなければ良いがな」
「それは高望みし過ぎじゃない?」
「この願いが高望みになってしまうのはおかしいと思わんか?」
「あはは……」
俺とエルマのやり取りを見たミミが苦笑いを浮かべる。ミミもエルマと同意見なんだろうな。
とはいえ、ここからイクサーマル伯爵とやらが俺達を捕らえて何かすることにはデメリットの方が大きいはずだし、普通に考えれば何もないはずなんだが。




