#432 密室での会合
スターフィールドのためだけにMicrosoftに魂を売ります( ˘ω˘ )
「で、政治的なアレコレはセレナ大佐はともかくとして俺達の管轄外なわけだが……あのクs――偉大なる皇帝陛下は何を考えて勅令まで出して俺達をこんな場所に放り込んだんですかね?」
「私の前で皇帝陛下に対する暴言はやめてくださいね。立場上マズいので」
対宙賊独立艦隊の旗艦である戦艦レスタリアス――その中でも内装が豪華と言える船長執務室でティーカップを片手に持ったセレナ大佐がにっこりと笑みを浮かべながらそう言う。
確かに帝国軍人にとって皇帝陛下は敬意を払い、忠誠を誓っている君主なのだろうけれど、俺にとっては面白半分で俺を過酷な状況に放り込む愉快なクソジジイだからな。
「皇帝陛下の意図までは私にははかりかねます。単に賊退治の手腕を見込んで、というだけの話ではないと思いますから、恐らくは状況を動かすための一石として投じられたのでしょうけど」
「状況……状況ねぇ? そもそもどういう状況なのかも今ひとつわかっていないんだが。この辺りが帝国と連邦の係争地帯かつ紛争地帯で、帝国側の兵站を脅かすために宙賊に偽装した敵方のコマンド部隊が暗躍してるんだろ。それとダレインワルド家にちょっかいをかけていた不良貴族がこの辺で磨り潰されて……」
ふと嫌な予感が脳裏をよぎる。この状況下で最悪の出目はなんだろうか? と考えると自ずとあのクソジジイが期待していることが透けて見えてきた気がしたのだ。
「何か?」
「想像するのも嫌になるんだが、皇帝陛下は不良貴族の暴発を期待してるんじゃないかと思ってな。今この状況で起こりうる最悪のシナリオって件の不良貴族――イクサーマル伯爵家が連邦に寝返ることだよな?」
「いくらなんでもそれは。腐っても帝国貴族ですよ、イクサーマル伯爵家は」
「セレナ大佐には釈迦に説法かもしれないが、ありえないなんてことはありえないってやつだよ。特に戦場においてはタブーだろ? そういう可能性を『ありえない』って固定観念で無視するのは」
「それは……そうですが……」
セレナ大佐が絶句してしまう。俺にしてみれば追い詰められて懲罰的な意味で前線送りにされて、戦力やら何やらを磨り潰されるとなれば敵方に寝返るような奴が出てもおかしくないと思うのだが、帝国貴族的には考慮の外にするくらいありえない出来事らしい。
「貴族的には帝国を裏切って連邦につくってのはそんなにありえないことなのか?」
隣に座っているエルマに聞いてみる。
「そりゃ連邦に寝返ったら貴族としての地位も領地も失うことになるしね。伯爵家ともなれば保有する星系は最低でも五つ以上よ? 領地から得られる税収だけで莫大な額になるし、それ以外にも帝国貴族としての特権は多いから普通は寝返るなんて発想は出ないわね」
「なるほど。誇り云々だけでなくそういう実利もあるからか。でもなぁ……こういう事態に俺が関わると大体ろくなことにならないし」
「その、半ば諦めているのはどうなんです? もっとこう、覇気を持って逆境を跳ね返すとかそういう心持ちでいるべきなのでは?」
セレナ大佐が俺に咎めるような視線を向けながら根性論めいたものを叩きつけてくる。この人見た目は軍服よりもドレスが似合いそうな実に可憐な美人さんなのに、意外と体育会系というか頭の中身が筋肉なんだよな。
「今までの経験上、避けようと思って避けられるもんじゃないし……最初からそういうものだと覚悟を決めておけば、とりあえずパニックに陥ることだけは避けられる」
「諦観し過ぎでは?」
「学習していると言ってくれ。まぁ、政治方面の事情はなんとなくわかったよ。どっちにしろ俺達みたいないち傭兵にできることなんてないから、そっちで精々目を光らせておいてくれ。で、次に気になるのは宙賊どもの情報なんだが……まぁ宙賊なんかじゃないんだろうけど」
「やけに装備が良いのと、動きが組織立っていて巧妙であるということ以外は宙賊で間違い有りませんよ。実際、何人か捕らえましたがやはり宙賊です」
「あーはん? つうことはスポンサーになってるか、雇って指揮を執ってるか、あるいはその両方ってとこか」
「そんなところでしょうね。プロとしてはどういった手を打ちますか?」
「特別な方法はないな。ひたすら叩いて叩いて叩きまくって、割に合わないと思わせるのが一番だ。結局は宙賊だからな。上手く行かなくなれば勝手にスポンサーと仲違いをして関係が自然消滅する。可能であれば宙賊を指揮している敵のコマンド部隊を叩けると良いんだけどな」
敵がよほどの間抜けで無い限りはこまめに指揮所を動かしているだろうからな。もしかしたらブラックロータスと同程度か、少し大きいくらいの母艦を運用しているのかもしれない。ステルス性の高い母艦というのはゲリラ戦の移動指揮所としては大変に有用なものだからな。小惑星やデブリに紛れてしまえば発見も困難だし。
「最適なのは斬首戦術ですか……実行できるかどうかは運次第ですね」
「まぁな……というか兵站を狙われてるって話だが、帝国航宙軍は警戒網を敷いていないのか? 前線に近い場所なのに」
「クリーオン星系を含めた紛争宙域ならともかく、その更に後方となると前線ほどの警戒網は敷かれていませんよ。奴らが活動しているのはここよりも後方のザイラム星系やダオムン星系、ボークス星系などです」
「ああ、なるほど。ここから前線への兵站が攻撃されているんじゃなくて、ここに来るまでの兵站が攻撃されているのか……考えてみればここから前線に物資を運ぶのは帝国航宙軍だものな」
クリーオン星系の物資集積基地から更に前線への物資を輸送するのは当然ながら帝国航宙軍の輜重部隊で、それには相応の護衛がついている。流石にいくら装備が充実しているとはいえ、そんな輜重隊が宙賊に襲われるのはおかしいなとは思っていたんだ。なるほど、ここより更に後方の紛争宙域直近の星系に連中が出没しているのか。
「そうなると……厄介だなぁ、それは」
「わかりますか」
「わかるよ」
「わかるわよ」
「わかります」
セレナ大佐の問いに俺達三人は口を揃えて答える。何が厄介かというと、宙賊どもの行動範囲がさっぱりわからないという点だ。クリーオン星系よりも後方というか、国境の内側の星系はどの星系も三つから四つのハイパーレーン突入口を有する星系ばかりなのだ。前線に近いということで傭兵などの武装した船の行き来が多いし、それが賞金のついていない新品の戦闘艦だったりするとそいつが宙賊なのかどうかもわからない。それ以前に装備が良いということであれば、賞金がついていてもすぐにはわからないような欺瞞装置を積んでいる可能性もあるからなぁ。
「武器や資金の流入ルートは押さえられないのか?」
「紛争宙域にハイパーレーンの安定化装置なんて置けませんからね」
「あー……まぁそうか」
星系と星系を結ぶ亜空間路であるハイパーレーンというモノは大変に便利なものではあるのだが、その亜空間をより早く、確実に行き来するためにはそれなりの用意というか、下準備というものが必要だ。曲がりくねっている上に場所によって流速が不安定な大河を下るよりもしっかりと整備された水路というか運河の方が効率的かつ安全に船を進ませられるのと同じように、ハイパーレーンも然るべき場所に安定化装置や亜空間ビーコンといったモノを設置することによって移動を効率化することが可能なのだ。
反面、そういったものを設置してしまうとハイパーレーンに突入できる座標や、逆に行き先の星系でワープアウトする座標がある程度固定化されてしまう。つまり、出待ちが可能になってしまうのだ。これは防衛側にとっては大変有利に働いてしまう。尤も、これは双方に設置されて初めて効果を発揮するものなので、紛争宙域などでは攻め手によって真っ先に無効化されるわけだが。
そしてこれらの装置が機能しなくなることによってハイパーレーン航行にかかる時間は長くなってしまうが、ワープアウト座標はかなり広い範囲でランダムになる。恒星系外苑であることとある程度の方角は決まっているが、範囲が本当に広い。超光速ドライブを使用しても数時間かかる範囲でばらけるようになる。これは攻め手にとってかなり有利に働くし、密輸業者や宙賊にとっても行き来が楽になるというメリットがある。侵入される側にとってはあらゆる意味でデメリットだが。
「哨戒部隊も目を光らせていますが、完全にはカバーしきれないのが現状です。あちらも今のところは嫌がらせに徹していますから、対処がどうしても後手後手になってしまって……」
「抜本的な対処をしないと細かい出血を重ねさせられるだけになると思うけどな……まぁそれは俺が考えるようなことじゃないか。俺達は俺達の仕事をするまでだ。大佐も別に前線で戦えって言われているわけじゃないんだろ?」
「そうですね。うちの艦隊の任務は兵站を叩いて後方を撹乱している賊の討伐です」
「それじゃあお互いに幸せになるために任務に邁進するとしましょうや」
「自信満々に言いますね。何か考えが?」
「無いこともない。相手がいきあたりばったりに動いてるわけじゃないってんならやりようはある」
そのためにはまず情報収集だ。俺の勘が正しければ尻尾を掴むことはできるはず。




