#430 日々のルーティン
昨晩のうちに更新を書き上げていた。勤勉( ˘ω˘ )(ドヤ顔
小型情報端末のアラーム音で目が覚めた。頭と身体の芯にまだ幾ばくかの眠気や疲れが残っているような気がするが、だいたい自分が原因なので無視することにする。少し身体を動かしてシャワーでも浴びれば吹き飛ぶだろう。
「ふぁ……おはようごじゃいましゅ」
俺が起きたのに釣られたのか、俺の隣で寝ていたミミも目を覚ましたようだ。寝起きの蕩けるような声が途轍もなく可愛い。
「まだ寝てても良いぞ」
「ヒロ様が起きるなら私も起きます……ん、よし。起きましょう」
しょぼしょぼとしていたミミの顔がしゃきっとする。この船に初めて乗った時と比べると随分と寝起きが良くなったように思う。それも彼女が傭兵生活に慣れてきたことの証左なのだろう。
後悔……とも少し違うが、こういう彼女の変わってしまったのであろう部分を見てしまうと、俺が本来あるべきであったミミの姿を歪めてしまったのではないかと罪悪感のようなものを覚えることがある。最初に出会った時、いや見かけた時に俺が介入しなければ彼女の未来はより暗いものになっていたのだろうとは思うが、それでもそう思ってしまう。
案外、ミミの豪運ぶりを考えると俺が介入しなくともなんとかなっていたのかもしれないが……いや、なんというかifの話をしても仕方がないか。
「まずはシャワーだな」
「はい! 綺麗にしましょうね!」
腕に抱きついてきたミミと一緒にシャワールームへと向かう。いやはや、起き抜けに巨乳の美少女とシャワーとは。こっちの世界に来てからというもの、我ながら偉くなったものだよな。
☆★☆
ミミと楽しい楽しいシャワータイムを終えて食堂へと赴くと、そこには既に先客がいた。
「おはよ、お二人さん」
「おはよう、エルマ。朝からしゃっきりしてるってことは昨夜は深酒したな?」
朝っぱらから人造肉のステーキと自動調理器製のポテトサラダめいたものをモリモリと食べているのはうちの傭兵団の二番機であるアントリオンのパイロット、銀髪宇宙エルフのエルマである。
華奢な見た目に反して単純な身体能力は俺よりも高い。エルフの皮を被ったゴリラ……とか言うと物理的に身体を折り曲げられてしまうので決して口にしてはいけない。
「別に良いでしょ。お酒は人生の潤いよ」
「ショーコ先生に怒られても知らんぞ」
エルマの反応を見る限り、朝っぱらから簡易医療ポッドのお世話になったことは明白である。最近うちの船医になってくれたショーコ先生はあまり細かいことを言うような人ではないが、度が過ぎればお小言を頂戴することになるのではなかろうか。
「あ、おはよーさん。二人とも起きてきたんやね」
ミミと一緒に自動調理器のテツジン・フィフスから朝食を受け取っていると、元気な声が食堂に響いた。視線を向けると、そこには赤い髪と青い髪の少女――ではなくドワーフが二人。
「おはようございます。お兄さん、ミミさん」
「ティーナとウィスカもおはよう。今から飯か?」
「うんにゃ、ちょっと休憩。うちらは結構前から起きとったから」
そう言いながらティーナは飲み物が入っている冷蔵庫へと向かっていく。ウィスカはテツジンに何かお菓子でも出してもらうつもりなのか、俺達の方へと歩いてきた。
「激戦になりそうって話だったので、素材の在庫確認と消耗の激しい部材の複製をしてたんです」
「そっか。必要になりそうな物資については予めリストを作っておいてくれよ。帝国航宙軍の物資集積基地で補給を受けるから」
「はい、任せておいてください」
「うん、任せた。そういやミミも色々荷物を積んできてたよな?」
「はい、前線で不足しがちな嗜好品の類を途中で寄ったコロニーで仕入れてきました」
少し前まで滞在していたリーメイプライムコロニーでは全体的に物不足で物価が高かったからな。ゲートウェイで移動する前に適当なコロニーに寄って前線で高騰しがちな嗜好品の類を仕入れるとミミが気合を入れていたんだ。
「ならよし。それじゃあ今日も元気に飯食って頑張っていきますか」
「はい!」
☆★☆
毎日が自由な傭兵生活だからこそ規則正しい生活というものが必要だ。少なくとも俺はそう思っている。
俺のルーティンはこうだ。まず朝起きたらシャワーを浴びる。これは昨晩を共にした誰かと一緒にってことが多い。お楽しみの時間だ。
そうしたら朝食を取り、身体を動かしにトレーニングルームに向かう。これも誰かと一緒にってことが多いが、一人でということもある。それが終わったら再びシャワーで汗を流し、艦内を見回る。これは異常がないかどうかを見回るという意味もあるが、広いブラックロータス内を歩いて足腰が弱らないようにしているという側面もある。これもトレーニングの一環だな。
その際に顔を合わせたクルー達と挨拶をしたり、適度にコミュニケーションを取るのも大事だ。顔色が悪かったり、表情が暗かったりしないかなど注意を払うのも忘れない。
でもまぁ、この辺については最近は専門家に頼ったほうが良いかなとは思っている。
「うん、少し寝不足気味みたいだけど健康そのものだね。昨晩はお楽しみだったのかな?」
「そうだな。しかしこれは所謂セクハラでは?」
「医学的見地からの質問だからセクハラには当たらないさ」
そう言ってショーコ先生がニヤニヤと笑う。本当に医学的見地からの質問なのかは大いに疑わしいが、聞かれて困ることでもないか。
「毎日の同衾で色々と消耗しているということならそれに応じたサプリメントでも出すところだけれど、血液の状態その他諸々の情報を見るに問題は無さそうだねぇ」
「うちのシェフは優秀だからな」
「本当にね。そういうものが必要ないくらいしっかりと栄養が摂れているようで何よりだよ」
うちの高性能自動調理器であるテツジン・フィフスは搭乗員の運動量や健康状態を自動的に判別して適切な食事を出してくれるからな。船の各種センサーから情報を拾って判断しているらしいが、精度の高さが異常である。便利だから別に良いんだが。
「ところで、クギは一体何をしているんだ? というかクギに一体何をしているんだ?」
そう言って俺が視線を向けた先には妙ちくりんなヘッドギアのようなものを被らされて座っているクギの姿があった。頭の上の狐耳はピンと立っているし、お尻というか腰の当たりから生えている三本の尻尾もふりふりしているので、別に何か本人が嫌がるようなことをしているわけではないようだが。
「はい、我が君。先生の研究? に協力をしています」
「ヴェルザルス神聖帝国人はあまり国の外に出ないし、出ても遺伝子情報の提供なんかはしてくれた試しがないからね。色々と興味深い点が多いのもあって、クギくんに協力してもらっているんだよ。ほら、サイオニック能力っていうのは先天的な素養が無いと使うのは難しいという話だろう? 幸い、この船にはその素養というのが全くない私やミミくん、それにティーナくんとウィスカくんがいて、そういった素養があるヒロくんやクギくん、エルマくんがいるわけだ。種族もバラバラでサイオニック能力の素養の有無もばらばらで、でも互いに交雑が可能……ということはつまり、遺伝子情報的には大変に近しい――」
ショーコ先生がめっちゃ早口で喋り始めた。自分の専門分野の話になるとこういう風になる人っているよな。なんかまだ喋ってるけど内容が半分も理解できないぞ、俺は。
「嫌だったら断っても良いんだからな?」
「はい、我が君。でも、先生はとても楽しそうなので」
「それはそうね……あとはメイのところに行ったら見回りも終わりだから、その後に修練をしたいと思うんだが」
クギは現在クリシュナのサブパイロットとして修練を詰んでもらっているところなのだが、同時に俺のサイオニック能力の開花を促してくれる師でもある。
「承知致しました。それでは後で此の身の部屋に」
「了解。ああ、ショーコ先生。俺は見回りを続けるから」
「む、そうかい? それじゃあ引き留めるのも悪いね。また後でね」
「はいよ。あんまり根を詰めないようにな」
二人に手を振って医務室を後にする。さて、ルーティンを続けよう。
☆★☆
ブラックロータスのコックピットに入ると、すぐにメイを見つけることができた。まぁ、見つけることができたも何も、彼女は隠れているわけでもなし。いつも定位置にいるので見逃すはずもないのだが。
「おはようございます、ご主人様」
振り返ったメイが朝の挨拶をしてくる。うん、美人。メイの容姿をデザインしたのは俺自身だから、自画自賛になってしまうような気もするが、本当にメイは美人だ。しかも美人なだけでなく強いし何でもできる。正にぼくがかんがえたさいきょうのメイドさんである。
「おはよう、メイ。運行は問題ないか?」
「はい、全て順調に進んでおります。目的地への到着予定はおよそ五十二時間後です」
「ならよし。いつも任せきりで悪いな」
「いいえ、ご主人様。私にとってはご主人様のお役に立つことこそが幸せなのです。ご主人様がそのように謝られる必要などありません」
「そうは言うけどなぁ……」
メイにはブラックロータスの全権掌握だけでなく、俺の訓練相手や女性陣の諸々の調整やら相談役やら、その他にも数え切れないほどの業務を担って貰っている。正直、頭が上がらないというか足を向けて寝られないというかなんというか、そんな感じなのだ。
「そのように私のことを想っていただけるだけでも十分に私は幸せです。どうしても、と仰るなら……」
「仰るなら?」
「ハグの一つでもして頂ければ」
「オーケー」
どちらかというと俺のご褒美のような気がするが、メイがそう言うのであれば否やはない。首筋と腰にケーブルを接続しているメイの正面に回り、彼女を抱きしめる。ああ、なんでメイはメイドロイド――機械なのにこんなに柔らかくて温かくて良い匂いがするんだろうな。とても不思議だ。
尤も、体重に関しては相応なので、俺では持ち上げられないほどに重かったりするのだが。こうして抱きしめているとそんなことは微塵も感じられないけど。
「ありがとうございます。これで一ヶ月はは稼働し続けられます」
「一ヶ月も我慢しないでね? いくらでもハグするからね?」
というかメイ、君は一応定期的にメンテナンスポッドに入らないといけない筈だろう。流石に一ヶ月は身体のどこかに不具合が出ちゃうぞ。
こうして日々のルーティンをこなしながら目的地へと向かっていく。傭兵稼業というのは実に移動時間というものが多い職業でもあるので、こうした日常というものが意外と大事なのだ。一歩間違えば爆発四散というとびきりの非日常に挑むために。
☆★☆
リーメイプライムコロニーでのパンデミック騒動の後、俺達は次なる目的地としてクリーオン星系に向かっていた。
クリーオン星系自体は然程特別な星系というわけではない。特に居住に適した惑星があるわけでもなく、しかしそれなりに交通の便が良く、鉱石資源が若干豊富。星系単位で見ればごくごく平凡な星系だ。問題は、このクリーオン星系がグラッカン帝国とベレベレム連邦の係争宙域にあるという一点である。
現在実効支配しているのはグラッカン帝国なのだが、元々はベレベレム連邦の領土――いや、星系を領土というのはおかしいか? 領域? うん、領域だな。元々はベレベレム連邦の領域であったのだ。だが過去に行われた二国間の戦争の結果、クリーオン星系を含む周辺星系のいくつかについてグラッカン帝国が支配権を得ることになった。
しかし、ベレベレム連邦は未だに捲土重来を諦めておらず、クリーオン星系を含むかつて失った星系に関してグラッカン帝国に返還要求を叩きつけ続けており、グラッカン帝国としては過去の戦争の末に正式に支配権を得たものとしてその要求を突っぱね続けている。結果、このあたりの星系は両国が常に小競り合いを続ける紛争地域となってしまっているというわけだ。
まぁ、俺達傭兵にとっては歴史的正当性なんぞはどうでも良い話で、重要なのはクリーオン星系を含む周辺星系が飯の種に事欠かない稼ぎ場所であるということだ。そして、良い稼ぎ場所であるということは、危険な場所でもあるということでもある。
本来の俺達のターゲットは民間船を襲う宙賊で、基本的には大国間の紛争には極力関わらないようにしてきた。何故なら、実入りも大きい分危険も大きいからだ。
宙賊相手なら安心安全なのかというと決してそういう訳では無いが、紛争宙域で正規軍や敵地に潜入してきた非正規部隊と戦うことに比べたらその危険度は比べるまでもない。改造民間船に無理矢理武装を乗っけた連中よりも、純粋な戦闘艦にしっかりとした装備を積んだ連中のほうが危険なのは火を見るより明らかだ。
金を稼ぐのにそんなリスクを背負う必要はないので、極力ご遠慮願いたいというのが本音なのだが……今回ばかりはそうもいかない。グラッカン帝国を治める皇帝陛下直々に帝国航宙軍に俺を引っ張ってこいと勅令が下ったらしいからな。なんということをしてくれたのでしょうって感じだ。
「セレナ大佐も大変だな」
「こうして顔を合わせた以上は一蓮托生です。キリキリ働いてもらいますからね」
クリーオン星系にある帝国航宙軍の物資集積基地に到着して三十分足らずで再会したセレナ大佐はそう言って笑みを浮かべて見せた。口は笑ってるけど目が笑ってないんだよ、目が。絶対に俺達がまだ知らない厄介事の種があるな、これは。畜生、あのファッキンエンペラーめ。いつか何かしらの形で一泡吹かせてやるからな!




