#410 状況把握
ドヤァ……( ˘ω˘ )(筆が乗った
「とりあえず、状況を確認する……前に、自己紹介だな。俺の名前はヒロ。傭兵だ」
「私はエルマ。私も傭兵よ」
そう言いながら俺とエルマはヘルメットのバイザーを透過モードに変更し、人相を明らかにした。そうすると、レーザーガンを手にした少年は若干だが警戒を緩めたようだ。まぁ、顔も立場も隠している人間よりも、自ら明らかにしている人間の方が信用はできるだろう。
「ここに様子を見に来た理由は、さっき言った通り赤毛の修理屋……まだるっこしいな。ティーナが心配していたからだ」
「その人のことは知らない、けど……」
レーザーガンを手にした少年が倒れている大人に視線を向ける。まぁ、知ってるとしたらあの人達のうちの誰かなんだろうな。とにもかくにも話をできるようにするしかあるまい。
「ショーコ先生」
『はいはい、とりあえずコンバットヘルメットに搭載されているスキャン機能で簡易診断をするから、近づいてね』
「了解。近づいてスキャンする。良いな?」
「……わかった」
確認すると、少し迷った末に少年は頷いた。頷いた理由が何であれ、物事がスムーズに運ぶのは良いことだ。
「私は子供の中で症状の重い子がいないか確認しておくわ」
「頼んだ」
そうしてエルマと手分けして部屋の中で苦しんでいる人達をスキャンし、トリアージ――傷病の緊急度や重症度に応じた優先度分け――を行っていく。
「何本持ってきてる?」
「私は二本。そっちは?」
「三本。ギリギリ足りるな」
スキャンの結果、大人三人と子供二人が緊急度が高いと診断された。何本、というのは俺達が用意してきた救急ナノマシンユニットの数だ。
『そのクラスの救急ナノマシンユニットなら、とりあえずの時間稼ぎにはなるね』
「流石に治らないのか」
『その救急ナノマシンユニットは基本的に外科的治療しかできないからね。投与しても免疫機能向上したり、抗体が作られるようになったりするわけじゃないから、今の状況だとすぐに症状が再発すると思うよ』
「なるほどな」
救急ナノマシンユニットは伝染病でダメージを受けた内臓等を『再構築』することによって病気で弱った人間を一時的に快復させる。ただ、ショーコ先生が言ったように免疫機能を強化するわけではないので、程なくして再度感染すると。
『何にせよ、今言った五人は早めに処置しないと危険だからね』
「了解」
エルマと手分けして緊急度が高いと判断された大人の三人と特に症状の重い子供二人に、ガンタイプの無痛インジェクターを使ってぷしゅぷしゅと救急ナノマシンユニットを投与していく。
「うっ……ぐうぅぅっ!?」
「うあぁぁぁっ!?」
「おい、何したんだよ!」
「いや、救急ナノマシンユニットを打っただけだが……先生?」
『今、投与されたナノマシンがダメージを負った内臓を病原菌ごと分解して再構築しているんだよ。肺などの内臓が広範囲にダメージを負っていた場合、それなりに苦痛を感じることになるね。まぁ、すぐに安定するよ』
ショーコ先生の言う通り、投与した人達の苦しみは一分足らずで終わった。大人達はともかくとして、子供二人はぐったりとしてしまっている。
「子供がぐったりっしてるんだけど」
『すぐに元気になるよ』
「大人はともかく、子供が苦しむのは見るに堪えんな」
できる範囲でなんとかしてやりたいところだが、何にせよまずは事情を聞くべきか。幸い、倒れていた大人三人は救急ナノマシンユニットのおかげですぐに話せるようになりそうだ。
「ああ……おい、お前」
「……なにさ」
「食えそうなやつに食わせておけ。あまり数がないから、一口ずつでもいいから分けてな。後で追加で食い物を調達してきてやるから」
そう言って俺はカロリーバーと水のボトルを少年に押し付けた。エルマに目配せをすると、彼女が頷く。何にせよ身体が病原菌と戦うための栄養がないと弱る一方だからな。幸い、俺達が用意してきたカロリーバーはカロリーだけでなく各種栄養素も豊富だ。放置しているよりはマシだろう。
☆★☆
「助かりました」
「ええんやで」
「ふふ……ええ、あの子を思い出しますね。その返事」
なんとか動けるようになった三人の大人のうちの一人――アイリアと名乗った女性が微笑む。俺と同年代くらいの穏やかそうな雰囲気の女性だ。髪の毛の色は……薄いピンク色? 地毛なのか? なかなかファンキーな髪色だな。美人……とは少し違うが、愛嬌のある顔つきをしている。
「実際のところ、流行病で倒れている可能性はともかくとしてまさか荒事に巻き込まれているとは思わなかったんだが……一体何があったんだ?」
「別になんてことはありません。略奪ですよ。ティーナからうちのことはどれくらい聞いているんですか?」
「あー、ここがこのあたりをシマにしてるギャングだかマフィアの支援を受けて運営されてるってのは聞いてるが」
「それを知っているのなら十分です。最悪の状況になる前に面倒を見てくれていた人達が医薬品や食料、水なんかを用意してくれたんですが、組織に属してないチンピラにそれを狙われまして」
「えぇ……? そんなことをしたらギャングとかマフィア連中の顔を潰すことになるんじゃ?」
「それはそうですが、組織も壊滅状態ですからね」
「Oh……」
つまり流行病のせいでこの界隈のアウトローの秩序が崩壊してしまい、その結果この施設が襲われたと。
「それって襲撃者を始末すればそれで終わるって話じゃないよな?」
「そうですね。ですが、既にここには何も残っていないですから。もう襲撃されることはないと思いますよ」
そう言ってアイリアは自嘲気味に笑った。全く笑えないんだよなぁ。
「どうしたもんかね、こいつは」
ここにいる全員が危機を乗り切れるだけの支援をするのは簡単だ。ティーナはそれくらいの金は持っているだろうし、足りないとなればウィスカに頼ることもできるだろう。別に俺が手を貸したって良い。ただ、物資的、経済的に支援したとしても支援した先からそれを暴力で奪われるのでは意味がない。暴力で奪われる際に命までも失うかもしれないのだから、下手すれば逆効果である。
「俺達が常駐して守るのは論外として……選択肢その一、ここに略奪に入りそうなチンピラを片っ端から皆殺しにする」
「何人斬るのよ……そこら中を血塗れにする気?」
「あの、略奪に来る方も生きるのに必死なだけなので……」
エルマが呆れ気味に突っ込みを入れ、アイリアが焦った様子で俺を止めにかかる。いや、流石に冗談だが。
「選択肢その二、ゴリッゴリの戦闘ボットを警備用に配備する」
「ちゃんと管理できる人がいないとそのうちシステムをクラッキングされるわよ? そうしたらその戦闘ボットがここの人達に牙を剥くと思うけど」
「そういうのに強い人材に心当たりは? いない? なら駄目だな」
俺の質問にふるふると首を横に振るアイリアを見て第二案も却下する。
「選択肢その三、ハルトムートに押し付ける」
「あの人の信条がどういうものなのかは知らないけど、帝国貴族がギャングやマフィアの支援を受けていた孤児院の面倒を見るかしらね?」
「交渉した時に領地の民を斬り殺す赦免状を発行しろと? って凄んでくる程度には大事に思ってるようだったじゃないか。ワンチャンあるんじゃないか?」
「あの、ハルトムートというのは……?」
「ここ数日でこのコロニーの代官になった新しい貴族だ。前の代官はパンデミックを防げなかったからってことで更迭されたらしいぞ。ちなみに領主の息子で嫡子……つまり跡取りらしい」
「お貴族様が私達に何かをしてくれるとは思え……ああ、いえ、貴方のこともそう思っているわけではないんですけど」
「こんなものぶら下げてるけど俺は似非貴族だから。別に気にしなくていいぞ」
エルマとアイリアは懐疑的なようだが、俺はワンチャンあると思うんだよな。このコロニーの住民が上層区と下層区に分けられて、下層区の治安が著しく悪いというのは前任者の政策方針がそういうものだったからだろう。だが、トップが交代したことによってこの構図が崩れる可能性がある。
何せ今回の流行病で下層区の面倒な連中――つまりギャングやマフィアに相当の被害が出ているって話だからな。ハルトムートがこれを気にギャングやマフィアを一掃して下層国新しい秩序を齎そうと考えていても不思議ではない。
「仮にハルトムートがそう考えていたとしても、この施設を優遇する理由なんて無いわよね?」
「それはそうだな。俺がゴリ押しで頼めば可能性は無くもないと思うが、それをやるとちょっとあとが怖いよなぁ……何か奴に利益があれば良いんだが。うーん、人道的な行動を喧伝して支持率アップとか?」
「お貴族様はあまり下々のことなど気にされないと思いますが……」
「そんなこともないと思うが……まぁ数字で見る面はあるかもな」
高みにいる者にとって地下の者はしばしばただの数字にしか見えないこともある。そうでなければ領地の管理運営など立ち行かないという面もあるのだろうけども。いちいち住人達が抱える個々の事情に付き合っていては、行政など行えないということだろう。
『ヒロくん、ちょっと良いかな?』
「んあ? どうしたんだ? 先生」
『一人だけピンピンしてる子がいただろう? もしかしたらあの子が全ての事態を解決する鍵になるかもしれない』
「話が見えてこないな。どうしてあの子が鍵になるんだ?」
通信越しにショーコ先生にそう聞きつつ、比較的症状の軽い子に俺が渡したカロリーバーを食べさせている少年に視線を向ける。
『この状況で症状が出ていないあの子には流行り病に対抗できる免疫が備わっている可能性がある。それを解き明かすことができれば、流行病の特効薬を作れるかもしれない』
「つまり、それがハルトムートとの交渉に使えると?」
『可能性はあるだろう? 彼は何が何でもこのパンデミックを収束させたいはずだ。その特効薬は十分に交渉のカードになるんじゃないかな?』
「そりゃそうかもしれないけど、そんな簡単に特効薬なんて作れるのか?」
『勿論簡単ではないよ。でも、君がブラックロータスに用意してくれた設備があれば可能さ。高いお金を払っただけの価値があると、私が証明してみせよう』
ヘルメット越しにショーコ先生の自信に満ち溢れた声が聞こえてくる。なるほど、そういうことならその方向で模索してみるのもアリか。そう考えて少年に視線を向ける。
「……なんだよ?」
少年は俺が与えた僅かな食料を皆に分け与え終えたところだった。
「お前、ちょっと俺の船に乗らないか?」
「はぁっ!?」
少年が眦を吊り上げて腰のレーザーガンに手を伸ばしかける。おいやめろ馬鹿。どうしていきなり武器を抜こうとするんだ。
「――ッ! それで皆を助けてくれるのか?」
「結果的にそうなる可能性は高いな」
「……わかった。乗る」
少年はそう言って肩を落とした。良かった。武器を抜かれたらどうしようかと思ったぞ。流石に斬り殺したり撃ち殺したりするわけにもいかないし、何より救急ナノマシンユニットはもう品切れなんだ。怪我をしてもさせても大変面倒なことになるところだった。
「あの、私が……私が代わりではいけませんか?」
アイリアが悲壮な雰囲気を漂わせながら懇願してくる。
「いや、あの子じゃないと駄目なんだ」
「そこをなんとか……あの子はまだ成人もしていないんです。私ならいくらでもお相手しますから」
「ンンン? 待ってくれ。何か齟齬が生じている気がする。エルマ、助けてくれ」
縋り付いてくるアイリアに違和感を覚えた俺がエルマに視線を向けると、エルマは呆れを隠さない表情で俺にジト目を向けてきていた。なんだ、その視線は。
「詳しく事情も説明しないでこの状況で船に乗れ、は誤解されるに決まってるじゃない」
「……? あっ! えっ? そういうこと? いや違うから。そういうのじゃないから。伝染病に罹らないでピンピンしてるからパンデミックを解決できるかもしれないってうちの船医が……ああ、しまった。ショーコ先生の声は俺達にしか聞こえてなかったか」
スピーカーモードにしてなかったもんな。そりゃ聞こえてないはずだし、俺の提案があまりに唐突に思えたのも仕方ない。
「というかお前、女の子だったんだな」
「女に見えなくて悪かったな!」
犬歯をむき出しにしながら少年――もとい少女が顔を真赤にして鋭い蹴りを繰り出してくる。ははは、そんな蹴りではコンバットアーマーの防御力を抜くことは出来んよ。というか怪我するぞ。ほら、痛がってる。
「きちんと説明しよう。うちの船医が言うにはだな……」
俺は少女の攻撃を無視しながらアイリアに事情を説明し、彼女を船に招く許可を得るのであった。




