#402 引っ付き虫(剛力)
大変長らくお待たせしました。更新再開です!( ˘ω˘ )(隔日更新、月曜日木曜日休載
誰かの悩ましげな呻き声で目が覚めた。感じる温もりは二つ。なんだか身体が痛い。寝返りが打てなかったからだろうか。
「にゅぬぬぬ……ぎゅぬぬ」
「なんだその寝言は……」
眉間をぎゅっと寄せて謎の寝言を漏らしている赤い髪の毛の少女にツッコミを入れつつ、腕を曲げてその頭を軽く撫でる。すると、ぎゅっと寄っていた眉間の皺が僅かに解れた。夢見が良くないらしい。
「すー……」
寝ていても騒々しい姉と違い、青い髪の毛の少女の方は実に穏やかだ。身体を俺にぴったりとくっつけて幸せそうに眠っている。姉の方もそうだが、すべすべのお肌と高めの体温がとても心地よい。
実際のところ、見た目はともかくとして二人とも良い大人なのだけどな。そうじゃなかったら完全にアウトの絵面である。二人とも生まれたままの姿なので。現場を押さえられて「憲兵さんこいつです」などと言われた日には弁明は不可能であろう。あくまで絵面だけ見ればだが。
「……起きるか」
早起きしなければならない理由も特には無いが、惰眠を貪るのも良くない。まずは見た目以上の力で俺の身体をホールドしている二人をなんとか起こして引っ剥がすところからだな。
☆★☆
「おはようございま……えぇ?」
なんとかかんとか身支度を整えてブラックロータス――俺達の母艦だ――の休憩スペースに顔を出すと、クルー達からドン引きされた。
困惑している栗色の髪の毛の女の子の名前はミミ。俺の船の最初のクルーで、優秀なオペレーターだ。身長は低めだが、服の胸元を押し上げる胸部装甲の厚さは戦艦並みである。
実はやんごとなき血を引いていたりするのだが、本人は割とどうでも良いというか俺達と一緒に行動するのには寧ろ邪魔だと思っている節がある。まぁ、血筋がどうのという理由程度で今更彼女を手放すつもりは無いが。少なくとも、彼女がそう望む限りは。
「どうしたのよ、それ」
呆れた様子で俺に問いかけてきたのは銀色の髪の毛と、その髪の毛から飛び出してきている笹穂型の尖った耳が特徴的な美人さんだ。彼女の名前はエルマ。優秀なパイロットで、傭兵としてのランクもシルバーランク。更に帝国の子爵家令嬢ということで身体強化手術も受けており、細身の見た目に反した膂力と運動能力までも併せ持つスーパーソルジャーみたいな人だ。
胸部装甲の厚さはミミに到底敵わないが。
「ちょっと夢見が悪かったみたいでな」
俺の胴体に正面から抱きついて離れない赤い髪の毛の少女――ティーナの身体を左腕で支えつつ、右手で彼女の背中をポンポンと軽く叩く。
普段は似非関西弁のような口調で話す明るいムードメーカー的存在なのだが、今日は朝から見た目相応の幼女めいた言動で俺を困らせてくれている。ちなみに、見た目というか身長は少女のようだが、出るところは出ているし何よりドワーフは筋肉や骨の密度が高いようで見た目以上に重かったりする。
この状況でそんなことを言ったら熊めいた膂力で肋骨とか背骨とかが危険なことになりそうだから絶対に言わないけど。俺も普段から鍛えているから、重いと言ってもこれくらいなんでもないしな。
「お姉ちゃん……」
複雑な表情で姉のティーナを見上げているのはウィスカ。髪の毛の色が姉のティーナと違って青いが、それ以外は殆ど瓜二つのドワーフの少女――というか女性である。まぁ、顔の作りが殆ど同じでも、纏う雰囲気が全然違うので間違えることはまず無いけれども。
姉に比べるとかなり控えめ――というか落ち着いた性格なのだが、知的好奇心が刺激されると暴動しがちという欠点があったりする。とは言え、姉ともどもこれ以上無いほどに優秀なメカニックなので、その程度の欠点なんて可愛いものなのだが。
「よろしければ此の身が診ましょうか?」
そう言って狐のように尖った銀色の獣耳をピクピクと動かし、モフリティの溢れる尻尾をフリフリとしながらクギが俺の側に歩み寄ってくる。
彼女は何千光年も遠く離れたヴェルザルス神聖帝国の人間――というか獣人? で、彼の国において巫女と呼ばれる身分の少女である。俺を含めたクルー達は未だに彼女が遠路遥々俺の元へと旅してきた上に盲目的に俺に付き従う理由を今ひとつ理解しきれていないのだが、兎に角害意の欠片もない上に、彼女が俺に付き従うことを拒否して『処分』されてしまうのも忍びないということで、クルーとして迎え入れた。
実際のところ彼女は物覚えが良い上に努力家で、短期間でサブパイロットとしての技術を身に着けつつあり、しかもサイオニック能力――所謂超能力関連のスペシャリストでもある。俺自身が伏在怪奇な事情でサイオニック関連の事象と関係が深い身の上であるため、彼女の存在は色々な意味で俺達の助けになってくれている。彼女の言う『診る』というのも彼女が得意とするテレパス――精神感応能力によってティーナの状態を確認し、可能であれば改善しようという申し出なのだろう。
そろそろ彼女のことについても色々と考えるべきなのだろうが、今は目先にやることが山積みのため、後回しになっている。彼女曰く、彼女とヴェルザルス神聖帝国としては彼女が俺に付き従っているだけで目的を達せられるということなので、あまり気にしなくても良いということらしいのだが。
「待ち給え。クルーの心身の状態をケアするのは船医である私の領分じゃないかな?」
そう言って待ったをかけてきたのは最近船のクルーとして迎え入れることになった船医兼科学者という立ち位置のショーコ先生である。
ちょっとボサついている長い黒髪、お洒落より快適性重視の服装、その上に纏った白衣。そしてその白衣を押し上げるミミと同レベルの胸部装甲が特徴的と言えば特徴的な女性だ。
その出生には多少厄介、というか特殊な事情があるということなのだが、色々な意味で今更である。
俺は本当に人間と呼んで良いのかどうかも微妙なラインの異世界人めいた何か。
ミミはグラッカン帝国の帝室の血に連なる、ギリギリお姫様と呼ばれてもおかしくない身の上。
エルマは帝国貴族であるウィルローズ子爵家の令嬢だ。
ティーナとウィスカは特に特別な事情を有してはいないようだが、クギはヴェルザルス神聖帝国においては巫女としてそれなりの血筋であるようだ。
そんな中で予め遺伝子工学に基づいて優秀な頭脳を持つように設計されたデザイナーベイビーであったという事情は可愛いものじゃなかろうか? こう言ってはなんだが、俺とミミの出自と比べればなんてことはないように思えてしまう。
そもそも、帝国貴族なんかは後天的に強化手術を施して脳の処理能力や記憶能力を強化するのだという話だしな。先天的なものであるかそうでないかという違いがあるだけで、本質的に両者に大した違いはないように俺には思えてしまう。
「メンタルヘルスは博士の守備範囲外では? ご主人様、よろしければ私が対応致しますが」
そう言っていつの間にか現れたのはメイだ。彼女はハイスペックのメイドロイド――つまりメイド型のアンドロイドで、しかもただの機械ではなく所謂機械知性である。つまり、滅茶苦茶に高度なAIだ。人格を有するほどの。
実際のところ、彼女達機械知性は一応『個』という概念はあるものの、基本的には高度な情報ネットワークによって常に相互接続されている群体というか、集合知性体に近い存在であるらしい。
何にせよ、彼女は設計者にして購入者でもある俺に絶対の忠誠というか愛情というか、そういったものを向けてくれる優秀な存在である。ブラックロータスの管理運行の全てを掌握しており、並外れた演算能力による電子戦能力と、パワーアーマーすら凌駕する戦闘能力を併せ持つスーパーなメイドさんだ。
どうせ作るなら「ぼくのかんがえた最強のメイドさん」が良いよね、ということで考え得る最高スペックのパーツで全身を組み上げ、ありとあらゆるスキルをインストールした結果が彼女という存在だ。俺達にとっての鬼札だな。
え? 彼女の容姿? 艶やかな黒髪のロングヘアーにアンダーリムの赤フレーム眼鏡クールなメイドさんだよ。身長は俺と同じくらいで、胸部装甲はミミには及ばずだが大きめ。俺の趣味と嗜好をこれでもかと盛り込んでいる。感情値最低、愛情値高め。クーデレメイドさんって良いよな。
「皆の心配や申し出は有り難いけど、ちょっと様子見で……まぁ、そっとしておいてやってくれ」
実は、さっきから俺に抱きつく力が微妙に強くなってきている。もしかしたらティーナは今、この時点で初めて周りの状況に気づいて猛烈に恥ずかしがっているのではなかろうか? その証拠に、引っ剥がそうとすると、力がめっちゃ強くなる。ちょっと痛い。
「……なら良いけど。あんまり抱え込まないように言っておきなさいよ」
「アイアイマム」
若干事情を察した感のあるエルマに返事をして敬礼しておく。とりあえず、食堂で何か食う……前にこの引っ付き虫をどうにかせんといかんな。やれやれ。
☆★☆
「で、昔のことを色々夢に見てメンタルが一気に弱ったと」
「まぁ、その……せやな」
一時間後。なんとかティーナを引っ剥がした俺は、食堂の自動調理器で調達してきた朝食をティーナとウィスカの部屋に持ち込み、話をしながら二人だけで食べていた。
ウィスカも一緒にどうかと誘ったのだが、「二人きりの方がお姉ちゃんもお兄さんに色々と話しやすいと思います」と言って二人きりにしてくれたのだ。実に姉思いの妹である。
「こう言ってしまったらおしまいだが、俺は精神科医でもなんでもないからな。専門的な治療とかはできないんで、できることと言っても大したことはないんだが」
「身も蓋もないなぁ」
そう言ってティーナが笑うが、その笑顔はどこかぎこちない。相当やられてるな、これは。
「気休めを言っても仕方ないだろ?」
「それはそうやな」
「まぁあんまりグダグダ言っても仕方がないからズバっと言うけど、何があったとしても俺はティーナを守るし、どこかにやったりするつもりはないからな」
「……事情も聞かずにそんなこと言ってええの?」
「ええの。特に他人の命に関することなら悩む必要は一切なし」
「……そのこころは?」
断言する俺にティーナはそう聞いてきたが、俺は彼女に肩を竦めて見せた。
「それを言い始めたら俺の手は既に真っ赤っ赤だし。居たかもしれない被害者ごと宙賊の船を宇宙空間で爆発四散させたかもしれないとか、そんなこといちいち気にしていられない」
「それはそうやろうけど……」
ティーナが今度は苦笑いを浮かべる。状況というか立場が違うとでも言いたげだな。
「とにかく何も心配するなってことだよ。いざとなったら例のー……あー?」
「リーメイ星系や」
「そう、そのリーメイ星系で医療物資をとっとと売っぱらってササッと出てけば良いだけの話だし」
そもそもの話、ティーナがこうしてメンタルに以上をきたしたというかダメージを負ったのは彼女の『古巣』であるリーメイ星系に行くことになった、というのが発端である。
アレイン星系でショーコ先生が俺の船に乗るための正式な手続きを終えた俺達は、彼女の伝手で高品質のハイテク医療物資を大量に仕入れることができた。俺達は傭兵だが、行商人の真似事もする。傭兵家業と違って帝国に規定の税金を取られるけど、それでも安く物資を仕入れることが出来るのならわざわざチャンスを逃すこともないからな。
で、色々とあったミミのお祖母様ことセレスティア様から、リーメイ星系で何かしらのパンデミックが起こりつつあるという情報を得た俺達は一儲けしようとリーメイ星系へと向かっているわけなんだが、そこで目的地のリーメイ星系がティーナの古巣であることが判明して今に至る、と。
「兄さん、今までそう言ってササッととんずらできたことあった?」
「……さて、冷める前に飯を食ってしまおうか」
「兄さーん?」
「ほーら、テツジンの作ってくれた美味しいご飯だぞー? あーん」
ティーナの追及を無理矢理スルーしつつ、朝食を摂る。今まで目を逸らしていたが、まぁ十中八九また何かしらのトラブルに巻き込まれることになるだろうとは思っている。何にせよ、ティーナのメンタルが最優先だけどな。
とりあえず、防疫装備とブラックロータスの防疫体制についてミミとショーコ先生、あとメイにも確認しておくとするか。パンデミックが起こっているコロニーに寄港して、艦内で同様のパンデミックを起こしたりしたらあまりに間抜け過ぎるからな。




