#388 帝都生まれのSさん
キリのいいとこまで書いたら遅れました( ˘ω˘ )(ゆるして
朝の身支度を整え、軽く朝食兼昼食を取ってからのんびりと部屋で過ごし、約束の時間になったので全員でホテルのラウンジに向かった――のだが。
「アレか……?」
「多分ね」
ラウンジの一角が若干物々しいことになっていた。ラウンジに誰か――恐らく三人ほどの客が座っており、その周りを三人のコウガサービスの警備員が守っている。何故コウガサービスの警備員なのかわかったのかというと、それはもうわかりやすく社章と社名がはっきりとプリントされている制服を着ていたからだ。
「既にお着きです」
「早いなぁ……せっかちなのかね?」
「どうでしょ――んん? あの人、なんだか見たことがあるような……?」
既に据わっている客人達――俺に殺意を向けてきた連中を客人と呼んで良いのか……?――に視線を向けたミミが首を傾げる。ミミが視線を向けているのは三人いるうちの一人、年季の入った傭兵服を着たマダムであるようだ。
「知り合いか?」
「いえ、どうでしょう……気のせいかもしれません」
そう言いながらミミがしきりに首を傾げる。どうやら必死に思い出そうとしているようだが、うまく思い出せないらしい。
「まぁ、話してるうちに思い出すんじゃないか」
「そう、ですね……」
思案顔のミミを引っ張って会合場所まで歩を進めると、偉そうに足を組んで座っていたマダムがジロリと俺を睨めつけてきた。
「……」
「……」
間違いない。こいつだ。俺に超長距離から身震いするほどの殺気を叩きつけてきたのはこのババアだ。ミミと似たブラウンヘアに、三角眼鏡みたいな形のバイザー。年季の入った傭兵服に、腰にはレーザーガン。そして座っているソファに立てかけられている曲剣――カトラスか?
「何をぬぼーっと突っ立って見下ろしてるんだい。とっとと座りな」
「イエス、マム」
雑に敬礼を返してババアの正面に陣取る。右手にミミ、左手にはエルマ。そして背後にはメイとクギが立った。そして背後に立ったクギが俺の耳元に口を寄せて囁いてくる。
「我が君、あの方達からは思念波が殆ど漏れていません。何か対策装備をしている可能性があります」
「わかった」
整備士姉妹とショーコ先生が左手のソファに腰掛けるのを見守りながらクギに短く答え、正面のババアに視線を向ける。
「招待に応じていただいてどうも。キャプテン・ヒロだ」
「知ってるよ。よぉく調べさせてもらったからね。顔も見飽きたくらいさ」
「そいつは手間を掛けさせたな。直接聞いてくれれば答えられることなら答えたんだが。ところでマダムのお名前は聞かせてもらえないのか? 見たところ同業のように見えるが」
俺がそう言うと、ババアは苛立たしげな雰囲気を滲ませて僅かに歯を剥き、小さく舌打ちをした。あからさまに攻撃的というか機嫌悪いじゃん。
「何がマダムだい。ケツが痒くなりそうな気持ちの悪い言葉遣いはやめな」
「オーケー。で、俺のことはよく知ってるってんならそっちのことを教えてもらいたいね。まるっと全部とは言わん。名前と、どうして俺達を狙ったのかくらいはな」
「あんたがあたしの質問に答えるならね」
「おいおい、先に仕掛けてきておいて随分と厚かましくないか……? まぁ良い。俺は寛大だからな。聞きたいことがあるなら言ってみろ」
最終的に向こうの目的を聞き出して、命を狙われるようなことが無くなればそれで良い。多少の譲歩はしようじゃないか。
「あんた、何者だい?」
「そりゃまた答えに窮する質問だな……? 俺のことは調べたんだろう? 傭兵ギルドのプラチナランカーで、運良くゴールドスターなんぞを受勲して帝国の名誉子爵になったしがない男だよ」
「そんな表面的な情報なんざどうでもいい。もっと本質的な話さ。あんたはどこで生まれて、どんな風に育って、どういう経緯であの船を手に入れてポンとターメーン星系に沸いて出たのかってこと聞きたいんだよ」
ババアが投げかけてきた質問の内容に思わず押し黙る。こいつは困った。随分とまたクリティカルなことを聞いてくるじゃないか、このババア。
「それは答えられない質問の範囲だなぁ。誰にだって触れられたくない過去ってもんがあるだろ? というか、実のところ俺にもよくわからんのだよな、その辺は」
「どういうことだい?」
「どうやってターメーン星系に俺が辿り着いたのかは俺自身も知らないからだ。気がついたらジェネレーターの落ちているクリシュナ――俺の船のコックピットにいて、なんとかジェネレーターを起動したら宙賊に襲われて、なんとかかんとかそいつらを撃退してデータをサルベージして、サルベージしたデータからターメーンプライムコロニーの座標を知ったのさ。で、ターメーンプライムコロニーにたどり着いた後は星系軍の尋問を受けて、船に戻った後は俺なりにどういう状況なのかを調べたりして、それでなんもわからんかったから傭兵になったんだ。幸い、船の扱いだけは身体が覚えていたんでな」
「ターメーンプライムコロニーで出会ったばかりの頃のヒロは右も左わからないような危なっかしい状態だったの。それは私が証明するわ。まぁ、今でも一般的な常識は怪しいけど」
俺の独白を補足するようにエルマがそう言って肩を竦めて見せる。目付きの鋭いババアは訝しげに眉を顰めながら俺達の発言の内容を吟味しているようだった。
「俄には信じられない話だね。つまりプラチナランカー様はどこの馬の骨ともわからない身元不明人ってことかい? いつから帝国ってのはあんたみたいな曖昧な存在を平然と受け容れてくれる寛大な国になったのかね」
「そんなの知らんよ。俺の知らないところでお上の意向があったのかもしれんし、単に運良く潜り込めただけなのかもしれん。経緯はどうあれ俺は何不自由なく傭兵として帝国で活動できてるってわけだ。ところでこんな話を聞いて何が面白いんだ? あんたの目的がさっぱりわからん」
「あたしにとっては重要なことなんだよ。とはいえまだるっこしいのは確かだね。だから単刀直入に聞くよ」
「どうぞ」
「あんた、何が目的でミミに近づいたんだい? 誰の差し金だい? 誤魔化したらその首を叩き落とすよ」
ドスを効かせた声で凄んでくるババアの剣幕は大したものだったのだが、それに対する俺とミミの対応は、というと。
「……何見つめ合ってるんだい。質問に答えな!」
「いや、うーん……誰の差し金でも無いんだよ。目的って言ってもなぁ……俺とミミの出会いは完全に偶然だったし。正直、なんで助けたのかと問われると、見捨てられなかったとしか……まぁ、ミミ可愛いし」
「えへへ、運命ですね!」
ミミがにこにこしながら俺の腕に抱きついてくる。うむ。素晴らしい。何度同じ状況になっても同じように対応すると思うが、それでもよくやったぞ。あの時の俺。
「真面目に答えな」
「いや真面目だし……ミミみたいな可愛い女の子が、見るからに悪そうなチンピラどもの手によって路地裏に引きずり込まれそうになってたらそりゃちょっとくらい無茶してでも助けるでしょ。男なら」
「その場で決断して実行できるかどうかは別として、それはそうっすね」
今まで黙って話の流れを見守っていた相手方の男が頷く。
「だよな? 助けた結果お近づきになれるかも、って常識の範囲内での下心があったのは認めるよ。比率的には義憤三割、見捨てたら寝覚めが悪いのが三割、下心が四割くらいかな」
「ちょっとサバ読んでないっすか? 下心五割か六割じゃないっすか?」
「まぁうん。そうかもしれん。でも最大瞬間風速的には義憤と寝覚めの悪さがもう少しあったと思うんだよ」
そう言ってチラリとエルマに視線を向けると、彼女は気まずそうに視線を逸した。あの時エルマは私達は英雄じゃなくて傭兵なんだから、何でもかんでも首を突っ込めば良いってもんじゃないとかなんとか言ってたんだよな。まぁあの時は赤の他人だったんだから仕方ないだろうが、それはつまりミミを見捨てろと諭していたというわけで、エルマとしては気まずかろう。
「……つまり、誰かの差し金とかなにか目的があったってわけじゃなく、本当にただの偶然でミミと出会って、助けて、そのまま船に乗せたってことかい?」
「そうだよ。その時は男の船に女を乗せると慣習的にどうなのかとかそういうことも知らなくてな。助けてからミミを船に乗せるための手続きやら何やら済ませて、その後にそのことを聞いて仰天したぞ」
「……えへへ。なんだか懐かしいですね」
ミミが少し恥ずかしそうに頬を赤くしている。ちょっと生々しい話だものな、これは。
「というか、随分とミミのことを聞いてくるな。あんたはミミの何なんだ?」
「……何だと思う?」
質問を質問で返すんじゃねぇよクソババア! という言葉をグッと飲み込んで思考を巡らせる。見るからに傭兵って感じの中年女性で、カトラスなんぞを持っている辺り帝国式の剣の使い手である可能性がある。隣に座ってる男女は共に若いが、どっちもやはり傭兵っぽい雰囲気を感じる。
ミミを個人的に知っていて、心配する傭兵の女性――となると思い当たる可能性は一つくらいしか俺にはないが。ええ? マジで? 若くない? いや、皇族ともなれば身体強化やアンチエイジングに関しては生まれた瞬間から最高級のものを施されている可能性が高いし、噂に聞いたような活躍をしていたなら金だって余るほどあるだろうから、最新技術を使ったその手の手術をいくらでも受けられるか。なら、中年くらいに見えるこの女がそうである可能性は低くはないわけだ。
「ちょっと直接名前を言うのは憚られるなぁ。もしかして帝国で大人気の冒険活劇の主人公として有名なSさんだったりする?」
「どうしてそうなるんだい?」
「ゴールドスター受勲の時に帝都に行くことがあってな。その時色々大変だったんだよ。有名なSさんの兄君にそれはもうウザ絡みされてな。その切っ掛けがミミだったわけだ」
「あの人の差し金かと疑ってたんだけどね、あたしは」
「違うね。できればあまり関わりたくないぞ、あの人には。だから帝都に近寄らないように……そうか、そういうことか。だからここで網を張ってたんだな?」
ショーコ先生の言っていた発想を逆転した時の答えがこれだ。俺と同じだったんだ。
アレイン星系に網を張っていたのではなく、アレイン星系くらいまでしか網を張れなかったんだな。帝国領土内の奥深くに踏み込んで皇帝陛下に見つかるのを嫌ったわけだ。
「そういうことさね。ここは仕事にゃ事欠かないし、辺境に属する割にエッジテックにも触れられる。待つには悪くない場所だったよ」
そう言ってクソババアはバイザーを外し、ミミに視線を向けた。こうして見ると顔のパーツのいたるところにミミの面影があるな。いや、本来は逆か。ミミの方に彼女の面影が濃いんだ。
「面と向かって会うのは十年以上ぶりだね、ミミ。あたしはセレスティア。あんたの祖母だよ」
そう言って俺に殺意を向けてきたクソババアことセレスティア様はニヤリと口の端を持ち上げてみせた。こいつは癖の強そうな祖母さんだなぁ。




