#382 ビジネススーツの二人
睡眠不足は良くないっすね( ˘ω˘ )
イガセックにコンタクトを取ると、すぐに担当者がホテルまで来てくれるということになった。
「ホロ通話やメッセージで済ませるのかと思った」
「結局アナログな方法が一番機密保持に向いてたりするのよ。通信は傍受されたり機器自体をクラッキングされる恐れがあるから」
「そういや前にダレインワルド伯爵宛にクリスのホロメッセージを送るときにもエルマが直接運び屋のとこに記録媒体を持って行ってたな」
あれもセキュリティ対策の一環だったわけだ。ネットワーク経由でデータを送ると、傍受されたり内容を改竄されたりする恐れがあるからということで。
「古い話を持ち出してくるわね……そういえば、あの時のヒロは可愛かったわね」
「思い出しました」
エルマがニヤニヤとした笑みを浮かべ、ミミがニコニコとした笑みを浮かべる。同じ笑顔なのに何故こうも受ける印象が違うのか。不思議なもんダナー。
「え、なになにそれ。聞きたいわ」
「私も興味があります!」
「こ、此の身も……」
ティーナとウィスカは予想通りの反応だが、クギまで……ショーコ先生もニヤニヤしてるし。この部屋に俺の味方はいないのか。メイなら……メイも止めはしないよな。この程度では。表情は読み取れないけど興味がありそうな雰囲気を感じる。
「はいやめ! その話はやめよう! いや、後にしような。ほら、すぐイガセックの人来るから」
「はい、ご主人様。それでは後でエルマ様とミミ様にお聞き致します」
「……はい」
後にしようと言ったのは余計だったかもしれない。この様子だと他の全員が忘れてもメイがこの話題を持ち出しそうだ。
まぁ悔やんでも仕方がない。過去に起きたことはもう覆せないのだし、覚悟を決めるとしよう。なに、ちょっと心配が高じて衝動を抑えられなかっただけの話だし……別に恥ずかしくねぇし。
などど考えていると、ロビーから来客の連絡が入った。ロビーでイガセックの担当者であることを確認してもらい、入室許可を出す。
「あちらさんは二人組だってさ」
「ふーん? 何かあった時のためにツーマンセルなのかしら?」
「単に営業担当と現場担当とかじゃないですか?」
「両方とも正解なんじゃないかと私は思うねぇ」
エルマとミミ、ショーコ先生が賑やかに話している一方でティーナとウィスカは少し離れた場所に一緒に座って大人しくしており、クギもその側で静かにしている。こういう荒事が絡むような案件の時には整備士姉妹は大人しいんだよな。クギもどちらかというと外部の人間と接触する時には大人しくしていることが多い。
整備士姉妹の方は単に大人しくしているだけだが、クギの方は目立たないようなポジションで密かにテレパス能力を使って相手の動向を窺っているっぽいんだよな。最近気づいたことなんだけど。
「……」
目が合ったクギが尻尾を振りながら輝くような笑みを浮かべてくる。後ろ――というか悪意の看破は此の身にお任せ下さいと言わんばかりの笑顔である。頼りになるなぁ。
と、考えていると俺の後ろに控えていたメイが徐に部屋の扉へと近づき、扉を開いた。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞお入り下さい」
「これはどうも。失礼致します」
「……どうも」
部屋に入ってきたのは二人の人物であった。一人はあまり背の高くないビジネススーツのようなものを着た細身の男性で、もう一人は同じくビジネススーツを着ている大柄な男性だった。ただ、こちらの方はもうなんというかピッチピチだ。腕も足も腰回りもムッキムキのマッチョなのである。
そのスーツ、サイズ合ってなくない? 大丈夫? なんかボタンとかがパーンって飛んできそうなんだけど。
「傭兵のキャプテン・ヒロだ」
「イガセックのオオタです。こちらはキラム」
「……」
オオタと名乗った男が慇懃な態度で挨拶をして隣のピチピチマッチョを紹介してくる。
このマッチョ、もう一つ大きな特徴があった。顔が無いのだ。いや、無いというかなんというか、のっぺりとしているのである。まるで素顔がヘルメットでも被っているかのような感じなのだ。
「彼は全身を義体化しているんです」
俺の視線に気づいたのか、オオタが補足してくる。
「なるほど。いかにも強そうだ」
「……どうだか」
そう呟いてキラムという名で紹介された全身義体の大男は俺とメイに視線を向けている――ように思える。何せ顔が真っ黒くてのっぺりとした感じだから視線も何も無いようにしか見えないのだ。もしかしたらのっぺりとしているのはカバーというか仮面みたいなもので、あの下にメカニカルなレンズとかがあるのかもしれない。
「キラム」
「……俺じゃこの旦那とそこのメイドロイドには勝てんぞ」
オオタの咎めるような声にキラムはそう答えて大きな体を揺すってみせた。どうやら肩を竦めたらしい。
「正面から戦えばそりゃそうかもしれんが、お宅らに頼みたいのは戦力としてではなくてな」
そう前置いて俺は依頼の内容を話すことにした。
「掻い摘んで話すと、どうも俺達――というかもしかしたら俺が何者かに狙われている可能性があってな。だが俺達は暫くこのコロニーに留まって船の改修を行う必要がある。だから、その間の護衛を頼みたいわけだ」
「わかりやすい護衛依頼というわけですか」
「そうなんだが、どうにも妙でな。俺達がこのコロニーに着いたのは今日のことなんだよ」
「……なるほど?」
オオタの表情が訝しげなものに変わる。そりゃそうだろう。着いたその日のうちにセキュリティサービスに護衛依頼を頼むなんてのはどう考えても異常だ。
「俺がパラノイアでも急性発症したって可能性も無くはないが、どうにも疑念が拭えなくてな。まぁ、詳細は言えないが確度はそれなりにあると思って欲しい」
俺やクギのサイオニック能力に関して説明するわけにもいかないので、確信を持っている理由に関してはぼかしておく。俺はプラチナランカーの有名人だから、何か伝手とかそういうものがあるんだろうとかそんな感じで都合よく納得してくれることに期待しよう。
「相手に心当たりが?」
「あるなら自分でなんとかするんだが、全く心当たりがない。いや、心当たりがないことはないんだが、俺達はつい最近まで最辺境領域にいて、ゲートウェイを使ってこっちまで来てるんだ。その『心当たり』の連中がここに網を張っていたとは到底思えない。だから困ってるわけだ」
「……どの程度の相手だと想定しておいでですか?」
至極真面目な表情でオオタが問いかけてくる。どの程度。どの程度か……。
「確証はないが、全くもって油断のならないプロじゃないかと思う。これでそこらのケチなチンピラだのマフィアだのが相手でした、って話だったらお笑い草なんだが。まぁその時は俺が過剰に怖がった間抜けってことだな」
この短時間で網にかかった俺達を遠距離から監視する手筈を整えるような相手だからな。油断ならない相手だと考えるのが妥当だろう。
「護衛のやり方はそっちがプロだから任せるつもりだ。だがまぁ、俺の考えでは守り一辺倒ではなく相手を炙り出してカウンターを仕掛けるのが良いと思うね。ああ、依頼を受けてくれるならの話だけども」
「……高く付きますよ?」
「金ならあるさ。それに要は生身で――つまりコロニー内で襲われさえしなければ俺は満足なんだ」
相手が生身の俺やクルーを狙うことを諦めてくれればそれでいい。航宙戦に釣り出すことができれば俺の勝ちだからな。
□■□
「とでも思ってるんだろうねぇ」
「こっちの目的を考えればある意味当たりですがね。どうします?」
それはそうなんだよね。航宙戦に引き込まれるのはこっちとしちゃあ歓迎できない。
「イガセックか……奴らは厄介だね。確か商売敵がいただろ?」
「コウガサービスですね。ぶつけるんで?」
「金があんのはあっちだけじゃないさね。とりあえず隙を窺うとしようか」
帝都辺りに逃げ込まれると厄介だったんだが、あっちはこっちの事情なんて知らないだろうからね。ここに留まることを選択してくれたのはラッキーだったよ。私の運もまだ捨てたもんじゃないね。
「ボスぅ、普通にコンタクトを取れば良いんじゃないですかぁ?」
「あの子のことを考えるとその博打は打てないね。ケツまくって逃げられるのが一番困るんだよ、こっちとしては。それよりも調べはついたのかい?」
「それがさっぱりなんですよねぇ。最初に活動が確認されたのがターメーン星系だってことはわかってるんですけどぉ、傭兵ギルドも背後関係とか出自は把握していないみたいでぇ」
「最初にターメーン星系にピンポイントで現れて、都合よくあの子と接触して船に連れ込んで、何をどうしたら数ヶ月でペーペーのブロンズからプラチナまで駆け上がって皇帝のお気に入りになるってんだい。絶対に裏があるはずさ」
「でもぉー……本当に出てこないんですよぉ。なんか帝国の情報部が探った形跡もありますしぃ……下手すると網にかかっちゃいそうでぇ」
いつもの泣き言が始まったね。この子はいつもこうだよ。
「あんたならなんとかなるだろ。もっと頑張りな」
「うぅ……おにばばぁ」
「ゲンコツが欲しいのかい?」
腕まくりをするだけで黙るなら最初から黙っときな。まったく。
しかしどうにも動きが読みにくいね、あの男は。もっと自信過剰なタイプかと思ったんだが……まぁ良い。いつも通りやるだけさね。逃しはしないよ。




