#292 ウィルローズ本家の人々
ちょっと短いけどユルシテ_(:3」∠)_
「あらぁー、こんなに小さかったのに立派になって」
「凛々しい美人さんになったわねー」
「あの人がエルマちゃんの良い人?」
「あったあった。ほら、これが前にエルマちゃんがうちに来た時に撮ったホロだよ」
「ちょっと……やめ、やめてください」
ウィルローズ本家に到着した俺達――というかエルマは着くなり親戚のおばちゃんと従姉妹達に囲まれて借りてきた猫のようになっていた。強く抵抗することもできずにされるがままにするしかないその姿はいっそ哀れである。
「凄いな」
「同じ男として少なくない羨望の念を覚えないでもないが……」
「それ以上に敬意を表する」
俺は俺でウィルローズ本家の男性陣に囲まれていた。俺達の視線の先にいるのはウィルローズ本家の女性陣に囲まれるエルマ――ではなく、誰かが持ってきた昔のエルマのホロ画像を見たり、次々と運ばれてくるお菓子を食べたりしているミミと整備士姉妹、そしてそれを見守るメイである。
「宇宙を股にかける傭兵や冒険家になって宇宙を飛び回る、というのはある種の男の夢だな」
「そして美女とのロマンスもな」
「エルフの寿命は長いんだし、今からでも遅くないんじゃ?」
俺がそう言うと、彼らは互いの顔を見合わせてから首を振った。
「冒険とロマン、スリルと美女には憧れるが、自分のすべてを賭けて追うほどの熱意があるかと言われると正直難しい」
「それも故郷や家族、安定した生活を捨ててとなると、な……」
「だからこそ傭兵という道を選び、成功している君には心からの敬意を表する」
「なるほど。でもあの子達は全部俺のなんであんまりいやらしい目を向けんで下さい」
「失礼な。我々は紳士だよ」
「私は嫁もいるしな」
「……傭兵になろうかな」
一番年若い感じのエルフがボソッと呟いた。どれだけ面倒な手続きと費用が必要か知らんが、頑張れ。ただ、力及ばず死んでも化けて出てくれるなよ。俺は悪くねぇ。
「しかし下世話なことを聞くが……大変じゃないのか?」
「まぁ、それなりに……? ただ、鍛えてるから」
別に下半身をってわけじゃないぞ。体力的な意味でだ。まぁ、結果として下半身も鍛えられている気がするが。
「確かに鍛えてるようだな」
「やはり体力か……」
「婿殿になんて話をしてるんだ、お前らは」
猥談が始まりかけたところでバリトンの効いた渋い声が割り込んできた。咎めるような声音ではあるが、そこまで深刻な感じではない。呆れているという感じだな。
「ご当主殿、遅かったな?」
「ナザリスに一言言ってやらねば気が済まなかったんでな。すまないな婿殿。本当はあんな会合なんて蹴っ飛ばしてやりたかったんだが、強引にやられてしまってな。まったくどこから話が漏れたのか……」
俺のことを婿殿と呼んでくるナイスミドルの彼がウィルローズ本家の当主なのだろう。そう言えばさっき氏族会館で会合をしていた時に顔を見た覚えがあるな。
「ノイシュだ。ウィルローズ本家の家長だが……まぁそんなことは婿殿には関係あるまい。とにかく、ウィルローズの娘を娶る以上、婿殿は私の身内だ。父や叔父だと思って遠慮なく接してくれ」
「ありがとうございます。短い間ですが、世話になります」
これは器の大きそうな人だな、というのが第一印象だ。とりあえず素直に礼を言って頭を下げておく。礼には礼を、好意には好意を返すのが俺のやり方だからな。逆もまた然りだが。
「うむ、婿殿は気持ちの良い男だな。この家を我が家だと思って寛いで欲しい。今日は泊まっていってくれ」
「それは有り難いですが、御存知の通り宿は用意されていて」
「気にするな。あの金満主義者が勝手に用意したものなんて放っておけば良い。どうせ奴の傘下のホテルだしな。婿殿のご機嫌を取るためにどんな策を講じるかわからんぞ」
そう言ってノイシュさんが反吐でも吐きそうな渋面を作ってみせる。
「ご機嫌斜めだな、ご当主殿」
「当たり前だ。婿殿達とエルマちゃんは我が家を訪れるために今回足を伸ばしたのだぞ? それを強引に氏族全体で歓待せねばならんだのなんだのと五月蝿いわ。主家だろうとなんだろうと我が家の内々のことに口を出すのは越権行為も甚だしい」
話を振られて怒りをぶり返したのか、ノイシュさんが額に青筋を浮かべてプンプンと怒る。しかし俺としてはエルマちゃん呼びが気になって仕方ない。エルマちゃん。ちゃん付けウケるわ。
「ヒロ様ヒロ様! ちっちゃいエルマさん可愛いですよ!」
「ちょっ」
「兄さんもこっちきて見てみいや。ごっつかわええで」
「お人形さんみたい」
女性陣に誘われたので男性陣から離れて幼少時のエルマの姿を確認しに向かう。
「ま、待て! 待ちなさい! ヒロは見るなっ!」
「あらあら恥ずかしがっちゃって」
「放してぇ!?」
慌てて俺の方に来ようとするエルマであったが、ウィルローズ本家のお姉さま達にがっしりと捕獲されて身動きが取れないようだ。今が好機……!
「ほら、見て下さいヒロ様」
「うわ、凄い可愛い」
ミミのタブレット型端末に表示されている幼少期のエルマは可愛さの塊のような存在だった。方の後ろまで伸びたサラサラの銀髪にくりっとした可愛らしい瞳。それにフリフリのお姫様みたいなドレスを着た美少女である。
「姐さんなら今でもこういうお姫様みたいな服似合うんとちゃう?」
「エルマさんって気品のある顔立ちしてるもんね」
「それ良いな。よし、今度そういう服を買ってやるか」
「前に私の服を買ってくれたようなお店とかで揃えてみますか?」
ふむ? そう言えば前にミミとデートした時にそういう店に寄ったことがあったな。ミミも言わないとなかなか着てくれないんだよなー、ロリータ系の可愛い服。折角買ったのに。まぁ本人の趣味じゃないんだから強制するのもよくないんだけどさ。
「いっそ全員にそういう服を買って着てもらうか」
「えっ? うちらも?」
「私達みたいなちんちくりんには似合わないんじゃ……」
「そんなことないと思うけどな。メイにも着てもらうか」
「ご主人様がお望みになられるのであれば」
「私は着ないからね!」
なんかエルマが叫んでいるが、ウィルローズ家のお姉様達を味方につければ目的の達成は容易いだろう。ふふ、俺は目的を達するためにあまり手段を選ばない男。いざとなればお姉様達に賄賂を渡してでも目的を達する用意が俺にはある。
今日のところはウィルローズ家にお世話になって、明日からどう動くかは後で相談するとしようか。考えついた手を使うなら、少しゆっくりしていくのもアリだしな。時間をかければかけるほどあいつらに有利になると思っていたが、意外とそうでもないかもしれないし。




