#273 後始末と外から見たあの瞬間
なんか体調が良くないのと荷物を待っているとどうも集中ができない……_(:3」∠)_
セレナ中佐は丸裸にした宙賊拠点に航宙海兵隊を送り込んだ。
「問答無用で破壊するかと思っていました」
「情報の確度を高めるために拠点から更なるデータを得たいんだろ。欺瞞情報に踊らされなきゃ良いがな」
そう言いながら回収ドローンを操作し、撃破した宙賊艦――迎撃戦闘のために拠点から出撃してきた奴だ――から使えそうなもののサルベージを進める。
「はいはい、腹が立ってるのはわかるけど少し落ち着きなさい」
「……そうだな。努力する」
俺の怒りは未だに収まっていなかった。それはそうだろう。下手すりゃ死んでいたんだ。俺だけでなく、ミミもエルマもな。確かに中佐の指揮は的確だったんだろうよ。結果的に極めて効率的な砲撃が行われることになり、初撃で宙賊拠点の防備はほぼ丸裸になった。クリシュナが対空砲火を一手に引き受けていたから、射撃地点は全部丸見えだっただろうしな。
俺達が生き残っているのはたまたま運が良かっただけだ。シールドは抜かれていないし、よしんば抜かれていたとしてもまだクリシュナには装甲がある。シールドを抜かれていたとしてもそう簡単に墜ちはしなかったかもしれないが、そうじゃなかったかも知れない。
「大体ね、相手は帝国航宙軍中佐で、この作戦の指揮官よ。私達のクライアントでもある。その指揮で死にかけたからって食って掛かったり殴りかかったり斬りかかったりするわけにはいかないでしょ? どうにも出来ないんだから落ち着きなさいって」
「わかってはいる。だから命令には従ったし、覚えておけよくらいで済ませただろ? それはそれとしていつか一発ぶん殴るが」
「やめときなさいって……相手は貴族、それも侯爵令嬢なんだから」
エルマが溜息を吐く。わかってる、わかってるよ。立場的にセレナ中佐は何一つ悪いことはしていないよな。ああ、そうだな。その通りだよ。
「何が気に食わないって俺だけでなくクルーの命が危険に晒されたのと、公衆の面前で対空砲火の中直進なんていう無様な機動を強制されたことだな」
あれでは初心者呼ばわりされても反論が出来ないだろうが? あの場には他の傭兵――同業者も居たんだぞ? そんな場面で対空砲火の中脳死で直進してバリバリに対空砲火に被弾している場面を晒す羽目になるとか俺の沽券に関わるんだが?
「まぁそれは……そうね。評判に傷がつかなければ良いけど」
「そんなにですか?」
憤慨する俺と苦笑するエルマを前にミミが首を傾げる。
「ミミ、プラチナランカーの看板は決して軽いものじゃないのよ。プラチナランカーは腕っこきの傭兵達の中でもほんの一掴みしか存在しない頂点、絶対的な強者なの。そんなプラチナランカーが無様を晒したら、他のプラチナランカーの顔にも泥を塗ることになりかねないの」
「ははぁ……舐められちゃいけないんですね」
「俺の怒りの比重はミミとエルマが危険な目に遭ったが七割、無様な機動を強制されたが三割だからな。一応言っておくが」
「はいはい、わかってるわよ。貴方はクルー思いの良いキャプテンね」
しょうがないやつだ、とでも言いたげな表情でそう言いながらエルマが俺の太ももをポンポンと叩いてくる。まだ気持ちは収まらないが、これ以上憤慨し続けてもミミとエルマを困らせるだけだな。気持ちを切り替えよう。
☆★☆
宙賊拠点の制圧は程なくして完了し、一旦リーフィルプライムコロニーへと帰還することになった。とりあえず、戦利品の船は引き上げて臨時でリーフィルプライムコロニーの近くに設けられたシップヤード(という名のただの宇宙空間)に保管されることになった。一応は盗人――スカベンジャーの類がパーツ漁りなどを行わないようにリーフィル星系の星系軍が警備をしておいてくれるらしい。
「まぁ、高価なパーツは引っこ抜いておいたわけだが」
「せやな。気密も何も保たれてない状態で宇宙空間に放置してたら劣化しかねないわけやし」
タブレット端末を操作して引っこ抜いてきた船のパーツをチェックしながらティーナが頷く。
「船体フレームや装甲はともかく、他の装備は基本的に精密機器ですからね。劣化すると修理が面倒になりますから」
そう言いながらウィスカもタブレット端末を操作している。二人のこの操作によってメンテナンスボットやメンテナンスドローンが倉庫内を忙しなく動き回り、パーツの運搬やスキャン、そして必要に応じて修理を行っているわけだ。
「どうだ? やっぱ品質高めか?」
「んー、気持ち高めってとこやね。まぁ大体平均以上の品質に整備程度ってとこやろ。宙賊レベルの、って話やけど」
「傭兵や正規軍レベルの装備とは比べものにならないよね」
「もうちょいええ装備使ってもおかしくないと思うんやけどな。装備運んでる民間船とか、護衛の船とかもそれなりに拿捕してるはずやろ?」
「そうだよね。不思議」
「あー、それはな。そういう装備はボスとかその側近の船に優先的に回されるからだ。余程のことがない限り、下っ端宙賊にはそういう装備は行き渡らないのさ」
「なるほどなー……ところで疑問なんやけど」
操作の手を止めてティーナが俺の顔を見上げてくる。
「宙賊ってなんで居なくならんのやろね? 船だってそう安いもんとちゃう。傭兵だって軍だってそれなりに狩ってるやろ? なのに一向に根絶できんのが不思議やわ」
「そりゃ元コロニストが多いんだよ。それも最下層のスラムの連中とか、所謂アウトロー連中とかな」
グラッカン帝国の政治の腐敗度は暗躍している機械知性のおかげで然程高くはないようだが、それでも落ちこぼれてドロップアウトする連中は一定数出てくる。俺がこの世界来て最初に立ち寄り、エルマやミミに出会ったターメーンプライムにもそういった区画はあった。ああいう区画に住んでいる――というより押し込まれている連中の未来は暗い。一度落ちこぼれるとなかなか這い上がれないようになってしまっているからだ。そんな連中が集まって徒党を組み、生活をするために悪事を働く。その延長線上にあるのが宙賊への転身だ。
「どう足掻いても這い上がれない。なら奪う側になってやろうって連中が絶えないのさ。宙賊もそこに目をつけて少量の金を握らせてコロニー内の情報を流させる。こいつは使えそうだと思ったら引き抜いていく。スラムにいる連中やアウトロー連中が宙賊に手引されて密航していなくなっても誰も気に留めない」
「あー……なるほど。そういやうちの古巣でも居たわ。宙賊と付き合いがあるって連中の中で、いつの間にか顔を見なくなる奴がおるんや」
「引き抜かれて宙賊になったのか、それともそう騙されて売り飛ばされたかのどっちかだろうな」
「それも酷い話ですね……」
「宙賊になろうなんて奴にはお似合いの末路だと思うけどな。船に関しては知っての通り奴らの船は全部拿捕した船の改造船だ。品質も知っての通り、民間船に毛が生えた程度だ。元手は殆どタダさ」
人件費と動かすためのエネルギー、弾薬費くらいだろう。どうせ改造や修理だって拿捕した船からパーツを取って賄っているんだろうしな。それに、監獄コロニーの中には宙賊と通じてこっそりと収監された宙賊を死んだことにして釈放しているようなところもあると聞く。稀にそれが発覚して粛清されるなんて事件もあるそうだしな。
「ま、そういうわけでな。世の中全ての人間が完璧に管理されて、落ちこぼれを一切出さないユートピアかディトピアにでもならない限り宙賊は絶えることはないってわけだ。一時的に撲滅しても空白になった縄張りに他の宙賊勢力が伸長してくる。そうなれば元の木阿弥だ」
「根深い問題なんですねぇ」
「せやなぁ。あ、そう言えば聞きたいんやけど」
「次はなんだ?」
「クリシュナってなんか特殊なシールドシステムとか積んどるん? 整備してるうちらの記憶では無いはずなんやけど」
「ブラックボックスになってるジェネレーター周りに隠されてるとかあります?」
そう聞いてくる二人に俺は首を傾げる。俺の知る限り、そんなものはない。この世界に来る前、SOLでも俺はクリシュナを存分に乗り回していたが、そんな隠し機能的なものが発動した覚えは一度もない。勿論、この世界に来てからもだ。
「無いはずだが、どうしてそんなことを?」
「え、いや、だって基地からの対空砲火めっちゃひん曲がってたやん」
「……? なんて?」
ひん曲がってた? 対空砲火が?
「多分レーザー砲撃だけだったと思いますけど、クリシュナを避けるように曲がってましたよ。レーザー偏向シールドなんて見たことも聞いたことも無いんですけど」
「……マジで?」
「せやけど、知らんかったん?」
「船に乗ってたのに?」
「いや、なんかシールドが妙に保ったなとは思ったし、エルマもなんか首を傾げてたけど……そんなことが起こっていたのか」
一体何がどうなってそんな現象が起こったんだ? 俺が知らなかっただけで、クリシュナにはレーザー偏向シールド的な隠し機能があったのか? クリシュナには謎が多いし、SOLにおいても他に同じものが存在しないと思われるユニークシップだった。絶対に無い、とは言い切れないが。
「ほんとに知らんみたいやな。だとすると何なんやろね、アレ。うちらとしてはものすっごい気になるんやけど」
「未知の技術だもんね。もう一回クリシュナを調べ直してみようか」
「せやな。整備がてら調べてもええよね?」
「ああ、それは構わんけどいつ出撃するかわからんからバラすなよ」
「任しとき」
「ありがとうございます」
そう言って二人はクリシュナが駐機してあるハンガーへと向かっていった。
未知の機能、レーザー偏向シールドねぇ……そんなもんがあるなら今まで俺が把握していないのも変な話だと思うんだが。どんな仕組みにせよ、宙賊拠点に装備されているようなレーザーを捻じ曲げるなんてことをするには膨大なエネルギーが必要になるはずだ。レーザー偏向シールドにエネルギーを食われてクリシュナのエネルギー出力が急速に低下するようなことがあればエルマなりミミなりが気づくはずである。当然、俺もな。
「でも実際に起こった、となるとどこからそんなエネルギー出力が――あ」
あった。そんな膨大なエネルギー源と、それを増幅する物体が。できるだけ手元に置いておいてくれと言われたから、俺はアレをクリシュナに持ち込んでいた。流石にコックピットには持ち込んでいなかったが、食堂に置きっぱなしになっていたはずだ。
「まさか……とは言えんなぁ」
遠くの国では航宙艦にもその手の技術を使っているという話だったし、あり得ない話ではない。とにかく、クリシュナに置いてあるアレの様子を見に行くとしよう。




