#272 一番槍
久々の航宙戦に苦戦しました( ˘ω˘ )(ゆるして
凡そ三十時間後、予定通りの戦力が集めた帝国航宙軍――というかセレナ中佐率いる対宙賊独立艦隊はリーフィル星系内に存在する赤い旗宙賊団の複数の拠点へと同時に攻撃を開始した。
「私達の目標は敵拠点ブラボーですね」
「同じ星系内に二つも宙賊拠点があるとはなぁ。奴ら、一体どのタイミングから襲撃を企てていたんだか」
宙賊の拠点と一口に言っても色々あるが、比較的多いのは大きめの小惑星を改造したものだ。内部をくり抜き、そこに構造体を収めて居住区画とする。拡張が必要な場合は他の小惑星を持ってきて構造体で連結する。
何故わざわざ小惑星を改造するのかと言うと、それは勿論宙賊を付け狙う俺達傭兵や星系軍、帝国航宙軍の目から自分達の基地を隠すためだ。小惑星を改造した基地は普通の人工的な構造体で作られた基地よりも発見が難しい。なんせ星系内に無数に存在するものなので、一つ一つ精査するわけにもいかない――いや、でも機会知性ならできるんじゃないだろうか? 何か対策があるのかね。少なくとも、SOLではそういう理由で小惑星を改造した基地が多いという設定だった。
ちなみに、普通ではないステルス性の高い特殊な構造体を使った宙賊基地なんかも無いこともない。かなり特殊だけど。SOLのイベントで目撃したやつは何面体かわからんが、とにかく多面体のいかにもSFチックな外観で、ステルス性が高くレーダーに補足されにくいというものだった。
最終的にはプレイヤー達による対艦反応弾頭魚雷やらEMLやらミサイルの雨やらに晒されて見事爆発四散してたけど。
「基地をこさえるのもただじゃないし、時間もかかるからね。それでも二つあるってことは、相当前からエルフを狩るつもりだったんでしょう。大口の買い手でもついたのかしらね?」
「買い手、ですか?」
「結局のところ宙賊も商売だ。拠点を二つ作るくらい本腰を入れてるってことは、つまりそれだけ投資しても回収できると踏んだってことだろう。エルフを捕まえれば捕まえるだけ金を払ってくれる大口の顧客が存在していると考えるのが妥当だな」
とは言え、エルフは見目も麗しい者が多いし、寿命も長い。それに潜在的なサイオニック能力者でもある。別に大口の顧客が居なくても闇奴隷としては引く手数多だろうか?
「いや、考えすぎかもしれん。エルフは高く売れそうだしな」
「美人さんが多いですもんね、エルフって」
「褒められてるんでしょうけど奴隷としての価値みたいな話の流れで言われても微妙な気分だわ」
俺とミミに注目されたエルマが憮然とした表情を浮かべる。まぁそうだよな。お前高く売れそうだな、可愛いし。とか言われても微妙だわな。
「裏事情に思いを馳せるのはこれくらいにしときなさい。そろそろよ」
「そうだな、そうしよう」
間もなく同期航行が完了し、宙賊拠点ブラボーに到着する。こちらの攻撃部隊の主力はセレナ中佐率いる対宙賊独立艦隊で、それに俺を始めとした傭兵達が同行している。ちなみに宙賊拠点アルファを強襲しているのはリーフィル星系の星系軍――星系軍にはローゼ氏族の人々が多いらしい――と、他星系から招集された帝国航宙軍の混成部隊である。リーフィル星系の星系軍は汚名返上の機会にだいぶ熱が入っていたらしいという話を聞いている。
「緊張しますね」
「そうか? 気楽に構えていても良いと思うけどな。油断するのはNGだが」
「どうしてですか?」
「星系封鎖で入れ食い状態だったろ? 恐らく宙賊基地の戦力は半分も残ってないと思うぞ」
「あ、なるほど」
「ヒロも言ったように油断は出来ないけどね。追い詰められた奴らは何するかわかったもんじゃないから」
「それは言えてるな。やぶれかぶれになって歌う水晶をぶっ壊したりするかもしれん」
「それは面倒ですね……」
俺の例え話にミミが頬を引き攣らせる。歌う水晶というのは破壊するとその場に大量の結晶生命体を呼び寄せる厄介な物体で、SOLでは使用することによってレイドイベントを発生させるアイテムだった。この世界では所持禁止の特級危険物である。
よく考えてみるとアレは一体何なんだろうな? 破壊することによって時間も空間も飛び越えて大量に結晶生命体が発生するとかよく考えると物凄いアイテムなんじゃないか? 上手く解析できれば新しいFTL航行技術のヒントになりそうだが。
「ほら、集中しなさい。ワープアウトするわよ」
「おっと、すまんすまん。じゃあ始めるとするか」
ドゴォン! と轟音が響き、光る矢のように後ろに流れていた遠き星々がその動きを止める。
『コマンダーより各艦へ。敵拠点の抵抗を排除する。大型艦は精密砲撃で敵拠点の防衛モジュールを破壊せよ。中、小型艦は直掩機の排除。艦載機は大型艦の防衛を』
「了解。さぁ、始めるぞ」
「アイアイサー。センサーレンジ、戦闘モードに変更します」
「ジェネレーター、巡航出力から戦闘出力に。ウェポンシステム起動、サブシステムスタンバイ。いつでもいけるわよ」
「よし、一番槍は頂きだ。エルマ、ヒートシンク起動」
「ちょっ!?」
クリシュナのスラスターを最大出力で噴かし、宙賊拠点へと向かう。うん、予想通り小惑星を改造したタイプの基地だな。見たところ、メンテナンスドックのようなものも見える。こっちが本命か?
「敵拠点にエネルギー反応多数。防衛モジュールが起動ました! 対空砲火来ます!」
「チャフフレア!」
「わかってるわよ!」
緊急冷却装置が働いてピキピキと音が鳴り、コックピットの中まで急速に冷え込む中、エルマが叫ぶようにそう言ってチャフとフレアを同時に展開する。それと同時に一瞬だけアフターバーナーを起動して急加速すると、一瞬前まで俺達が居た空間を多数の大口径レーザー砲撃が貫いた。宙賊基地の防衛モジュールから行われた対空攻撃だ。フレアの熱源とチャフによる撹乱で騙されたのだ。
ああいや、ちょっと掠ったな。直撃じゃないからセーフ。
「ちょっ、掠ったわよ!?」
「大丈夫大丈夫。ほら、乱戦に入るぞ」
こういった拠点に装備されている大口径レーザー砲は威力と精度は高いが、あまり小回りが利かない。距離を詰めて動き回ればそう簡単に再照準することは難しいし、下手に撃つと味方を巻き込む恐れもある。そして、クリシュナの加速性能なら一撃目をやり過ごせば懐に潜り込める。
さて、戦闘機動を――と思った瞬間、通信が入った。セレナ中佐だ。
『こちらコマンダー。クリシュナ、進路そのまま。カウントダウン。5、4――』
「マジか!? エルマ、シールドセル起動!」
「ああ、もう!」
大口径レーザー砲を掻い潜っても、今度は中、小口径の近接防衛用のレーザー方やマルチキャノンタレット、それにシーカーミサイルの攻撃があるんだぞ! 進路そのままでまともに避けられなかったら詰むんだが!?
「う、撃たれてますっ!?」
「畜生めぇ! 保て、保てぇぇぇぇっ!」
進路はそのまま、アフターバーナーを噴かして最大戦速で宙賊基地へと間合いを詰める――が、所詮は何の捻りもない真っ直ぐな機動では対空砲火を避けられるはずもない。バンバン被弾する。
やめろ! 死んじゃうだろ! いや、ギリギリシールドセルでのリチャージと拮抗してるか!?
あれ? 思ったより減ってないな?
『3、2、1――』
カウントダウンが終わった瞬間、後方から照射された大口径レーザー砲の嵐が宙賊基地に着弾し、あちこちで大爆発を起こした。どうやら大型艦の艦砲でクリシュナを狙った対空防衛モジュールを軒並み破壊したらしい。
『良い仕事です。後は好きに動いて下さい』
「お前覚えてろよマジで」
あまりの怒りに言葉を取り繕う余裕もない。本当に許さんからなお前。
『勿論です。活躍にはちゃんと報いますよ。コマンダー、アウト』
「違うそういう意味じゃ――おいっ!」
「通信、切れました」
「俺もキレそう……」
この世界に来てから船に乗っている時の中で過去最高に生命の危険を感じた気がする。クリシュナじゃなかったら溶けてたぞ。
「とにかく冷静になって。私達の命も預けてるんだからね」
「わかったよ! クソッ!」
とにかく生きて帰ってあの綺麗な顔に一発カマしてやらにゃ気が済まん。場合によっては決闘も辞さない。
「しかしよくシールドが保ったな……一つ間違えば墜ちてたぞ」
「そうね……妙に保ったわね」
エルマが首を傾げている。なんで君が首を傾げてるんだよ。シールド管理してたの君だろうが。
「宙賊の防衛モジュールが思ったよりへっぽこだったんですかね?」
「あー、そうか。その可能性はあるな」
メンテナンス不足で想定通りの出力がでなかったのかもしれない。レーザーのレンズ部分が汚れたままだったり、焦点調整が甘かったりすると威力が落ちるからな。
「まぁいい。今は戦闘に集中しよう」
囮にされたのは業腹だが、おかげで宙賊拠点の防衛モジュールはほぼ無力化されたようだし、直掩機が出撃してこないところを見ると本当に戦力が枯渇しているらしい。後は直掩機の出撃を警戒しつつ、防衛モジュールの生き残りを潰していけばこの拠点は丸裸になる。さっさと片付けてしまおう。あとセレナ中佐は絶対一発殴る。絶対にだ。




