#271 きな臭さ漂う束の間の休息
やはり寝不足は悪い文明( ˘ω˘ )(一向に直せない
「こういう時には本当にクリシュナの住環境が良くて助かったと思うよな」
「本当にそうね。ミミの先見の明ね、これは」
「そ、そうですか? えへへ」
俺とエルマからの絶賛にミミがはにかんだ笑みを浮かべる。
戦力招集完了時間よりだいぶ先行した星系封鎖が始まって凡そ六時間。あれだけ入れ食い状態であった宙賊どももぱったりと来なくなり、俺達はクリシュナの食堂で小休止を取っていた。動員された傭兵艦は希望すれば帝国航宙軍の大型艦にドッキングして休息を取ることを許されていたが、俺達の乗るクリシュナではその必要もない。
『整備しなくてええんか?』
クリシュナの食堂に設置されたホロディスプレイの向こうからティーナが心配そうに問いかけてくる。向こうもちょうど一息入れるところであったので、こうして通信を繋いだのだ。
「弾薬も消費してないし、殆ど動かない標的を一方的に嬲っただけだったからな。問題ない」
「一応自己診断プログラムも走らせてみたけど、ヒロの言う通り問題なしよ。そっちの仕事を優先して頂戴」
『わかりました』
「気をつけてくださいね」
『あいあいー』
なんだか気の抜けるティーナの返事の後、通信が切れる。暇になってから一時間くらいかけてタグを付けた船から色々略奪してきたからな。向こうはブツの仕分けで忙しい筈だ。
「こっちの戦力に殆ど被害は出なかったようだな」
「そりゃFTLトラップがあればね。上手くやれば常に先手を取れるわけだし、被害の受けようが無いわ」
「しかも相手は宙賊艦ですからね」
一隻だけ妙にシールドが硬いのが居たが、あれは何だったのかね? 赤い旗の幹部か、或いは宙賊と取引をしに来ていた逸般人かな? まぁコックピットブロックベイルアウトしてたし、タグもつけておいたから帝国航宙軍に拿捕されて今頃じっくりねっとり取り調べでも受けている事だろう。南無――と思っていたら通信が入った。なんだ? 戦艦レスタリアスから? セレナ中佐か?
「はい、こちらクリシュナのキャプテン・ヒロ」
『おや、小休止中でしたか』
「どうも、セレナ中佐。何か?」
思った通り、通信を入れてきたのはセレナ中佐だった。今回の総指揮官はセレナ中佐だ。いくら俺がゴールドスターだのプラチナランカーだのと立派な肩書きを持っていたとしても、たかが傭兵一人に総指揮がかかずらっている暇は無いはずだが?
『単刀直入に本題に入りますが、貴方達が撃破した船の中にベイルアウトしてタグを付けて放置した船があったのを覚えていますか?』
「ええ、勿論。宙賊としては珍しい行動だったんで。それが何か?」
『何も聞かずにあの船とベイルアウトしたコックピットブロックの中身、私達に譲ってくれませんか?』
真剣な表情でそう言うセレナ中佐を見て少し考えてから頷く。
「OK、俺達は何も見なかったし撃破もしなかった。ログも送っときますか?」
『そうしておいて下さい、では』
「アイアイマム」
ホロディスプレイ越しに敬礼を返すと、セレナ少佐は短く頷いてすぐに通信を切った。
「なんでしょう?」
「さてな。とにかく俺達は何も見なかったし何も覚えてないってことしとこう。厄ネタの香りがする」
「そうね、それが良さそうだわ」
相当マジな感じだったから貴族関係か、或いは軍関係のスキャンダル絡みじゃねぇかな。おお怖。そんな案件に関わるなんて絶対に御免だぜ。くわばらくわばら。
「うーん、気になりません?」
「気にならないと言えば嘘になるけど、下手に興味を持って関わった結果どうなると思う?」
「……碌なことにならないですね」
「だろ?」
「忘れることにします」
シールドがちょっと硬めだったし、鹵獲すればそこそこ良い値段で売れそうな船に思えたけどな。まぁ仕方あるまい。セレナ中佐のことだからこっちが譲った分は何かしらの形で補填してくれるだろうしな。
「ヒロ、今回の作戦どう思う?」
「んー、そうだな。なんとも妙だな。いや、効率的ではあるんだがなんと言えば良いのか、こう……策動の気配を感じる」
「と言うと?」
「今回の作戦の主目的は赤い旗宙賊団の撃滅だ。でもなーんかなー……裏の目的がありそうな気がするんだよなー」
別に何か確証があるわけではない、ただ、なんとなくセレナ中佐の動きがきな臭いんだよな。予定より早い星系封鎖とか、見た事自体を忘れてくれとかいう件とか。予定より早い星系封鎖もなんかわざわざ欺瞞情報を流したっぽい雰囲気あるし。考えてみればこのリーフィル星系の惑星防御、短期間に二回も破られて降下襲撃を受けてるんだよな。本当にきな臭さがプンプンしやがる。
「というのが俺の見解」
「なるほどー……そう言われると確かになんだか嫌な感じがしますね」
「とにかく厄介事に巻き込まれないように粛々と仕事をこなすしかないわね。望みは薄いけど」
「どんな危険な任務に放り込んでも大体敵を壊滅させて悠々と戻ってくる手駒が居たら使い倒すよな。誰だってそうする。俺だってそうする」
「しかもヒロは生身で白刃主義者の貴族にぶつけても対等以上に渡り合える戦闘能力も持ってるからね。航宙戦闘も白兵戦もできるフリーで小回りの利く駒って便利すぎるわよね」
「そんな評価は聞きとうなかった。俺のメインは航宙戦闘なのに……」
将棋で言えば桂馬とか銀将くらいには使い勝手の良い駒なんだろうな。詰めの一手で最前線に放り込まれる予感しかしない。
「あーやめやめ、考えても気が滅入るばかりだ。ひとっ風呂浴びてコックピットで待機しよう」
「そうですね。誰から入ります?」
「ミミからで良いわよ」
「えー。そう言ってエルマさん、後でヒロ様と入るつもりじゃないですか?」
「……何のことかしらね?」
ミミの指摘にエルマが明後日の方向に目を逸らす。ほう、それは素晴らしいな。実に素晴らしい考えだ。だがここでどちらか一方を選ぶというのはなかなかに難しい。どっちにしても角が立つ……までは行かないが、俺が口を出すのはNGだ。俺は黙って成り行きを見守ることにする。
「じゃあお風呂は譲るので、仮眠は譲ってくださいね?」
「OK、それで手を打ちましょう」
このように俺が口を出さずとも、当人同士でうまい具合に折り合いをつけてくれるのである。まぁ、流れに身を任せる以上は文句も言えないのだけども。言うつもりもないけどな。
それじゃあ行ってきまーす、と元気に言いながらバスルームのある居住区画の方向へと去っていくミミの後ろ姿を見送りながら、何か適当な話題を探す。エルマの場合、ここで先程のミミとの話し合いの件を蒸し返してからかってはいけない。
「そう言えば、結局ローゼ氏族のところには行けなかったな。アレを返すのにまたリーフィルⅣに降りるし、その時に行こうか」
「ん、そうね。親戚付き合いもそんなに親密にしているわけでもないし、別に行かなくても良いけど……まぁ、折角母星まで足を伸ばしたのに顔も出さなかったら不義理よね」
「だな。血の繋がりはないけど俺の親戚でもあるわけだし、挨拶はしておきたいな」
「……そうね」
エルマは俺から顔を逸してしまったが、長くて尖った耳が赤いのでどんな表情をしているかは丸わかりである。これで両手で耳を隠しても結局は状態が知れるので、本人も隠すだけ無駄だと思ったのだろう。なら顔も逸らさなきゃ良いのに。
「どんな人達なんだ?」
「うーん、私の記憶も結構あやふやなんだけど……」
と、ミミがお風呂から上がってくるまでローゼ氏族に所属しているエルマの親戚、ウィルローズ家の人々に関する話を聞いて過ごした。うん、戦いの最中にもこういう風に心を落ち着けることができる時間を取れるのは良いことだな。やっぱり独りではこうはいかない。これからも大切にしていきたいもんだ。




