#267 同じ手は二度と食わない
間に合わない!_(:3」∠)_(ゆるして
「そもそもセレナ中佐の懐から出る金ってわけでもないでしょうに」
そんな媚び顔晒してまで値切る意味あるんですか? という言葉は飲み込んでおく。彼女の手の届く範囲にしっかりと剣があるので、迂闊な事を言うと俺の首が飛ぶかも知れない。
「ヒロ。軍の――というか我が艦隊の予算も無限では無いんです」
「なるほど。でも腕を安売りすると他のプラチナランカーにも迷惑がかかるんで」
真面目な顔で世知辛いことを言うセレナ中佐に俺も真面目な顔でそう返す。俺が軍――セレナ中佐から安く仕事を請けたせいで、他のプラチナランカーへの報酬提示額が少なくなったりしたら、もしかしたら睨まれるかもしれないじゃないか。軍もなんだかんだ言ってお役所だからな。前例主義的なところが少なからずあるだろうから、俺が悪しき前例になるわけにはいかない。
「そもそもお上からの指示でこっちに来たなら、補給はお上持ちなんじゃ?」
最初の襲撃があった時点でローゼ氏族が中心となって編成されている星系軍からの救難要請があり、それを受けてセレナ中佐の隊宙賊独立艦隊が派遣されたのだろう。リーフィル星系はエルフの自治区であるとは言え、帝国の庇護下であることに変わりはない。偉大なる帝国の庇護下にある人々が宙賊なんぞに害されるというのは帝国の沽券に関わる。それでセレナ中佐が派遣されたのだから、セレナ中佐にはそれなりの権限が付与されているはずである。
「……最初に出会った頃はあんなにチョr――無垢だったのに、いつの間にか擦れてしまって」
「おい今チョロいっつったか?」
「言ってませんよ?」
しれっとした顔をしてるけど間違いなく言ったよな? 聞き間違えじゃないだろ絶対。
確かにターメーン星系ではコロッとセレナ中佐の乗せられてベレベレム連邦との戦いに参加することになったからな。まぁ、単に美人の中佐殿に煽てられて良いように掌の上で転がされ、最終的にできらぁ! とか言って参加することを宣言させられたんだがな。今はもうその手は食わんぞ。
「参加するつもりがないってわけじゃないんで。妥当な金額を提示してくれればそれでいいですよ」
「そうですか。それならこれくらいで」
と、提示された額は流石にダレインワルド伯爵家のように一日30万エネルなんてことはなかったが、普通にプラチナランカーの一日あたりの相場である20万エネルであった。それに加えて通常の賞金と更に撃破報酬付きである。条件としては悪くないな。
「もう一声、と言っても別に増額を求めるわけじゃなくてな」
「聞きましょう」
そう言ってセレナ中佐が先を促してくる。
「ブラックロータスの装備を更新したくてね。軍用グレードの兵器を回して欲しい。当然費用は払う」
「ああ、なるほど。確かにあの砲艦――母艦でしたっけ? アレの火力が上がるのはこちらとしても助かりますね」
母艦です。火力がちょっと高くなってるけど間違いなく母艦です。
「前にもこんな話はしたけど、色々バタついてるうちに流れたからな。あと、軽量級のパワーアーマーも欲しいんだが」
「わかりました。では今回はその分も含めて義理を果たすとしましょう。ゴールドスター受勲者の申し出ということであれば上も拒否はしないでしょうし」
「よろしく。スケジュールについては決まり次第通達されるってことで良いのかな?」
「ええ、行動方針が定まり次第連絡しますので、いつでも出発できる態勢で待機していて下さい。然程時間はかからないと思います」
「了解」
しかし、相手は長年帝国航宙軍の追撃を躱し続けてきた『赤い旗宙賊団』だ。そう簡単に掃討できるとも思えないんだが、何か秘策でもあるのかね?
☆★☆
「というわけで、赤い旗掃討作戦に参加することになった」
ブラックロータスに戻り、掃討作戦に参加することを告げると全員から一様にやっぱりなという顔をした。
「嫌がってた割にはあっさり参加するやん」
「ピンチはチャンスだからな。セレナ中佐経由で軍用装備の調達もスムーズに行きそうだし、掃討作戦で稼げば実質タダみたいなもんだ。賞金だけでなく撃破報酬と日当まで貰えるんだから、参加しない手はない」
「でも、嫌がってましたよね?」
「……セレナ中佐が関わると何かと話が大きくなりがちなんだよな」
最初は宙賊の拠点攻略だったが、それが何故だが隣国との国境紛争に巻き込まれる羽目になったし、それが原因で昇進したセレナ中佐に目をつけられて隊宙賊独立艦隊の教導役を務めることになったし、しばらく顔を合わせなかったと思ったら今度は結晶生命体との決戦に巻き込まれることになるし、それが原因で大層な勲章を貰うことになって、帝都に行ったら今度は帝室関連のゴタゴタが起こるし……やっぱセレナ中佐がキーになって厄介事に巻き込まれるパターンが多い気がする。
「やっぱ失敗だったか……? いや、でも逃げたら逃げたで面倒なことになりそうだしな」
「そうね。捕捉された時点でもう手遅れよね」
「こうなることを予測して先手を打って逃げるべきでしたかね?」
「そこまで先読みして行動するのは無理だろう……」
つまりこれも一種の運命というか予定調和みたいなものなのだろう。別に俺は運命論者ってわけじゃないけど、こっちの世界に来てからというものそういうのを感じる場面がどうにも多いんだよな。被害妄想の類だろうか?
「とにかくそういうことなんで、出撃準備を進めような」
「「「了解」」」
皆が動き出すのを見ながら、メイにも指示を出しておく。
「ブラックロータスの強化について仕様案を策定しておいてくれ。金に糸目はつけない……と言いたいところだが、予算は2000万くらいで足りるだろう」
「はい、それだけあれば十分かと」
2000万エネルもあれば軍用グレードの装甲とレーザー砲に換装してもお釣りが出るはずだ。
「あ、ヒロ様。今回は軍の物資輸送はどうしますか?」
「パスで。相手が宙賊なら鹵獲品が期待できるからな」
「わかりましたっ!」
食堂に残ってタブレット端末を操作していたミミが元気に返事をして作業を再開する。
さて、俺は何をしようかね……ああ、御神木の種をこのまま持っていくわけにもいかないし、そのへんの話を詰めておくとするか。まぁ、リーフィルプライムコロニーの然るべき人物に渡していけば良いだろう。
そう思っていたのだが。
「芽吹くまでは手元に置いておいて頂きたく……」
「そうなると星系外に持ってくことになるけど」
「それはどうかご勘弁を……」
「いや、そうは言うけどリーフィル星系を襲った赤い旗を討伐するための作戦行動だぞ? シータ自治政府としてもそれに参加するなとは言えないだろう?」
「それはそうなのですが……」
リーフィルプライムコロニーに駐在しているシータ自治政府の職員がダラダラと汗を流しながら言葉を濁す。自治政府とは言っても内情としては三大氏族による合議制だ。しかも、ローゼ氏族以外はあまり母星であるシータを離れたがらないので、基本的にリーフィルプライムコロニーに住んでいる人々の殆どは革新派、というかテクノロジー受容派閥のローゼ氏族である。
「引きこもりどもにとって御神木は心の拠り所ですから……」
苦虫を噛み潰したような表情でローゼ氏族の職員が呻く。彼の反応的に、彼自身はこの事態をナンセンスだと思っているのだろう。
「下でも言ってたけど、俺はいつでもコレをエルフに任せる心づもりなんだが」
下、というのはつまりリーフィルⅣ――シータの惑星上という意味だ。こう言うと惑星上居住地に住んでいる人は面白くない顔をするらしいが、今はそんなことに気を遣う必要もない。
「それは承知しております。まぁ、単なる我侭です。あまり気になさらずともよろしいかと。ただ……」
「ただ?」
「種を今我々に預けて行かれるのだけは本当にご勘弁を。最近あった様々なゴタゴタのせいで三氏族間の緊張が高まっています。この状況で我々が御神木の種を預かった、という話になるとそれが新たな火種になりかねませんので」
「つまり?」
「できればそのままお持ち下さい。そして芽吹いたら適当な時期に返却して頂ければ」
「えー……それ、グラード氏族とかミンファ氏族が怒らないか?」
正直、あまり反感を買いたくはないんだが。
「そこは我々が泥を被りますのでご心配なく」
そう言って職員さんが乾いた笑いを漏らす。まぁ、最悪の場合はリーフィルプライムコロニーに適当に放置していっても良いか。またリーフィル星系まで戻ってくるのも面倒だが、それくらいのサービスはしても構わんだろう。
「わかった。まぁエルフには色々ともてなしてもらったし、それくらいの義理は果たすよ」
「恐れ入ります」
職員さんが深々と頭を下げる。彼にしてみても、というかローゼ氏族にしてみてもこれは多分貧乏くじなんだろうな。言った通りエルフには美味いもん食わせてもらったり良い宿に泊まらせてもらったりと世話になった部分もあるから、多少は妥協しよう。




