#261 どうして……(震え声)
てんきがわるいとちょうしがわるい_(:3」∠)_
「……どうしてこうなった」
翌日、俺達はミンファ氏族領を訪れていた。昨日一日でそれなりに仲良くなったネクト君に招待されたのだ。
どちらにせよ御神木の種に俺の魔力だか力だかを馴染ませて芽吹くための準備を終わらせるため、最低でも一週間ほどはシータに留まってくれと言われていたし、その間は豪華な旅館で歓待してくれるという話だった。特に急ぐ用事があるわけでもないからエルフ達からのその申し出を受けることにしたは良いものの、やることもなく暇である。
昨日ブラックロータスに訪ねてきていたグラード氏族長の娘であるティニアとミンファ氏族長の息子であるネクト君にそう話したら、それであればミンファ氏族領に観光に来るのはどうですか? とネクト君から言われて二つ返事で了承したのだ。
今はそのことを大変後悔している。何故かって?
「謀ったな、ネクト」
「違います。信じてもらえないかも知れませんが本当に違います。こんなことになるとは僕も思っていませんでした」
俺はミンファ氏族領の競技場――いや、自分を騙すのはやめよう。どう見ても闘技場に居た。踏み固められただだっ広いフィールドを囲むように観客席が設えられており、俺が入ってきたのとは反対側にはいかにもやる気ですと言わんばかりのエルフの戦士達が控えている。全員何かしらの武器を持っており、何かの革製と思われる鎧を装備している奴まで居る。
「いやこの絵面で謀ってないってのは無理があるだろう」
「わかります。よくわかります。ですが僕の弁明を聞いてください」
昨日、俺達が招待に応じたということでネクトはミンファ氏族領へと帰りながらすぐにミンファ氏族長である自分の母、ミリアムへと連絡を入れた。これは当然のことだ。ミンフィ氏族長の息子であるネクトが客人を招待するのだから、氏族の長であり母でもあるミリアムに連絡を入れるのは当然の流れである。
「わかりました、盛大に歓待しましょう。全てこの母に任せておきなさい」
ミリアムはそう言った。母のミリアムは多少――いやかなり魔法の業に傾倒しているが、それでもミンファ氏族を率いる長だ。当然、仕事はできるし氏族の長として客人を迎えるということであれば手は抜くまい。全て任せろと言うからには任せたほうが良いだろう。
「そう考えた僕が浅はかでした」
ミリアムはその有能さを遺憾なく発揮した。何せ伝説の御神木に選ばれし英雄にして、エルフの大恩人の来訪である。歓迎は盛大にしなければならない。結局グラード氏族領に赴くことはできなかったということだし、ここはグラード氏族からも人を呼ぼう。ついでにローゼ氏族からも人を呼んで三氏族総出で歓待するのが良いだろう。
そう考えて早速グラード氏族とローゼ氏族に打診したところ、グラード氏族からヒロ殿は傭兵だという話だし、話によれば単身で悪党どもの根城に切り込むほどの益荒男だという。シータに降りてからはその腕を振るう機会も無いようだし、ここは一つグラード氏族とミンファ氏族の戦士を集めて歓待するのはどうか? と提案があった。
「どうして」
それは普通歓待とは言わない。普通、歓待というのは美味い食い物とか伝統芸能とかそういうので客をもてなすとか、そういうのだろう。どうして武器を使った殴り合いが歓待になるというのか? それは歓待ではなくいわゆる『かわいがり』というやつでは?
無論、エルフの――少なくともミンファ氏族であるネクトの――感覚でもそんなものは娯楽とは言えないし、当然それが歓待であるとも思えない。
「ただ、うちの母の悪い癖が出たようで……」
伝説の英雄の再来、その戦闘力はいかほどのものなのか? 伝説によれば立ち向かうところ敵なしということだが、本当だろうか? 知りたい。伝説の戦士の、英雄の再来というのがどの程度の力の持ち主なのかこの目で見たい。
「とでも思ったのだと思ったのではないかと」
「どうして」
「その、母は知的好奇心が絡むとちょっと常識が……」
「どうして……どうして……」
「別に付き合う必要はないと思いますけど……」
「え? 兄さんやらんの? ここまで人が集まってるんやし、全部パパーっと畳んできたらええやん」
ウィスカが苦笑いする横でティーナが首を傾げている。
「寧ろどうしてやると思ったのか」
「えー? だって兄さんめっちゃ強いやん。向かってくるエルフなんて全部畳んでドヤ顔キメてやればええんやない? きっと盛り上がるで」
「うーん……」
絶対に嫌というわけではない。いや、痛い思いをするのは普通に嫌なんだが、戦うこと自体に忌避感はあまりない。力を誇示することに意義がないとも思わないし。ただ、乗せられるがままに戦うってのもなんだか気に食わない。
「俺に得が無さすぎるんだよなぁ……勝ったら一目置かれるようになるんだろうが、負けたら痛い思いをする上にエルフから失望されるわけだろう?」
「だからってここまでお膳立てされて逃げるのもね……プラチナランカーとして、ゴールドスターとして、そして御前試合の優勝者として戦いから逃げたって評判は……」
エルマも俺と同じように面白く無さそうな顔をしている。エルマの言う通り、色々な状況を勘案するとどれだけ気が進まなくともこの勝負には乗らないわけにはいかないのだ。それが大変に気に食わない。
「歓待すると言ってご主人様が逃げられない勝負を仕掛け、リスクを負わせる。エルフの歓待とは大したものですね」
絶対零度の無表情でメイがネクトに嫌味を言う。ネクトは降参の意を示すものか、両手を挙げながら頷いた。
「お怒りはごもっともです。僕もそう思います。母にはよく言って聞かせておきます」
「詫びなら言葉だけでなく何か形で示してもらいたいもんだな……というかあまりに酷くないか? 俺、今詫びられてる最中じゃなかったっけ?」
「文化の違い、ですかねぇ」
「やめてよエルフのことを脳筋みたいに言うの。私は違うからね」
苦笑いを浮かべるミミにエルマが物凄く嫌そうな顔でそう言う。
「おっ、そうだな」
「言いたいことがあるならはっきりと言っても良いのよ?」
笑顔で青筋を浮かべながら手をにぎにぎするのをやめてください。そういうとこだぞ、そういう。
「ま、エルフにもよそ者がエルフの伝説を体現したってことに対して気に食わん奴もおるやろ。もうあの種とかいうのを兄さんが見つけた時からこうなるもんと決まってたんやないの?」
「俺だって見つけようと思って見つけたわけじゃないんだが?」
「ならそういう運命だったってわけやな。いつものバッドラックと思って諦めるのも大事やと思うで」
「それを受け容れてしまったら負けだと思うんだ」
溜息を吐きつつ、用意されていた武器の中から自分の剣と同じような重さ、長さの長剣と小剣を選んで腰に帯びる。刃引きはされているようだが、それでも鉄、というか多分鋼の棒みたいなもんだ。切っ先は鋭いし、剣速が乗れば斬ることもできるだろう。これでガチの殴り合いをしようって野蛮過ぎんか? もう少し痛くない方法でどうにかならん?
「相手を戦闘不能にするか、降参させれば良いんだな?」
「ええ、はい。そうなります。怪我をしても治癒の術で治しますので」
「治癒の術、ねぇ……」
俺からすればエルフの魔法も治療用ナノマシンを使った救急治療キットも得体が知れないって意味では同じだな。まぁ治るなら良いや。あとは痛い思いをしないように気をつけてやれるところまでやってみるとしよう。
なに、サイバネティクスによる強化バイオテクノロジーによる強化もしていないノーマルな相手なら苦戦することもあるまい。軽くひねってやるとしよう。
ただしこの歓待の仕方については後で責任者に強く抗議させてもらうからな。覚えてろよ。




