#260 エルフの英雄譚
間に合わなかった……!_(:3」∠)_
「……」
「兄さん、おもろい顔になってんで」
「まぁ、こんなもんよね」
ネクト君が持ってきたローカル飲料は、まぁなんというか非常に薬臭いものが多かった。いや、だがそれっぽさはある。何かこう、萌芽のようなものは感じる。だがまだあの味に、世界的清涼飲料水であるあの味にはまるで至っていない。入り口に僅かに指先が引っかかっているようなものだろうな、これは。
「お気に召さなかったようで」
「いや、うん。そういうわけじゃない。現実に打ちのめされただけだ。でも、これとかこれ辺りは少し手を加えれば美味しく飲めそうだな。清涼飲料水メーカーとちょっとしたコネがあるから、顔を繋ごうか?」
「ふむ……そうですね。レシピ保持者も交えて話をしてみます」
「そうするといい」
清涼飲料水メーカーで話をした商品開発部の人の連絡先を教えておく。ついでにメイに指示して彼に予めメッセージを送っておいてもらう。いきなりミンファ氏族長の息子から連絡が来たらびっくりするだろうからな。
「これが御神木の種……」
「本当に光っていますね。魔力なのでしょうか」
「すごい、子供の頃に絵本で見た通りの形ですね」
ティニアさんとそのお付きの二人――確かミザとマムだったか――は立派な刀置きのようなものに安置された特級厄物を眺めて感心している。特級厄物はというと、なんだか気分良さげにゆったりと明滅しているようだ。なんとなくドヤ顔をしているように思えて若干イラつく。
「それにしても、御神木の種を見出す……いや、御神木の種に見出されるとは、流石ですね」
「それについてこの星の皆さんは大層名誉なことで、凄いことなのだと思っている節があるが、俺にしてみたらただの面倒事だからな?」
「面倒事ですか。この星の住人からすれば、これ以上無い栄誉なんですが」
ネクトが苦笑いする。
「いやわかるよ? 俺だって聖剣エクスカリバーとか魔剣グラムとかそういう伝説の武器的なサムシングを突如手にしたら、あるいは実際に目にしたらテンションが上がるだろうさ。でも、こいつは俺にとっては何の思い入れもない謎の物体で、こいつを手に入れてしまったがために半ば自由を奪われたような状態だからな」
そう言って俺がジト目を向けると、立派な刀掛けのようなものに鎮座していた御神木の種こと特級厄物が抗議するかのようにピカピカと明滅する。
「そも、どういう謂れのあるアレなんだ? 俺はエルフの伝承なんぞ全く知らんから、物凄いことだとか言われても全くピンと来ないんだが」
「ああ、なるほど。それならティニアに話してもらうのが良いでしょう」
「ティニアに?」
「こういう昔話が得意なんですよ、ティニアは。グラード氏族の女性は語り部や御神木の巫女としての役割も担っていますから」
「ほう?」
御神木の種を眺めていたティニアに視線を向けると、ちょうど彼女もこちらの声が聞こえていたようで目が合った。
「私で良ければお話しますよ」
「お願いする」
俺がそう言うとティニアは頷き、語り始めた。それはエルフと魔物が織りなす戦いの歴史だ。
昔、少なくともこのシータに帝国軍が現れるよりも前――数百年は昔の話だ。帝国軍が現れる前、シータにはエルフの他にも知的生命体が存在した。それは魔物と呼ばれる生物群で、いくつかの種族で構成される非常に暴力的な種族であった。
彼らとのコミュニケーションは何度も試みられてきたのだが、それは一度も叶わなかった。エルフ達と魔物は運命づけられたかのように相争い、一進一退の攻防を続けていた。そんなエルフ達を支えたのが御神木だ。御神木の葉や花、実はエルフ達の傷を癒やし、エルフ達は御神木を通じて様々な魔法の業を習得し、魔物との戦いや日々の生活に活用した。御神木はエルフにとって無くてはならない存在だった。
当然ながら魔物達はそんな御神木を目の敵にしていた。狡猾な魔物達は何度もエルフの目を掻い潜って御神木を傷つけ、穢し、燃やした。当然、そうなればエルフは一気に勢力を減じることとなり、魔物達はエルフを絶滅させんと激しく攻撃を仕掛けてくる。
しかし、その度にエルフの中から御神木の種を見出し、見出された戦士が出現した。選ばれし戦士は御神木の種の力を用いて絶大な魔法の力を使った。また、御神木の種そのものも強力な武器であった。精霊銀を用いた武器ですら貫けない強大な魔物の皮膚ですら、御神木の種の前には何の抵抗もなく貫かれた。
御神木の種は槍として用いればその鋭さは全てを穿ち、一度投擲すれば何十体もの魔物を貫いて選ばれし者の手へと戻ってくる。エルフ達の希望の象徴とも言える武器であった。
「そんな物騒な性能を持っているのか、こいつは」
「全てを穿つ、ですか。流石に大言壮語だと思いますけど」
「超重圧縮素材の装甲とかも貫けるんかな? 兄さん、試してみいひん?」
「面白いな、やってみるか」
やってやろうじゃねぇかよこの野郎! とでも言いたげに特級厄物がピカピカと明滅する。お前、後悔しても知らんぞ? 貫けなくて泣いても知らんからな。
「とりあえず謂れはよくわかった。で、こいつを手に入れた者はその魔物とやらからエルフ達を救う希望の戦士的なサムシングとして大活躍すると」
「はい、そうですね」
「で、その希望の戦士様の最期はどうなるんだ?」
「……ええと」
「おい、露骨に目を逸らすな」
というか、その性能なら手放さない限り無双できそうなもんだが。
「英雄譚としては魔物を押し返してめでたしめでたしで終わりなのですが、大体の場合は戦後、種を手放した後に戦いで命を落とすか、魔物に暗殺されるパターンが多いですね」
「やっぱり駄目じゃねぇか!」
「本人も周りも種を失う前の感覚で無茶をし、無茶をさせて命を落とすということが多く……」
「繰り返すなよ。学習しよう?」
「あと、これは公然の秘密ですが、魔物との戦いが終わった後に力を手放したくないと考える戦士も多く、その場合は次世代の御神木が育たないということになります。そうなると困るのは他のエルフでして」
「えっと、それって……」
ミミが表情を引き攣らせる。うん、そういうことだろうな。
「身内からの暗殺かよ! ドロッドロじゃねぇか! 俺はそんなもん要らんからとっとと持って帰ってくれ!」
なんてことを言うんだと言わんばかりに特級厄物が激しく明滅する。うるせぇ! お前みたいなわけのわからんもののために命を狙われるなんざ御免だ!
「というか、その魔物っちゅうのは今どうなっとるん? 今までそんなの居るって聞いてへんかったんやけど」
「帝国軍が滅ぼしました」
「あっ、はい」
とても簡潔な答えだった。多言語翻訳インプラントがその頃からあったのかどうかはわからないが、恐らくシータを植民地とすべく訪れた当時のゲッペルス帝国はエルフと魔物と呼ばれていた種族を天秤にかけた結果、シータの支配者としてエルフを選んだのだろう。
エルフと魔物とやらがどれだけの期間戦いを続けていたのかは知らないが、突如天から現れた未知の軍勢が長年争ってきた敵対種族を瞬く間に滅ぼし、臣従を迫ってくる。エルフにしてみれば従う以外の選択肢はないだろう。そうでなければ自分達が魔物と同じ運命を辿りかねないのだから。
「しかし知的種族を浄化するとはなぁ……昔の帝国ってかなり過激だったのかね?」
「昔も何も、今もそうよ? どうあっても共存できないと判断すれば知的種族だろうとお構いなしね。他の知的種族を食料としてしか認識しないようなのと共存は無理でしょ。寧ろ、帝国はかなり寛容な方ね。帝国は直接国境を接していないから脅威になっていないけど、ヴェルザルス神聖帝国なんかは生粋の純血主義で、他種族なんかは全部奴隷にしてるって話よ」
「こわ。近寄らんとこ……って話がずれたな」
その後も特級厄物に関する英雄譚を色々と聞いたが、やっぱり所持者の殆どは最終的に碌でもない最期を遂げているようだった。うん、絶対に手放そう。なんか魔力だかなんだかが云々って話で暫くはこいつの世話をしなきゃならんみたいだが、必要な時期を過ぎたらすぐにエルフに引き渡そう。絶対にそれがいい。




