#251 ベリーイージーと言ったな? あれは嘘だ。
狼煙を上げ続けて数時間。そろそろ陽が傾き始めてきた。
「そろそろ午後六時ってところか。狼煙はここまでだな」
「夜通し上げ続けるんやないの?」
シェルターも作り終わってすることも無くなったので全員で狼煙とは別に作った焚き火を囲んでいたのだが、俺の言葉を聞いたティーナが首を傾げた。
「夜になると煙は殆ど目視できなくなるからな。逆に空から見た地上の灯りは目立つから、夜になったら普通の焚き火で良いんだよ」
「なるほどなぁ」
そこらで拾った棒きれと丈夫な蔦、そして良い感じの石ででっち上げた石製のシャベル……というか鋤? で狼煙用に作っていた焚き火穴の周辺を崩し、狼煙を上げていた焚き火を埋めて消火する。消火と言えば水ってイメージがあるが、状況が許すなら土をかけて埋めてしまうのも良い。
ただし砂浜で炭使ってバーベキューとかして、その後の炭を砂浜に埋めていくのは絶対に駄目だぞ。他人が踏んだりしたらとんでもないことになる。しっかり海水なりで消火して持ち帰ろうな。
今も水が大量にあるなら水をかけて消火したかったんだが、俺達の持っている水源は大気中の水分を収集して自動的に水を生成する水筒だけだ。この水筒の水の生成能力はそんなに高くない。カタログスペック上は一日に凡そ2リットルの水を生成するらしいが、じっとして救助を待つだけならともかく動き回ると2リットルくらいじゃ全然足りないしな。
「俺の見立てだと、そろそろ来るはずだが」
「そうね、何事もなければね」
「おいやめろ馬鹿。そんなこと言って何事かが起こったらどうするんだよ」
「流石に今回の不運は墜落しただけで終わりだと思いたいんですけど……」
「下手すると墜落だけで全滅しててもおかしくないよね」
「航空機の墜落確率って何%やったっけ?」
知らん。滅茶苦茶低かったとは思うが、全く把握していない。そもそも、この世界の航空機の墜落事故確率と俺の世界の航空機の墜落事故確率では事情が全く違う可能性が高いしな。航宙船の事故確率は宙賊のせいでかなり高いと思うけど。
「まぁ、そうは言ってもこの状況で俺達を放置する選択肢はないだろう。客人を運ぶ航空客車が墜落、案内役と操縦者達だけが這々の体で帰還して、客人達は樹海の中に墜落して生死不明。これを放置して万が一俺達の中から死人でも出たら、エルフ達の面子はズタボロだぞ」
「ぶっちゃけ、兄さんは危なかったと思うで」
「救急ナノマシンユニットが無かったら下手すると死んでたかもね」
「ヒロ様の慎重な行動が功を奏しましたね……私も見習わないと」
「こういう事態はそうそう無いと思うけど、備えなきゃ駄目ですね」
皆の中に確固とした防災? 意識が芽生えたようでお兄さんは満足です。できればこんなことを意識しなくても良い平穏な生活を送りたいけどな! いや、それは退屈か? 今くらいが丁度良いのか? でも乗ってる航空機が墜落とか何度も経験したくねぇな? やっぱりもう少し平穏な生活が良いな。うん。
そんな事を考えていると、不意にウィスカが空を見上げた。
「あれ?」
「どうした?」
「なんだか空に光の筋が……?」
ウィスカの言葉に釣られて空を見上げる。夕焼け空は徐々にその色を変え、夜空へと装いを変えつつあったのだが――その夜空へと変わりつつある空の果てで光が瞬いた。
流れ星? いや、違う。なんだ?
見ているうちに何度か光が瞬き、そうしているうちに光の線が走り始めた。それは大量の流れ星のように見えたが――。
「軌道上で戦闘が起こっているのか……?」
「そう見えるわね。宙賊かしら?」
「リーフィル星系の位置的に他国の侵攻ってことはないだろう。しかし、惑星上居住地にそう何度も襲撃をかけるだけの体力がある宙賊の集団が……?」
「この辺りに影響力を及ぼすようなのは……赤い旗かしら?」
基本的に宙賊というのは数隻から精々十隻弱程度の小集団を形成していることが多いのだが、中には数十、数百隻の宙賊艦を擁する大規模な宙賊団も存在する。いくつもの星系に宙賊基地を作り、それらをまとめている大宙賊という奴だ。
エルマが口にした『赤い旗』というのはリーフィル星系を含む広範囲に影響力を持っている宙賊団で、帝国軍も手を焼いている連中だ。基本的にああいった大型の宙賊団というのは戦力を分散した上で潜伏させているので、一気に叩くといったことがなかなか出来ないのである。なんだかんだで宇宙は広いからな。
「ええと、まずくないですか?」
「まずいかまずくないかで言えばとてもまずい。だが、今の俺達にはどうしようもないな」
「船は遥か遠くだしね」
「こんなことならわけのわからん航空客車なんかに乗るのは断固として拒否して、クリシュナで動けば良かった……」
「後知恵やな」
「お姉ちゃん、そんな身も蓋もない……」
本当に身も蓋もないな! でもあの状況で用意された航空客車に乗るのを突っぱねてクリシュナで行くと断固としてこちらの意見を押し通すのは……そりゃ出来ないことはなかっただろうが、そこまでやるか? っていうね。嫌な予感がするのでクリシュナで行きますとか言っても、何言ってんだこいつ? と思われたに違いない。別に外聞なんてどうでも良いっちゃ良いのだが、そこまでするのはどうか? という考えを払拭するのはどちらにしろ難しかっただろう。
「ははは、こうして見ると綺麗なもんだな」
「笑ってる場合?」
「こうなっては笑うしかなかろうて」
不運に不運が重なりもう笑うしかない。これ、俺達の救出ちゃんと来るのかね? などと考えていると、流れ星――いや、流れ星と言うには大きすぎる火球が尾を引いて上空を通過していった。
東から西へ。あちらの方角にはシータの総合港湾施設がある。
「「「あっ」」」
通過していった方角――西から東に向かって何本もの赤い筋が迸ったのが見えた。恐らくだが、あれはブラックロータスに装備されている十二門のレーザー砲による対空砲火ではなかろうか?
その後も次々に火球が東から西に向かって通過したが、その度にブラックロータスのレーザー砲と思しき対空砲火が瞬いた。
ドゴォォォォンッ!
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
「ま、まさか大気圏内でEMLを撃ったの!?」
総合港湾施設からここまではかなり離れているはずだが、それでも聞こえるほどの轟音である。
弾体が俺達のいる場所の上空を通過しなかったのか、その軌跡などを確認することはできなかったが、ブラックロータスが戦闘を行っているとしてこんな轟音を発するような状況というのは艦首に装備されている大型EMLを発射した場合だけだろう。
ブラックロータスの艦首に装備されているEMLは直撃さえすれば正規軍の軍用艦ですら一撃で大きな損傷を受けるほどの威力を誇る。そんなものを大気圏内でぶっ放せばどうなるか?
下手すると発射時に発生する衝撃波だけで周辺の建物に被害が出る可能性すらある。恐らくだが、発射された弾体が引き起こす衝撃波の威力も宇宙空間で撃った時よりも増す。シールドと装甲の薄い宙賊艦ならその衝撃波だけで纏めて撃墜することが出来るかも知れない。
「メ、メイさん派手にやってんなぁ」
「だ、大丈夫かな? 周辺の被害が酷いことになっているんじゃ……?」
「メイを信じよう。信じたい」
EMLの影響で周辺施設に甚大な被害が発生とかしてたら、一体その修繕費用や賠償金としていくらくらい取られるのだろうか? あ、胃が痛くなってきた。
「メイならその辺りは上手くやってるでしょ。確かあのEMLは無段階で威力を調整できるはずだし」
「そ、そうですよね!」
メイを完全に信用しているのはエルマだけであるようだ。ミミもエルマの言葉に同意しているが、若干顔が引き攣っている。メイはなんというか、そつなく何でもこなすけどやる時はやり過ぎるきらいがあるからなぁ。
「今は祈ることしかできん。とりあえず上空から宙賊艦に見つけられたら大変だし、焚き火を消してシェルターに退避しておこう」
「せやな」
「そうですね」
再び粗末な石製の鋤を使って焚き火を消し、全員でシェルターに入る。昼間のうちに壁も建てておいたから、シータの森に住む危険な生物に襲われるようなことも恐らくはあるまい。
これ、救助来るのかね? 水はともかく、食料の備蓄には限りがある。場合によっては採取や狩猟などで食料を確保することも考える必要があるかもしれないな、これは。




