#241 美術館――というか郷土資料館?
遅れました! ゆるして!
あと、原稿作業に入るので今日から暫く更新をお休みします! ゆるして!_(:3」∠)_
博物館を後にした俺達は美術館へと移動した。移動手段は当然ながらヒィシ氏の運転するバスである。
「なんつうか、博物館もそうだったけどここも美術館というよりは郷土資料館みたいだな……」
「郷土資料館?」
「なんというかこう、鄙びた感じがね」
俺の言葉に今ひとつ共感できないのか、ミミが首を傾げる。
基本的に今までに見たエルフ様式の建物というのはどことなく和風な感じのする平屋建てか、せいぜい二階建ての建物である。屋根は黒光りする瓦葺きで、家屋そのものは基本的に木造だ。立派な造りではあるのだが、どうにもこう、日本の田舎にある郷土資料館っぽさを感じずにはいられない俺なのであった。
「ほら兄さん、ボサボサしとらんと行くで」
「OKOK、わかったから引っ張るなパワーが強い!」
ティーナが俺の手を取ってずんずんと美術館に引っ張っていく。この小さな身体のどこにこんなパワーがあるんだと言いたくなるくらい力が強いんだよな、ティーナは。いや、ティーナだけでなくウィスカもそうなんだけど。うちのクルーで一番力が強いのは言うまでもなくメイなのだが、その次に力が強いのはティーナとウィスカだ。ちなみにこの二人は見た目に反して体重が……おっと、前後から殺気を感じる。オレハナニモカンガエテナイヨー。
「はえー……こら綺麗やねぇ」
「ほう、漆器かな?」
美術館に入ってすぐに展示されていたのは黒光りする器に金色の装飾が施された器であった。重箱のような形をしている作品で、黒く輝く箱に金色の植物柄が非常に良く映えている。
「しっき?」
「木製の器に樹脂を幾重にも塗りつけては乾燥、塗りつけては乾燥って感じで作った器を俺の故郷ではそう呼んでた。これが同じものかどうかはわからんけど、そう見えるな」
展示物の説明書きを読むと、やはりこれは漆器のようなものであるらしい。リーフィルⅣに自生している木の樹液を木の器に幾度も塗り重ね、蒔絵を施して作られたもののようだ。
「兄さんの言う通りやったね」
「この器、綺麗ですね……この深みのある黒は他じゃあまり見ない気がします」
「ふむ、そう言われると味がある気がするな」
とは言え、こうして見る分には綺麗だけど実用性があるかというと微妙に思える。女性ならば化粧品入れや小物入れとして使うのも良いかも知れないが、俺みたいなガサツな男には使い途がないな。精々プレゼント用ってところか。漆塗りの櫛くらいなら俺でも使い途はあるかも知れないが……俺は普通に合成樹脂製のブラシで十分だな。俺には似合わないけど、綺麗な黒髪のメイには漆塗りの櫛は似合うかも知れない。後で土産物屋でも覗いてみるかな。
そうして美術館の奥へと進んでいくと、漆器の他にも実に様々な産品が展示されている。見事な絹――大型犬くらいの大きさの蛾の繭から取った糸らしい――の織物や、その織物を使ったきらびやかな衣装の数々。その中にはリリウムが着ているのと同じチャイナドレスのような衣装もあった。説明書きを見る限り、ローゼ氏族に伝わる女性用のドレスという扱いであるらしい。
「お、兄さん兄さん、精霊銀の狩猟刀やって」
「ほう……剣鉈って感じだな」
かなり大ぶりの片刃のナイフみたいな感じだな。刀身は精霊銀という名前の通り、眩い銀色って感じだ。銀ってのは基本的に刃物に向く金属じゃない筈だが、精霊銀はこのように実用的な刃物として使われている。ということは、俺の知っている普通の銀よりも強度や靭性が高いのだろうか。銀という名前が付いてるけど、物性はかなり異なる物質なんだろうな。
「こんなに短い刃物で凶暴な動物を仕留めるのって、かなり危険ですよね?」
「うーん、話を聞く限りでは狩猟対象の動物はかなり危険そうな感じだったし、実際には弓矢で仕留めるんじゃないか? この剣みたいに複合強化装甲でもすっぱり斬れるようなら話は別だろうけど」
「ほんならこれは不意に接近された時用のサブウェポンっちゅうことか」
「あるいは止めを刺したり、獲物の解体に使ったりしてるのかもな」
「あ、お姉ちゃん。こっちに刃引きされた精霊銀の狩猟刀が置いてあるよ」
少し先に進んでいたウィスカがそう言って俺達を呼ぶ。ウィスカの下へと向かいながら後ろに視線をチラリと向けてみると、ミミとエルマ、それにメイはエルフの様々な民族衣装を展示しているスペースで何か喋りながら話し合っているようだった。エルマに何か聞いているみたいだ。
「おー、兄さん兄さん、これ見た目に反してめっちゃ軽い」
「ほう? どれどれ」
盗難防止用なのか、柄の部分に展示台と繋がった頑丈そうなワイヤーが括り付けられている精霊銀の狩猟刀を手に持つ。結構刀身は分厚い。刀身の長さは30cmくらいだろうか? ナイフとして見ればかなり大型だろう。反りの無い片刃の刀で、切っ先は見るからに鋭い。これは刃引きしてあっても余裕で人体に突き刺さるだろうな。なんとなくだが、刀身の作りが日本刀というか、短刀っぽい感じがする。
「確かに軽いな……軽すぎて玩具っぽい感じすらするぞ」
「鉄に比べるとかなり軽いですよね。アルミニウムと同じくらいだと思います」
「これで刃物として十分な強度があるならなかなかに使い勝手が良さそうだけどな」
「ところがこういうP・A・M系の金属って熱に弱いんよ」
「レーザーとかに晒されるとすぐに強度が落ちるから、航宙艦の素材としても今ひとつなんですよね。モノソードの素材としても今一つって感じらしいです。レーザーを弾いたらすぐにだめになるので」
「なるほどなぁ」
二人の説明を聞きながら刃引きされた精霊銀の狩猟刀をためつすがめつしていると、妙なことに気がついた。なんだかこの狩猟刀、震えてないか?
「なぁ、この狩猟刀って超振動機構的なものでも組み込まれてんのかね? なんか震えてるように思うんだけど」
「どうやろな? 刃物としての切れ味を上げるために機構が組み込まれててもおかしくはないと思うけど、手で振動を感じるようじゃダメやない?」
「振動が感じ取れるようなのは基本的に不良品ですね。危ないから置いたほうが良いと思いますよ」
「なるほど」
しかし展示用の刃引きされた狩猟刀にそんな機構が組み込まれているものだろうか? まぁ怖いから展示台に戻しておくか――と、展示台に刃引きされた狩猟刀を置こうとした瞬間、ピシリと嫌な音が響いた。
「「「あっ……」」」
刃引きされた狩猟刀を展示台に置いた瞬間、狩猟刀の刀身が砕け散った。折れたとかではなく、粉々に砕け散ったのだ。まるで負荷に耐えきれずに崩壊したかのような様相である。
「……これは俺が悪いんだろうか?」
「いや、どうやろ……最後に触ってたのが兄さんなのは間違いないけど」
「別に変なことはしてないですよね……?」
俺に責任は無いように思えるが、だからと言って黙っているというわけにもいくまい。仕方がないのでリリウムを呼んで事情を説明することにした。
「えぇ……? これは?」
刀身が粉々になっている刃引きされた狩猟刀を見てリリウムが困惑の表情を浮かべる。そうだよね、困惑するよね。普通に真っ二つに折れてるとかならまだしも、こんなに粉々に砕け散っているとかどう見ても普通の状態じゃないよね。
「言うのがとても憚られる言葉なんだけど、本当に何もしてないのに壊れたんだ」
「うちらも兄さんも刀身には指も触れてないんよ、本当に」
「柄を持って色んな方向から刀身を眺めていただけなんです、本当に」
「まぁ最後に手に持ってたのは兄さんなんやけど」
「突然の裏切り」
「事実は事実やし。こういうのは包み隠さず言うのがええやろ」
「そうだけどさぁ」
などと話しているうちに美術館の人も現れて粉々に砕け散った狩猟刀を目の当たりにして困惑している。何故こんな壊れ方をするのか全く理解できないようだ。
「その腰のレーザーガンで刀身を炙ったりは……?」
「してないしてない。本当にしてないです。そんなことをする理由がない」
「ですよね……」
「精霊銀が熱に弱いなら、レーザーガンの最低出力で何回か撃てばそんな感じで壊せるのかな?」
「できるかもしれんけど、そんなことはやってないしなぁ。兄さんやないけど、やる理由も無いで」
「だよね」
俺が壊したわけじゃないと思うが、明らかに不審な壊れ方をしている上に最後に触っていたのは俺だったということで、弁償の申し出はしておくことにした。まぁ、固辞されたのだけど。
「原因不明の破損ですし、どう見てもお客様が故意に壊したようにも見えませんので」
一応盗難防止用の監視カメラの映像も確認したところ、やはり俺達の行動に不審な点は無いということで無罪放免ということになった。砕け散った狩猟刀は研究施設に送って何が原因でこうなったのか調査するということだ。
「あんたも本当に変なトラブルに好かれるわよねぇ……」
「あはは……」
「俺は悪くねぇ……」
後始末が終わったあとでエルマに呆れられ、ミミに苦笑いされた。俺がトラブル体質だというのはもう認めるけど、流石にこれは予想できないだろう。頑丈そうな狩猟刀が持っただけで砕け散るとか予測しろって方が無茶だ。
「ええと、そろそろ良い時間ですし、旅館に戻りましょうか? 戻って一休みしたら祝宴に丁度よい時間だと思います」
「そうね、そうしましょう?」
リリウムの提案にエルマが賛成し、他の面々も同様に賛意を示す。なんだか狩猟刀粉砕事件でどっと疲れた感じがするから、休憩は大賛成だ。祝宴でこれ以上のトラブルが起きないように祈ることにしよう。




